第8話

 晴天の中、雨宿りをするという奇妙な光景がそこにはあった。


 片は未だ動かない体を休める。


 片は洞窟の入り口で、体育座りをする。


 そんなどこか世間から隔絶した姿は、ある意味で二人にはピッタリな景色だった。


「依頼を終えて帰る途中でこいつに捕まえられてさ」

「……」

「パニックになったけど、人間いざ死ぬとなると案外冷静になるもんだな。ちなみにこれは経験則だから結構当たってるかもだ」

「……」

「死ぬって案外悪いことじゃない。確かに怖いし、後悔が渦巻く。でも、俺が残したものがあるって思うと案外清々しいもんなんだ」

「……」

「芽依はさ」

「気安く下の名前で呼ばないで」


 僅かな静寂が走った。


「なんて呼んだらいい?」


 文清は特に変わりなく、優しく質問を投げた。


「……化け物とか、呪われた子」

「そんな呼び方されて嬉しいのか?」

「嬉しいも何もない。ただ、馴れ馴れしいないのは気分が滅入る」

「そっか」


 文清は納得し


「じゃあ話を戻すけど、芽依はさ」

「話聞いてた!!」


 少女の怒号が飛ぶ。


「え?あ、うん。俺が勇者に選ばれた世界線の話だっけ?」

「何の話!!」

「おいおい人の話はちゃんと聞こうぜ」


 少女は頭を抱えた。


 自分の目の前にいるのは人型のモンスターなのではないかと疑うほどだ。


「私を!!下の名前で!!呼ばないで!!」

「どうしてだ?」

「だから何度もーー」

「その名前が嫌いなのか?」

「ッ!!」


 押し黙る。


「……嫌いなわけ……ない」


 蚊の鳴くような声だった。


「私の……一番大好きな名前……」

「良いじゃないか。ならーー」

「でも、私には相応しくない」


 芽依は顔を埋める。


「私みたいな呪われた存在に……そんな綺麗な名前は似合わない……」


 それは、その小さな体には重過ぎる宿命からの吐露であった。


「そうか?」


 文清は笑う。


「俺にはピッタリな……優しい君に相応しい名前だと思うけどな」


 それは心からの言葉であった。


 何の裏もない、ただただ真っ直ぐな言葉。


 だが時にそれは


「やめて!!」


 凶器へと変わる。


「何が目的なの!!私に何をさせたいの!!」

「何をって、別に俺はーー」

「嘘!!」


 芽依は突き放すように叫ぶ。


「もういいの、分かってる。私に関わると碌なことが起きないのは」


 それは過去からの経験。


「ある時出会った人は私が必要だといった。初めて生まれた意味を感じ取れた。でも、気付いた時には私は利用されて、沢山の人を殺した。それが良いことだって、その時は思ってしまった」

「……」

「ある時は優しい人に出会った。周りの意見なんか気にしない、ずっと一緒にいると言ってくれた」

「……その人は……どうなったんだ」

「自殺した」


 文清は開けた口を閉じた。


「あの子は周りから何度も忠告された。呪いに関わっても良いことはない、あなた自身が不幸になると」


 それでも


「彼女は私に会いに来た。でもその度に、苦しそうに、何度も吐き、何度も倒れながら。何回も何回も何回も」


 最初はよかった。


 二人とも耐えられた。


 でも折れてしまった。


「私は耐えられなくなった」


『大丈夫だよ芽依。言ったでしょ、私はずっと』

『もう……やめて』

『え?』


 芽依は泣きながら


『もう私に……近寄らないで!!』

『……ごめん……ね』


 そして以降


「あの子が私に会いに来てくれることはなかった。寂しかったけど、それでよかったと思った。一人は慣れてるから」


 そしてある日


『自殺だって』

『ああ、やっぱり呪いの影響だ』


 声が聞こえた。


『自殺?』


 芽依の中に不安が満ちる。


 そして彼女の家へと向かい、そして


「後から知った。あの子、私のために家族とも友達とも縁を切ってたって」

「……」

「そんな子に……私は……私は!!なんてことを……言っちゃったんだろ……」

「……」

「あなたが言った、死ぬ時に残すものがあると清々しいって。それって、あの子にとってもそうだったのかな?」

「……どうだろうな」

「……慰めてよ」


 芽依は泣き出す。


「あの子が幸せだったって、私に出会えてよかったって言ってよ!!ねぇ!!」

「……」

「嫌だ。あなたは良い人だから、こんな私なんかに話しかけてくれる良い人だから、もう私に関わらないで」


 少女は突き放す。


 そうしないと耐えられなかった。


 自分を守る薄い繭に、少しでも綻びがあればダメになってしまう。


 そこに誰も入らせはしない。


 自分も出ようとしない。


 それが、芽依が自身を守る唯一の手段だったから。


「もう……放っておいてよ……」


 それは彼女の最後の抵抗であった。


 だが残念


「え?嫌だけど」


 相手はバカであった。


「話……聞いてた?」

「もちろん聞いてたさ。つまりさ、芽依は寂しいんだろ?」

「いや……そうだけど、そうじゃなくて」


 確かにあってはいる。


 でもどこか違う。


「悪いけどさ、俺って自己中なんだ」

「それはなんとなく察してるけど」


 話は聞かない、協調性もない。


 何よりバカである。


「だから俺は君の気持ちを尊重しないし、好きなことをする」

「ごめん、私も良い人って言ったけど訂正する」


 芽依の涙はとうの昔に引っ込んでしまう。


「君がどれだけ自分を否定しようと肯定してやる。君がどれだけ苦しくても隣で笑ってやる。君がどれだけ俺を突き放そうと、俺は絶対にまた会いにくる」

「やめて」

「芽依、君が助けを求めていなくても、俺は助け出してみせる」

「やめてよ……」


 文清は立ち上がり、歩き出す。


「や、やめて」


 近付く。


 芽依は突然、似たような景色を思い出す。


「あなた……あの時夢に出てきた……」


 相変わらずの痛みや苦しみが文清に襲いかかる。


 それでも文清は笑った。


 まるで楽しむように、命の灯火が消えることが面白いかのように笑った。


「どうして……どうしてそこまで……」


 わからなかった。


 目の前にいる存在が、芽依には恐ろしく見えた。


 自分の常識では測れない、そんな存在が望むものは


「友達になろう」


 文清は手を前に出した。


「どうして?どうして私なんかと……」

「一緒にいて楽しそう。こんな理由じゃダメだろうか?」


 大層な理由も、正義に溢れた心もない。


 それでも、死ぬこと以上に彼が欲しいもの。


「楽しもう、全力で。周りがバカにしても、蔑んでも、呪われた子と言われようと」


 文清はもう一度手を握る。


 少女は逃げられなかった。


「楽しもう。生きることは楽しいんだって、世界はこんなにも輝いているんだって、証明しよう」


 希望に満ちた目だった。


 死ぬ気など一切ない。


 いや、死すらも楽しみの一つにしているかのような


「友達になってくれ、芽依。俺は、君の隣で世界を見たいんだ」


 そんな頭の外れた男だからこそ


「いいの?」


 少女は涙する。


「私なんかが……呪われた私が……望んでいいことなの?」

「良いに決まってるだろ!!俺なんか母親残して死んでるくせにこんな楽しそうだぜ!!」


 何故この男は誇っているのだろうか。


「だからさ、芽依も好きに生きろ。少なくとも俺は、君に幸せになって欲しいよ」


 そして少女は


「……ありがとう」


 初めて笑った。


「私にはまだ、自分が生きていい理由が分からないけど。でもきっと、あなたとならその答えが見つけられる気がする」


 握られた手をより強く返す。


「よろしくお願いします」


 まるで告白かのような、でもただ不器用なだけの二人による友情がそこにはあった。


「やっぱり、呪いは気持ちとリンクしてるのか」


 今だに死へと到達しない文清は察する。


「大丈夫なの?」

「いや、今にも死にそう。多分肌に触れたら確実に逝くな」


 だが、布越しに伝わる熱。


「あったかい」

「いやいや、そんな厚着してる芽依の方が……あぁやっぱダメだ」

「あ!!」


 文清は倒れる。


 芽依は受け止めようとするが、自身の体質に気付きサッと躱す。


「ご、ごめん」

「むしろ……よく躱した……」


 芽依はとりあえず文清から距離をとる。


「悪いけど、もう少し雨宿りしないか?」


 地面に突っ伏したまま、カッコのつかない文清。


 そんな彼を見て少女は一言


「やっぱバカだね」


 年相応の笑顔を見せた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る