第5話 生け贄の少女たち

 少女たちは塔の入り口に座り込んでいた。傍には言いつけた通りにケリーが佇んでおり、自らの仕事を誇示するように胸を張っていた。とにかく、ようやく近くでゆっくりと二人と話が出来そうだ。

 年上のほうは豊かな濃い茶色の髪を編んでお下げにしている。戸惑いが滲む瞳でフレイシアを見上げている。

 年下のほうは肩までの短い金髪をしていた。ケリーが気になるようで、フレイシアとケリーを交互に見ては目をぱちくりとしていた。


「もう大丈夫だよ。あいつはやっつけたからね!」


 おびえた目で見上げる二人に声をかけ、フレイシアも隣にしゃがみ込んだ。


「えっ、守り神様を?」


 年上と思しき少女が驚きの表情と共に言った。


「守り神?」

「わたしたち、守り神様の生け贄になるために来たんです」

「えっ?」


 フレイシアは少女の言葉に困惑した。あれは守り神なんて立派なものではない。魔物ですらない。古い時代の、酷く迷惑な負の遺産と言ったところだ。少女たちには何かただならぬ事情がありそうだ。


「ちょっと詳しく話そうか。こんなところじゃ落ち着かないし、部屋に入ろう」


          *


 塔の中で一番散らかっていない部屋を見繕い、三人は窓際に置いてあった卓についた。ケリーは部屋の隅で羽根繕いをしている。

 窓の外では日がほとんど落ちて空は濃紺に染まり、星が見え始めていた。まだ明るい山の稜線から夜空へのグラデーションは見惚れるほど美しかったが、残念ながら今はじっくり見ている時間が無い。


「ちょっと暗くなってきたね」


 フレイシアは魔術で照明をつけることにした。軽く念じると、指先から暖かい光の玉が生み出され、天井の中央付近に浮かび上がる。少女たち、特に年下のほうは興味深げにその様子を見ていた。


「すごいでしょ」


 フレイシアが得意げにウインクしてみせると、年下の少女はうんうんと力強く頷いて見せてくれた。


「さて、まずは自己紹介だね。私はフレイシア。帝国から来た、世界で二番目に強い魔術師だよ!」

「魔術師……」


 二人が揃って呟く。思ったよりも反応が薄く肩透かしを食らったフレイシアだったが、とにかく話を進めることにする。


「実はこの国には最近来たばっかりで何も分からないの。まずは二人のことを教えて欲しいな」

「はい。えっと、わたしはマイナと言います。十四歳です。あ、えっと……以上です」


 マイナと名乗った少女はお下げの先を指でいじりながら、たどたどしく自己紹介をしてくれた。緊張しているのだろうか。


「マイナね。君は?」

「ノイル。十歳だよ」


 年下のほうはノイルと言うらしい。マイナより物怖じしていないようだ。あれほどの出来事の後だと考えると、かなり肝が据わっている。単にフレイシアへの興味が勝っているのだろうか。


「ノイルね。二人はどういう関係なの? 姉妹?」

「わたしたちはベリーダルの同じ孤児院出身なんです。なので、血はつながってません。えっと、ベリーダルっていうのは、島の南の方にある街なんですけど」


 フレイシアは街で買った地図を広げる。確かに、島の南の方にベリーダルという名前の街が記載されていた。ここからだとかなり距離がある。馬車に乗っても長旅になりそうな場所だ。


「かなり遠いね。こんなところまで子供だけで来るなんて」

「湖の少し手前までは孤児院の先生が馬車で送ってくれました。でも、そこから先は二人だけで行きなさいって先生に言われました……」


 話の終わりに近づくにつれて声は小さくなり、顔も暗く伏せってゆくマイナ。


「そういえばさっき言ってたね。生け贄とか守り神様とか。その辺り、もう少し詳しく聞かせてもらえる?」

「守り神様は、ずっと昔から北の魔物から島を守ってるの。でも、若い女の子を食べないと力が出ないんだって」


 ノイルがたどたどしく説明してくれた。それを補足するように、マイナが説明を引き継いだ。


「わたしたちの孤児院からは、たまに『北の街にあるお金持ちの家』にもらわれる子が出るんです。でも、実際はそんな家はなくって、出て行った子たちは守り神様のところへ行くんだって言われていました。ずっと昔の代から子供の間で伝えられてきた噂なんですけど、北の街に行った子にはどれだけ手紙を出しても絶対に返ってこないし、そんなに何人も同じ家が引き取ってくれるなんておかしいですから、みんな噂を信じてました。それで、わたしたちも湖の手前まで連れてこられて、お家は湖の先だから、ここからは船に乗って自分たちで行きなさいって言われて、ああ、噂は本当だったんだって……」


 マイナの目の端から一滴の涙が落ちて、頬を伝い降りた。


「その守り神様っていうのは?」

「大昔から湖に住んでいて、北の魔物から街を守っているそうです。守り神様が子供を食べるって言うのも、伝わってきた話で知ったことなので、詳しいことは分かりません」

「なるほどね……」


 フレイシアは溜息をつくと、背もたれに体重を預けて天井を仰いだ。

 実際に交戦して守り神とやらの正体を看破したフレイシアからすると、とんでもない話だった。ホーンランドに来る前に少しはこの土地のことを調べてきたつもりだったが、調査が甘すぎたと反省せざるを得なかった。

 現在の状態に至るまでの詳細な経緯は分からないし、調べようと思ったら歴史を掘り起こす必要が出てくるが、実際に食われかけた目の前の二人は、今分かっていることだけでも知る権利があるだろう。


「あれね、守り神なんかじゃないよ」

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