第六話 顧問の先生

 教室に入り、お互い自分の席に荷物を置くと、教員室に向かった。


 曜日と時間が確定したので、顧問の先生に報告して、部活の詳細を書く書類に記入してもらうのだ。


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「私は、予定はないかな。習い事も特にやってないし」

「俺もだ。でも、妹の迎えに俺が行くことがあるから、少し早めに切り上げて帰ることがあるかもしれない」


「ご両親忙しいの?」

妹の迎えに行っている姿を想像して、少し面白いと思いつつも、聞いてみる。


「まあ忙しいというか、共働きだからな。妹の迎えに行けない時くらいあるだろ」

「あ、私のとこも一緒だ」


 私も両親は共働きだ。だから、親が忙しいというのも理解できる。

 小さいころだったからよく覚えていないが、小学校に入る前のことなのだろう。お母さんもお父さんも、なかなかお迎えに来てくれないことがあって、結構に泣いて、困らせたことがあるとかないとか。夕飯を一緒に食べたお母さんに、微笑ましいエピソードでも語るかのように聞かされ、気恥ずかしくなったのを覚えている。


「藍沢のとこも一緒か。まあ、てことだから」

そう言って、木崎は話をまとめる。


「練習はできれば多くやりたいところだが、勉強とかもあるだろうし、週3日くらいでいいか?」

「うん、賛成」

勉強とか、と言われたことで、勉強もしなくてはいけないという当たり前の事実を思い出す。


「じゃあ、月水金、でいいかな?」

「おう、そうするか」


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「失礼します」

 前回とは違い、ちゃんと挨拶をした木崎に続き、私も教員室に入る。向かった先にいたのは、若くて綺麗な女の先生だった。顧問の先生、ということなのだろうか。入学したばかりの私には、この先生が何の科目の先生なのか、どこの学年の先生なのか、まったくわからないんだけど......。


 そんな私に対し、木崎は不通に話しかける。

「理沙さん、今いいですか?」


......リサさん?


 学校の先生であるはずの人を下の名前で呼んでいることに混乱する。木崎も敬語が使えたのか、と意味も分からないところに感心している場合ではない。


「学校では近重このえ先生だって言ってるでしょ?」

なんて言いながら対応するから察するに、知り合いかな?


「初めまして、音楽を担当している近重理沙このえりさです。かえd、木崎君のクラスメイトかな?」

「あ、はいそうです。初めまして、あ、藍沢香菜あいざわかなです」

先生という立場の人に丁寧に接されて、しかも喋ると綺麗な人、という印象が強まって緊張してしまう。

 でも仕方ないと思う。セミロングくらいありそうな茶髪を低い位置で綺麗にお団子にまとめていて、可愛さよりも綺麗さが際立っている。服も先生らしいのにおしゃれなのも相まっている。


「木崎君とはご近所さんでね、木崎君のご両親と私が仲がいいから、私と木崎君も結構会ったことがあるのよ」

緊張もあってつっ立っているだけの私に、近重先生がそう説明してくれる。

 これは、たくさんの生徒から人気がありそう....。


 私が、いろんなことに驚いてる間に、木崎が必要なことは終わらせてくれた。


「これで正式に活動が開始できるわね。顧問として、これからよろしくね」

「はいっ」

「近重先生、ありがとう」


 なぜか気合が入った返事になってしまった私に対し、慣れている木崎は、普通に会話している。顧問の先生になってもらえるのだ。早く慣れなくては、と思った私は、教室に向かいながらふと考える。


 このまま教室に戻ったら、色々とめんどくさいことになるかも?


 今の時刻は、普段に比べてだいぶ遅い。教室に誰かが来ていたとしてもおかしくない時間だ。杏実あみだって来ていてもおかしくはない。この状況で、誤解をされるのは、避けたい。


「木崎、私よるとこあるから先教室行ってて」

「え、お、おう」


 急なことに驚きはしたみたいだが特に何も言わず、先に行っててくれた。



 約20分後。

 なんとなく暇だった私は、そのまま図書室に向かったのだった。本来の目的は木崎と教室に戻る時間をずらすことだったけど、そんなことも忘れ、読書に没頭していた。

 時間に気づいたのは、予鈴が聞こえたから。本を慌てて戻して、小走りで廊下を急いだ。


 焦って教室に入ると、担任の先生はまだ来ておらず、私は安心して席に着いた。先に教室へ行っててくれた木崎は、いつものごとく机に突っ伏して寝ていたので、それに少し安心した。教室でも普通に話してたら、「何があったの?」って杏実に聞かれることは避けられないだろうから。


 そんなことを思いながら、今日も一日が始まった。

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