第9話

「夜は流石に危険だから、明日の朝に出るから」


 結局、俺が目を覚ました時には夜になっていた。


 夜は流石に肌寒いと思っていたが、いつの間にか芽依が焚き火を用意してくれていた。


「芽依もこっちに来たらどうだ?」

「私は大丈夫。何枚も厚着してるから寒くない」

「それって日中はめちゃくちゃ暑いんじゃないか?」

「……慣れた」

「暑いんだな」


 俺は少し笑い、バチバチと燃える薪木に目をやる。


「気を悪くさせたら申し訳ないが、一つ聞いて良いか?」

「何?」


 相変わらず入り口に座り続ける芽依。


「貴族や騎士を皆殺しにした話、あれは本当か?」


 俺は聞いてみる。


「……あなたは……どう思ったの?」


 どう……と聞かれたら


「しょうがないと思った。命を脅かす存在を殺す。それは善か悪かは別にして、正しいことだと思う」

「……そっか」


 芽依どこか生返事をする。


「あの話は嘘、私が流したものだから」

「芽依が?それに嘘って」


 どうしてそんなこと。


「こう言えば誰も私に近付かない。申し訳ないとは思うけど、それでも私は誰かとの関わるを持ちたくなかった」


 自己犠牲の精神も相当だな。


 だが逆に考えると


「呪い、相当厄介だな」


 俺はとある仮説を立てていた。


 果たしてこの子が本当に人類を滅ぼすのか。


 呪いを持っているだけで、討伐を事前に察知し撃退する術を持っているのか。


「もしかしてだが、呪いは時々暴走するのか?」

「……よく知ってるね」


 やっぱり。


「私の呪いはまるで私を殺させないようにする。その結果、何度も人を傷つけた」


 芽依の話によれば、攻撃の意思を持った人間が現れると呪いはそいつを一気に蝕んだ。


 また、芽依が攻撃の意思を持ってしまうだけで相手を死に至しめることもあったらしい。


「そして貴族や騎士をを皆殺しにしたって話」

「ああ、嘘ってことは誰も殺してーー」

「村人含めて全部私が殺した」


 おっと……


「暴走した呪いが、村人含めみんなを殺した」

「……」

「あれから何度も自殺をしようと思った。でもその度に、呪いが言ってくるの。死ねば皆を巻き添いにするって」


 ああ、もしかして三年後の未来の映像って


「私が死ぬと、呪いが世界中に降り注ぐ」

「ああ、多分合ってるよそれ」


 もしかしてあの時、仮に芽依が自殺した場合


「俺の世界滅びてた?」


 気、気のせいだよな?


 そうだと言ってくれ神様!!


 返事は返ってこなかった。


「でも自分から嫌われるように噂を流したのに、どうして内容を変えたんだ?」


 不思議に思った。


 すると、何故か芽依は(顔は見えないが多分)顔を赤らめ


「子供が……夜眠れないと思って……」

「可愛いかよ」


 なんだか心がぽかぽかした俺だった。


 何より、どちらにせよ子供は眠れなくなると思う。


「幻滅した?」

「いや特に」

「そう、それで去ってくれたらよかったんだけど」


 俺と芽依の仲はかなり進展があった。


 それでもやはり、彼女の中のトラウマを完全に解消することは出来ていない。


 これに関しては少しずつだ。


 彼女の長い年月で重ねた苦労や悲しみが、一瞬で瓦解するはずがない。


 そんな軽いものではないのだ。


 それくらいは俺でも分かる。


「怖くないの?」

「ずっと言ってるだろ、君は普通の女の子だ。君が俺を殺そうと思えば殺す、それは誰だって同じだ。道端にいる人間にビビってちゃ生きていけねぇよ」

「やっぱりおかしな人ね、あなた」

「そうだな。自分でもそう思ってる」


 そして俺はガブリと噛み付く。


「意外と美味いな、烏の肉」


 前世では食えなかったが、これは見た目が似てるだけのモンスターだ。


 肉は食えるらしい。


「ヘルシーだから女性人気があるらしい」

「へぇ、芽依も食うのか?」

「私も時々……それ話す必要ある?」

「いや、なんか面白いなって」


 やっぱり普通の女の子だよ。


「呪いなんて一種の個性だ。足が速い奴がモテて忌み嫌われるように、君のことを嫌悪する人間もいれば、俺みたいにカッコいいと思える人間もいる」


 俺は肉を千切り、投げる。


「好きに生きようぜ、周りを気にしてちゃ何も出来ないからよ」


 厨二全開の決めポーズをしてやった。


「ん……ありがとう」


 芽依は受け取り、仮面の下からそれを食べる。


「……ねぇ」

「なんだ?お代わりか?」

「そんな食い意地張ってないから」


 でも厚着してるから体型分かんないもん。


 もしかしたら太ってる可能性も否めない。


「その……えっと……」

「なんだ?言いたいことがあるならハッキリ言え」

「せ、急かさないでよ!!」

「ヘイ、芽依ちゃんビビってるヘイヘイヘイ」

「ちょ!!うるさい!!少し黙って!!」

「……」

「急に静かにならないで!!」


 やれやれ、年頃の娘は扱いが大変だぜ。


「だ、だからさ……今更ではあるんだけど……」

「おう、なんだ?」


 芽依は恥ずかしそうに


「名前……教えてくれる?」


 ああ、そういえば


「自己紹介まだだったか」


 なんだか一方的に名前を知ってる状態だったしな。


「俺の名前は阿部文清。文清でも清でも文でも好きな呼び方で呼んでくれ」

「じゃあ、阿部で」

「清って呼べ」

「何この人ヤバい」


 俺は形から入るタイプだ。


「なんか芽依って母さんに似てるんだよな。勝手に自分で背負い込んで、自滅する様子」

「人の姿を勝手に母親に投影しないでくれる?」

「大丈夫、俺の母さん美人だから」

「そういう意味じゃないから」


 大きなため息を吐く芽依。


 洞窟だから響くな。


「もういいや。清に本気で対応したら負けだって気付いた」

「ああ、よく言われるよ」


 そして何気ない雑談をし、深く、短い夜は更けた。



 ◇◆◇◆



「……よう」


 声がする。


 美しい声だ。


 これは一体


「おはよう」

「神様……か?」

「神様にでも会ってきたの?文清?」

「……愛菜?」


 目を覚ますと、俺はギルドの医療室にいた。


 もしかして俺は長い夢を見ていただけじゃ……


「もうビックリしたよ。洞窟で一人で眠ってる時は不用心過ぎて笑っちゃったもん」

「……不用心、愛菜にだけは言われたくなかったな」


 俺はゆっくりと起き上がる。


「ここまで運んでくれたのは愛菜か?」

「うん。ギルドに掛け合って色々要請したけど、結局見つけたのは私だったよ」

「愛菜には助けてもらってばかりだな」

「いやいや、同行までして文清を連れて行かれたのは私の失態。その尻拭いをしただけ」


 愛菜は悔しそうにスカートを引っ張り、大きなシワができる。


「ごめんね」


 どうにも俺は危なっかしい女の子に出会いやすいらしい。


 俺は愛菜の頭へと手を近づけ


「痛い!!」


 指を弾く。


「元々あれは俺が一人でやる依頼だった。それを愛菜が一緒にいただけ。愛菜には責任も何もありゃしない」


 あれは完全な俺の自己責任だ。


 冒険を舐めてた、それだけ。


「愛菜は悪くない。強いて悪い点を挙げるなら、優しすぎるところだ」

「そうかな?」

「そうだ」


 これに関しては間違いないな。


「この話はもう終わりだ。俺が悪かったで解散」

「釈然としない……あ、そういえば、どうやって文清は生き残ったの?私、文清がバラバラの遺体になって見つかることを覚悟してたんだよ?」


 大分覚悟決まってんな。


 いや、この世界だとそれが普通なのか?


「色んな意味で運が良かった。それだけだ」

「う〜ん、そっか。とりあえず文清が無事ならそれで十分だね」


 さすが天使。


 その天真爛漫な笑みは俺の心が浄化されるのを感じるよ。


「はいはい、熱々っぷりはいいけど大丈夫そうなら出て行ってね。ここは遊び場じゃないから」

「あれ?でも先生この前女の子とお医者さんごっこするって言ってーー」

「はい二人とも今すぐ出て行け」


 そして俺達は医務室を追い出された。


 あの医者絶対やばいな。


「そういえば依頼、どうなったんだ?」

「一応文清が落としたのを私が出したけど……ダメだった?」

「ダメってことはないが、うーん。実感分かないが、一応初めての依頼達成でいいのか?」


 結局受付に行くと、日銭程度の報酬を渡された。


「本当にありがとう愛菜。この恩はいつか返す」

「じゃあパーー」

「パーティー以外で」


 俺は愛菜に別れを告げ、ギルドを後にした。


 そして目の前には


「夢じゃなかったのか」


 相変わらず厚着をした少女が


「また明日」


 どこか不慣れた感じで手を振った。


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