39湯目 能登半島の魅力

 その日は、美味しいご飯を食べて、いい温泉に入ったお陰で、ロングツーリングの疲れも癒され、ぐっすりと眠ることが出来た。


 翌日、天気は晴れ。

 朝から気温が上がっていて、25度を越えていたが、それでも真夏の30度以上の猛暑に比べると、だいぶマシな気候だった。


 朝からまどか先輩が先頭に立つ。続いて花音ちゃん、3番目にフィオ、4番目に琴葉先輩。私は最後尾になった。

 久しぶりに最後尾からの出発となったが、後から考えるとこれが逆に良かった。


 まず向かったのは、能登島。


 和倉温泉からは、能登島大橋を渡ってすぐのところにある。

 農業が盛んな小さな島だが。


「気持ちいいー!」

 思わず、走りながら声を上げていた。


 本土と能登島を繋ぐ、能登島大橋は大きいが、交通量はそれほど多くない。その上を吹き抜ける風を浴びながら、駆け抜ける。

 バイクにとっては、もっとも気分が高揚する瞬間でもあった。


 そして、このニワトリのような形をしている、能登島。水族館があることで有名だが、それ以外は本当にのどかな田舎や田んぼ、海沿いの小さな集落が続くのみ。

 しかも晴れていたから、最高に走りやすい場所だった。


 私たちは、この能登島のニワトリの形の尻尾付近まで行き、今度は頭まで走り、「ツインブリッジのと」という、大きな橋脚が2つある橋を渡って、本土に戻った。


 その後は、海沿いの国道249号と、内陸の県道を経由して、能登半島最先端の禄剛埼を目指す。


 本来なら、海沿いをひたすら走るというルートもあり、その方が「能登半島一周」にはふさわしいが。


「能登の里山はとても美しいのよ」

 と琴葉先輩が休憩時に発言しており、感化されたのか、まどか先輩は、途中から内陸に入って行った。


 道の駅桜峠というところで、トイレ休憩となった。


「確かに走りやすいですね」

 一番後ろにいた、私は結構のんびり走っていて、逆に風景をきちんと眺めながら走ることが出来ていた。


「そうでしょう。能登半島は、バイクやツーリングを歓迎している自治体もあったりして、バイク乗りには優しい土地なのよ」

 珍しく、温泉以外のことで、琴葉先輩がちょっとした知識を披露していた。


「おまたせー。んじゃ、行くぞ」

 トイレから戻ってきたまどか先輩が、飲み物も買わずにさっさと出発するらしいので、私たちも慌ててそれぞれのバイクに戻った。


 その後、さらに人家もないような山の中を走り、海沿いや田園風景の中を走ること1時間あまり。


 能登半島の一番先にある岬、禄剛埼に到着した。


 ここは、駐車場を兼ねている、道の駅狼煙からはかなり歩くのだが、急坂を登った先には、小さくて可愛らしい灯台があり、その柵の向こうには、青々とした雄大な日本海が広がっていた。


 「能登半島最先端」と書かれた白い碑が建っているのが特徴的だ。


「こいつはすげえな」

「ライダーは端っこが大好きな生き物ネ」

「いい眺めです」

 まどか先輩、フィオ、そして花音ちゃんがそれぞれ呟きながら海を眺めている間、琴葉先輩は、いつの間にか携帯のカメラで写真を撮っていた。


 それも私たちをだ。

「何、撮ってるんだ?」

 まどか先輩に突っ込まれると、


「記念よ」

 と、困ったような表情で目を反らしていたが、


「それなら琴葉先輩も一緒に」

 私が言った瞬間に、フィオが素早く琴葉先輩の腕を取っていた。


「ちょっと離して」

 嫌がっているあたり、彼女は恥ずかしがり屋なのかもしれないが、


「何、遠慮してるの、琴葉。一緒に撮ろうヨ」

 こういう時は、積極性のある欧米人の血が入っているフィオの存在が助かる、と感じる。


 結局、全員で禄剛埼灯台の前に立ち、他の観光客に頼んで、記念写真を撮ってもらうのだった。


 これもいつかはいい思い出になるだろう。


 その後は、海沿いばかり走ることになる。


 能登半島の北側、つまり人体でいうと、「背」に当たる部分は、ほとんどが海沿いの道が整備されている。


 主に、能登半島を一周する国道249号を使うが、一部は山に入るものの、おおむね海沿いが多い。


 この日は、晴れていて、しかも真夏ほど暑くはない天気だったから、バイクで走るには最高のコンディションだった。


 バイクで走るには、気温、湿度、風などが大きく関係してくる。

 昨今の地球温暖化の影響で、昔ほど快適に走れる季節というのは、減っているのだ。


 そんな中、ひたすら快適に走れるルートで、交通量は少ない、信号機も少ない、右手にはずっと海、という実に素晴らしいルートだった。


 最後尾からのんびりと景色を眺めながら、また1時間あまり。


 道の駅千枚田ポケットパークに着く。


 能登半島を代表する観光名所の一つ、白米千枚田を見下ろすことが出来る高台にあり、飲食店や土産物が並んでおり、土曜日ということもあり、観光客の姿が多かった。


 そんな中、私たちはソフトクリームを買って、ベンチからこの千枚田を見下ろす。


 いわゆる、「段々畑」に近いのだが、青い海に面して佇む、幾重にも重なる美しい田んぼの景色というのは、実に「絵になる」風景だった。


 ここで遅い昼食を食べて、出発。


 そこからは、海沿いに進むルートもあるが、狭いのと、時間がないのでパスをして、一気に国道を進み、さらに1時間あまり。


 道の駅とぎ海街道に到着する。


 ここには「世界一長いベンチ」というのが海岸沿いにあるのだが、時間がない私たちはそれを見て、少し座って、記念撮影をしたら、後は帰る算段を始めた。


 すでに午後3時を回っていた。

 

 ここから高速道路を使っても、甲州市までは約6時間はかかるから、帰宅したら21時過ぎになるのは確定だろう。


 だが、改めてこの能登半島を走ってみて、非常に「走りやすく」、バイクにとって快適な道、だということはよくわかるのだった。


 帰路のSAで。

「どうだ? 良かっただろう、能登半島?」

 とまどか先輩が、ドヤ顔で質問してきたが、私は苦笑しながらも、


「はい」

 と反論できなかった。


 確かに、富山県や石川県の市街地は、一部は混雑するし、信号機も多い。


 だが、能登半島に限っていえば、そんなことはなく、ひたすら走りやすい道が延々と続く。


 和倉温泉に来ることも出来たし、思う存分、能登半島を走ることも出来た。そして、また無事に帰ることが出来、私は次のツーリング先、温泉へと向かうのだろう。


 それが当然のように思っていたのだが。


 人生とは何が起こるかわからない。この後、事態は急変するのだ。

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