第五話 本心

 次の朝、いつも通りの時間に家を出て学校に向かった。うまい断り方はないものかと、頭を悩ませながら。木崎は基本的に朝早いから、早く行けば、教室で話せるはず。学校に着くまでに何か考えなきゃ。


 だから、通学路で鉢合わせたいなんて、微塵も思っていなかったのに......。


「あ、昨日の」

なんでいるの!?まだなんて言えばいいのか整理ついてないんですけど。

 それはそうと、「昨日の」という言い方が少し癪に障ったので、訂正しておく。


「入部届見なかったの?私は藍沢香菜っていうんだけど」

少し挑発気味になってしまったことを後悔していたら、

「ああ、あんま見てなかった」

と、興味すらなさそうに返されてしまった。




それから話すこともなくだからといってあからさまに距離をとるようなこともできずに、5分ほど黙ったまま並んで歩いていたら、

「あ、そうだ」

と、木崎が急に私の方を向く。顔の良さに不覚にもドキッとしたが、なかったことにする。


「軽音の練習日。藍沢、いつ空いてんの?」

私が返事をするのを待とうともせず、木崎は勝手に話を進める。

「え、えーっと......」

 私はここでやっと思い出した。軽音部の入部を断ろうとしていることを。


 私が不自然に口ごもっていると、木崎は顔を覗き込むようにして、

「どうかしたか?」

と、問うてくる。いちいち距離が近い。


「あ、えっと」

気まずくなるのを覚悟で口を開く。

「自分から言い出しといてあれなんだけどさ、軽音部に入るの、やっぱりやめようと思うの」

反応が怖くて木崎の方を見られない私は、じっと黙って返事を待つ。


 それなのに、木崎からは一切言葉が返ってこない。恐る恐る木崎の方に目をやると、不機嫌になってる様子はなく、ただただ、不思議そうな顔をしていた。


「なんで?」

純粋な、その質問。なんて返したらいいんだろう。返答に困る私に、木崎は続ける。


「だって藍沢、音楽好きだろ?」


 話したのは、昨日が初めてなのに。なんでこの人は何の迷いもなく、他人のことを言いきれるんだろう。

 私の頭の中をぐるぐると駆け巡る疑問に答えるように、木崎は言う。


「じゃなかったら、楽器が並んでるのを見て、目を輝かせたりしない。ギターの音に、聞き惚れたり、しない」

 昨日の私の行動を冷静に実況されてる気がしてだんだん恥ずかしくなってきた....。

「違うのか?」と目で問われ、答える私に迷いはなかった。


「好きだよ、音楽」

この気持ちに嘘はつけない。今更気づいた。


「じゃあ、入ればいい。それに、軽音部、部員俺一人じゃ承認出ないから、藍沢のももう出しちゃったし」

そう言われて、もとから入部やめるなんて無理だったのかもな、と思い、少し笑った。


「で、練習日だっけ?」

「おう、いつが空いてる?」


 木崎に乗っけられた風だけど、私の本心を出させてくれただけ。音楽を続けたい。閉じ込めて居た想いが、正直になれ、と言っていた。その手助けをしてくれただけだ。



 朝早かったおかげで通学中誰にも会わなくて済んだけど、こんなイケメンと並んで歩くときは、周りに気を付けよう、と学校に着いてから思ったりした。

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