41湯目 先生の実力

 2030年3月。


 無事に、まどか先輩、琴葉先輩、フィオの卒業式が行われ、3人は母校を巣立った。ちなみに、まどか先輩は地元の某私立大学、琴葉先輩は正丸先生がいる山梨大学、そしてフィオは調理師免許取得のため、地元の専門学校に通うことになった。


 そして、計画という計画がないまま、3月末。


 私たちは、顧問である分杭先生から「呼び出し」に近い、集合命令を受けた。


 場所は、山梨大学。


 すでに学生の多くは春休みに入っていたため、平日のその日、急きょ、招集をかけられた私たちは、それぞれのバイクで山梨大学に向かった。


 かつて、正丸先生に会うために、行ったことがあるので、大体の道筋と駐輪場の位置は覚えていた。


 そして、その駐輪場からほど近い場所に。


 見たことのない、しかし、鮮やかな白色の流線形のボディの四輪車が停まっていた。リアに、大きなウィングがついているのが特徴的だった。


「おう、来たか」

 その車の脇には、朝っぱらからタバコを吹かしている、分杭先生の姿があったが、さすがにこの日は、白衣ではなかった。


 ただ、オシャレな20代女子とは程遠い、まるでメカニックのような、青いツナギを着ていたが。


「来たか、じゃないっすよ、由梨ちゃん。大体、ここ禁煙じゃ?」

 まどか先輩が面倒くさそうに問いかける。


 分杭先生の代わりに、黄土色っぽい、可愛い丸眼鏡のような二眼ヘッドライトを持つ、スズキ ハスラーに乗った、正丸先生が、すぐ隣の車の窓を開けて、答えていた。


「そうだよ、分杭くん。君は優秀だし、美人だけど、そのタバコ癖だけは残念だね」


「あ、さーせん」

 完全に、学生時代か、夜の首都高あたりにいそうな「輩」みたいな態度で、分杭先生は左手に持っていた携帯灰皿の蓋を開けて、渋々ながらタバコの火をもみ消した。


 その上で、

「おら、さっさと乗れ。行くぞ、おめえら」

 まるきりヤンキーみたいな口調で、私たちを促した。


 見ると、隣にいる琴葉先輩が、青ざめた顔をしていた。


「大丈夫ですか?」

「え、ええ。ちょっとトラウマが」


 一体、過去に何があったのだろうか。と、思いつつ私もフィオに従って、乗り込むことにした。


 ただし、後部座席に座ろうとしたら、

「大田。お前はこっちだ」

 何故か分杭先生に遮られ、助手席に座らされていた。


 早くも「嫌な予感」が漂う中。


「じゃあ、正丸先生。先に行くっすから、テキトーに着いてきて下さい」

「気をつけてね」


「ああ、大丈夫っすよ」

 めちゃくちゃ不安感を感じるような適当な返事に思えるやり取りを返して、分杭先生はエンジンをかけた。


―クォォオオオーーーン!―


 そのまま、吹かす吹かす。


 ランエボ、ランサ―エボリューションは、三菱が誇る、日本のスーパーカーだが、かつてのように人気はなくなっていたのが実情だ。


 だが、この車自体は、物凄く性能が良く、またステアリングも軽く、実は非常に「扱いやすい」車として知られている。


 新品は売ってないが、中古価格でも軽く500万円以上はする。


 ハリウッドの某有名カーチェイス映画にも出たこともあり、海外でも評価が高い。


 そして、いざ出発すると。


 私の頭は一気に、座席に押しつけられた。

 急発進したのだ。


「先生。飛ばしすぎ……」

 言いかけたところで、


「あん? 何言ってやがる。んなもん飛ばしたうちに入らねえ」

 隣の運転席から、恐ろしい一言が聞こえた。


 後は、正直、どこをどう通って行って、目的地に着いたのか、まるで覚えていなかった。


 ただ、覚えていたことが二つだけあった。


 一つは。

「野郎。私と勝負しようってのか。上等だ、こら!」

 某交差点で信号待ちの時に、隣にやって来た、スカイラインGT-Rと、先生は何故か張り合い出して、信号ダッシュをかまし、一般道を軽く100キロを越えるスピードで駆け抜けたこと。

 もちろん、この無駄な勝負に先生は勝っていた。


 また、某山中で、

「先生。目が回ります……」

「あははは。楽しいー」

 正反対な琴葉先輩、フィオの態度を気にもせず、ドリフトをかまして、カーブを曲がるランエボを操る分杭先生。


 二つ目は、生きた心地がしないかのように、全身真っ青になって、後部座席で震えている、かわいそうな琴葉先輩。


 やはり、というか想像以上に、この分杭先生は「スピード狂」だった。


 それも、途中から、やたらとうるさいユーロビートを、カーステレオからガンガン流しながら走り出したため、車内はうるさい、エンジン音とドリフト音もうるさい、でよく警察に捕まらなかったものだ、と思えるくらいだった。


 ようやくこの狂気の車内から解放され、車が停まった場所。

 車窓の先には、長い石段がどこまでも続いていた。


「あれ。ここって、伊香保温泉?」

 その緩やかな石段に、私は見覚えがあった。昔、両親と一緒にこの温泉に家族旅行に来たことがあったためだ。


「ああ。走りと言えば、やっぱ群馬県だろ」

 車を降りた私に、相変わらずタバコを吹かしながら、分杭先生が笑顔を見せていた。

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