第6話 死霊兵器

「守り神じゃない……?」


 マイナが目を丸くして絶句している。


「まあ、実際に島を守っていたっていう意味では当たらずとも遠からずって感じだけど、それでも守り神なんて呼べるようなものじゃないかな」

「えっ、じゃあ何なの?」


 ノイルが身を乗り出して聞いてくる。本当にこっちの子は気丈だなと思いながら、フレイシアは説明を続けた。


「あれは死霊術で作られた魔術兵器だね。もう、とんでもない大昔のヤツ」

「しりょうじゅつ……?」


 ノイルはよく分からないようで、小さく首を傾げながら言葉を繰り返した。


「魔術の一種で、主に死んだ人や動物の霊から力を借りる技のことだよ。あの守り神はそれで作られた兵器。二人は不死戦争って聞いたことない?」


「あ、あります。習いました。二千年くらい前にあった、帝国と北極の戦争ですよね」

「ノイルも知ってる」


 帝国史上最悪として有名な戦争だ。帝国と国交のある地域ならば、ほんの少し歴史を学ぶだけで必ず出てくるので、さすがに二人も名前は聞いたことがあったらしい。


「そう。その時代の遺物。帝国の死霊都市が作った兵器の一つだと思う。あいつの心臓に死霊都市の紋章があった」


 説明を聞いた二人が互いに顔を向け合ってから、再びフレイシアの方を向いた。そしてマイナが当然の疑問を呟く。


「そんな物が何でここに……?」

「さすがにそこまでは分からないな。でも不死戦争の遺物って意外と各地に散らばってるんだよ。迷惑なことにね。偶然流れ着いて定着したのかもしれないし、誰かが故意に持ち込んだのかも知れない。

 何にしても重要なのは、あいつは確かに人里を守る役目を果たしてたっぽいことかな。魔物って死の気配は凄く警戒するものだから、あいつがいるお陰で北からの魔物が防がれてたのは確かだと思う。たまに来る奴がいても、多分あいつが勝手に倒してたんだろうね」


 実際、死霊術は魔物除けとして極めて有効性が高い。加えて、悪名高い死霊都市が作った魔術兵器だ。そこらの魔物くらいは自力で倒せるだろう。フレイシアも奥の手がなければ勝てたか怪しいところだ。


 フレイシアは腕組みをして目を瞑り、思案する。

 どういう経緯があったにせよ、この土地に根付いた『守り神』は、定期的に生け贄を与えられ続けることで死霊術としての機能を延々と維持してきた。生け贄の仕組みを作り出した何者かは偶然に『守り神』を保つ方法を見つけたのだろうか。それとも、正体が魔術兵器であると知っていてを投入し続けたのか。

 場合によっては、術そのものを継承して誰かが制御していた可能性すらある。そうなると、フレイシアが『守り神』を倒したことも術者に伝わっているだろう。突然のことで仕方がなかったとはいえ、厄介なことになったかも知れない。


(いや、今問題なのは、そこじゃないか……)


 フレイシアは目を開き、可哀想な二人の少女たちを見る。

 血塗られた生け贄の伝統は、フレイシアによって偶然にも断たれた。これはマイナとノイルを含め、これから生け贄にされるはずだった子供たち全ての命を救ったと同時に、ホーンランドに暮らす人々の全ての命を魔物の脅威に晒したことを意味する。


 生け贄に出された二人に帰る場所はないだろう。しかし、帰る場所がないのは自分も同じなのだ。ならば、伝統を断ち切った張本人として一つ行動を起こすべきなのかも知れない。


「あの」

「ん?」


 思案していたフレイシアに、マイナが尋ねた。


「どうしてフレイシアさんは、そんなに詳しいんですか? その、死霊術に……」

「ああ、それは簡単だよ」


 それはフレイシアに帰る場所がない理由であり、同時に『守り神』を撃退できた理由でもある。


「私も死霊術が使えるからね」


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