第20話

「オーホッホッホ、庶民が庶民らしい家から出てきましたわぁ」

「……」

「この阿部の文清と一緒に食事が出来ることを光栄に思うざます!!」

「……」

「オーホッホッ……やべ、財布忘れた」

「なんで私の家の前にいるの」


 思ったよりも普通な家に住んでいた芽依が出てくる。


「それはもちろんーー」

「その無駄に高い声と気持ちの悪い顔やめて」

「いやだから顔は元々なんだって」


 怒られたので元に戻る。


「道端に居る人に芽依の家知ってるーって聞いたら、2秒で教えてくれた」

「……」

「さすが人気者ですな」

「これから毎日来るのか……」

「露骨に嫌そうなのやめて!!」


 別に俺ストーカーとかじゃないんで。


「とりあえずさ、飯行かね?」

「……珍しい」

「ま、少し話したいことがあってな」

「……」


 芽依も何かを感じ取ってか、素直に俺の隣(遠め)に立つ。


「エスコートくらい出来るでしょ?」

「of course 」


 俺は予め取っていた店に向かう。


 かなり財布に痛かった。


 普段なら受けない、報酬は高いが人気のない依頼を頑張ったかいがあった。


「最近清が何か企んでるのは知ってる」

「企んでるって響きカッコいいな」

「もしかして、私を王都に連れて行こうとしてる?」

「だとしたら、どう思う?」

「……分からない」


 歩いている人達が道を開ける。


 殆どの人間に変わりはないが、最近は俺とこうして歩くようになった芽依に対する見方が変わってきている人間は増えてきている。


 それと同時に俺がやばいやつだって噂もドンドン広まってる。


 少し悲しい。


「私は、この生活が変わるとはずっと考えてなかった」

「そうか」

「ずっと底の方で、平坦な人生を歩んで死ぬんだって、そう思ってた」

「その考えは変わったか?」

「誰かさんのお陰で」


 俺は貸切にしておいた店の前に立つ。


「こんな店、あったんだ」

「最近出来た店だそうだ。料理は美味しいのに、客が来なくてもうすぐ畳むんだと」

「大丈夫なの?」

「だったら芽依連れて来てもいい?って聞いたらいいよって。どうせ終わるなら呪いで一瞬で消して欲しいだとさ」

「私は別に厄病神じゃ……」

「ま、いいから入ろうぜ」


 俺は芽依を店の中に入れる。


 ドアを開けるが、出迎えはない。


 あくまで店と料理だけを提供してくれるスタンスだ。


「どうぞ、お姫様」

「似合わない」


 俺が椅子を引くと、少し嫌そうに座る芽依。


「俺、執事とかに憧れた時期があるんだよな」

「意外、あんまり人の下で働くのは苦手かと」

「誰が社不じゃい」


 本当に憧れてるのは主裏切る系の暗殺執事なんだけどな。


「注文どうする?やっぱりこのフロッグ&ピーナッツ?」

「それだけはあり得ない」

「えぇ〜美味いのに」

「例え美味しくても、私は餓死寸前になってもそれは食べない」


 頑なな意志を見せる。


「……私はこのラストホースにする」

「んじゃ俺はこのライトニングサンダーボルトで」

「何それ?」

「裏メニュー」


 俺達は注文を書き、カウンターに置く。


 しばらくすると、奥の方から何かを作る音がしだす。


「まるで幽霊の料理店みたいだな。まずは体を洗って下さい、なんて言われたら俺は一瞬で回れ右するな」

「どうして私をそこまで王都に連れて行きたいの?」


 芽依は真面目な顔で質問する。


「あなたは……清は、私にとっては確かに世界で一人だけの友人」

「そう言われると少し照れくさいな」

「でも、清には私意外にも沢山、友人がいる」

「そうだな……」


 俺はセルフサービスの水を持ってくる。


 コップを三つ取り、それぞれに入れる。


「どうして私だけを、連れ出そうとするの?」

「そうだな……」


 だって世界滅びるもーん、なんて言える空気じゃないな。


 でも俺が、阿部文清がちゃんとした回答をするのもおかしな話だよな。


「俺さ、昔不治の病にかかったんだよ」

「え」


 あっさりとされた余命宣告。


 当時は辛かったな〜。


「夢が持てなかった。生きる全ての行為が、無駄なんじゃないかと思い始めた」


 まだ辛うじて時間はある。


 医者には将来は寝たきりになると言われた。


 今ならまだ、体が動かせると言われた。


「何もやる気が起きなかった。俺はこのまま何もせず、ただ死んでいくんだと……そう思ったよ」

「……」


 芽依は黙って話を聞いてくれる。


「そんなある日、無駄に元気な父親が言ったんだ」


『お前を助けに来た!!』


 馬鹿みたいな顔で現れた。


 俺と違い、キラキラした目だった。


「そこで俺は、色んな物に触れた。漆黒の力とか、魔剣だとか、正直あの人の趣味全開だったんだが」


『すげぇ!!』

『そうだろ、面白いだろ』


「残念ながら、そんな不思議な力なんてものは無かった。俺に隠された力なんてものも無かった」


 でも


「きっかけは案外単純なもんで、それから俺は色んな物に興味が出始めた」


『これって、あの時出てきた数式か。なんだ、学校に行けばこんな簡単に分かるんだ』


「今まで無機質に見えた全てが、輝いて見えたんだ」

「確かに」


 芽依は笑い


「清の目は、いつもキラキラしてる」


 一瞬だけ、俺の心臓は止まる。


 なんだ今の?


 まさか病気が再発……なわけないか。


 続きを話そう。


「芽依みたいな自分を罰するような経験は俺にはないけど、生きる意味を失ったって意味では俺達は確かに似ていた。まぁ俺が勝手に思ってるだけなんだけどな」


 軽く笑うが、芽依は表情一つ変えない。


「同情……なんてこと、清が考えるはずがない」

「ちょっと失礼じゃない?」


 別に同情は悪いことじゃない。


 下に見ているわけでも、憐れんでいるわけでもない。


 でも確かに、俺が芽依に抱く感情は同情よりも


「憧れたヒーローの真似事。もしくは、自分と芽依を重ねてる。どっちもかもしれんな」


 具体的な答えが出せるわけじゃない。


 ただ


「放っておけないんだよ。少し目を離すと、芽依はどこかに行っちまいそうで」

「……」

「俺は君に幸せになって欲しい。だけど、俺は自分の幸せも欲しい」


 欲張りだから。


 俺は、全てが欲しい。


 何でも出来ないダメな人間だけど、手の届く範囲全てが欲しい。


「俺と一緒に、王都に来てくれ」


 あの時のように、俺は手を前に出す。


 今度は俺からじゃなく、彼女からの答えが欲しい。


 手を引っ張る人間は必要だ。


 でも、歩く時は一緒にがいい。


 俺の我儘に、どうか


「一緒に」


 芽依は押し黙る。


 迷っているのか、それともなんてバカな奴だと呆れているのか。


 分からない。


 分からないが


「バカ」


 芽依の最初の一声はいつも通りだった。


「何度も言ってるけど、私が王都に行っても何も出来ない」

「……」

「道も人が少ない時間じゃないとまともに歩けないし、家も普通の場所に住まわせてもらえない」

「……」

「それに、私は貴族が嫌い。傲慢で、理不尽で、最悪なあいつらが嫌い。あいつらもきっと、私のことが嫌い」

「それが芽依の、答えか」

「うん、これが私の答え」


 芽依は俺の手を握る。


 いつもは近くにいるだけで苦しいのに、今はただその温かさだけを感じる。


「責任……取ってよね」

「当たり前だ」


 もし君と別れる時が来るのなら、それは世界と一緒に心中する時だ。


「ずっと俺の隣にいてくれ」

「……バカ、そういうのは好きな子に言うべきでしょ」

「俺は芽依のこと好きだけど?」

「将来刺されないようにね」


 それから俺達は食事を楽しみ、王都での生活を想像して笑った。


 そして店を後にする時


「あ、あの!!」

「?」

「芽依に話があるってさ」

「私?」


 店の人間が奥から現れる。


「あ、あの、すみませんでした!!」


 頭を下げる。


 芽依は意味が分からなそうに首を傾げる。


「話は知っています。貴族が、あなたの村に対して行ったことは、決して許されることではありません」

「こいつ、元貴族だってさ」


 とある店で食べた料理に感動し、家を出てまでして作ったこの店。


 残念ながら立地のせいか、もしくは元貴族というレッテルのせいか、客足は伸びなかった。


「どうして……あなたはもう、貴族じゃないのに」

「どうしても、腐った連中のせいで貴族は悪く見られます。ですが、僕の友人達がその被害を受けることを、僕は容認できません」

「……」

「そしてあの時、貴族だった僕の罪が消えることはありません。こうして文清さんには謝罪の場を作っていただきましたが、中々勇気が出ず申し出ることが遅くなってしまいました。改めまして」


 地面に頭がつきそうな程の謝罪。


「本当にすみませんでした!!」


 芽依と目が合う。


 驚くような、困惑するような、慌てるような


「私、やっぱりまだまだ何も知らなかった」


 視線を外される。


 表情は見えないが、芽依はどこか嬉しそうだった。


「頭を上げて」


 店主はゆっくりと顔を上げる。


「私は……多分、まだ貴族のことは好きにはなれない」

「……そう、ですよね」

「でも、あなたのことは好きになれた」

「ッ!!」

「その……店はもう無くなるの?」

「はい……そうですね。赤字が何度も続き過ぎ、資金がもう」


 ドン


「え?」


 ……ヤバ


「あの……」

「1000金貨ある」

「芽依さん。何故そんな大金を持ち歩いていらっしゃる?」

「なんとなく」


 この子、人付き合いなさ過ぎて常識がないのか?


「返さなくてもいい。けど、もし店がまた繁盛したら、もう一度ここに来てもいい?」

「勿論です!!い、いつでも来て下さい!!待ってます!!」


 それから俺達は店を出た。


 店主は俺達が見えなくなるまでずっと、ずっと頭を下げ続けた。


「美味かったな」

「……うん」

「どうだ?今の芽依には世界が、どう見える?」


 芽依は少し恥ずかしそうに


「綺麗だね」

「そりゃよかった」


 そしてあの日から、丁度二ヶ月が経つのだった。

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