34湯目 仙台の奥座敷

 先に、山の中にある、秋保大滝を見てきた私たちは、その秋保大滝の近くで、昼食を摂った後、来た道を少し戻ることになった。


 先程通った温泉街、秋保温泉だ。


 この秋保温泉の名は、なんと古墳時代から知られており、「名取の名湯」と称され、「日本三御湯」の一つと言われ、「古今和歌集」にも登場し、かの有名な伊達政宗が愛した温泉だという。


 巨大な温泉旅館や、ホテルが建ち並び、仙台からもほど近いため、ここには多くの観光客が集まる。


 そんな温泉街の一角に粗末な小屋のような、小さな建物があった。


 一見、公衆トイレにも見えるほど小さい瓦屋根のその建物。そこは「秋保温泉共同浴場」と呼ばれる場所だった。


 つまり、高校生という立場で、お金がない私たちは、高級旅館やホテルに泊まることはできないし、その手の場所にある日帰り温泉は値段が高い。


 そこで、私はこの秋保温泉共同浴場を選んだのだ。

 ここはまさに「観光客ではなく、地元のおじさん、おばさんが通うような」、庶民的で小さな浴場だった。


 実際、料金はたったの300円。


 中も粗末で、小さな脱衣所と棚があるだけ。浴場も小さく、小さな湯船があるだけで、4人くらい入るといっぱいになってしまう。


 私たち3人が入ると、先客がいた。


 かなりの御高齢のおばあさんで、私たちが洗い場で身体を洗って、浴槽に入ろうとすると、早口で、訛りのある方言を言って、立ち去っていった。


 正直、私には何を言われたのか、まったくわからなかった。さすがは東北訛り。


「ねえ、瑠美。あのおばあさん、何て言ったの?」

「わからない」


「えっ。同じ日本人なのに?」

「うん」


「不思議だネー」

 などと、フィオから言われていたが、逆を言えば、私からすれば、


「日本の方言は複雑なんだよ。ヨーロッパで言えば、イタリア語とフランス語くらい違うんだよ」

 と、わかったようなことを口走ったのがマズかった。


「イタリア語とフランス語? それなら、近いからワタシ、フランス語もわかるよ」

 と言われてしまったからだ。実際、後で知ったことだが、イタリア語とフランス語は、兄弟みたいな関係で、どっちかが出来ると、ある程度わかるのだそうだ。


「じゃあ、イタリア語とロシア語」

「瑠美先輩。もう意地になって、適当に言ってるでしょ」

 向きになったことを、後輩の花音ちゃんに突っ込まれており、私はフィオに笑われていた。


 だが、ここの温泉は、「夏には向かない」と思った。


 理由は、「熱すぎる」からだ。


 泉質は、弱塩泉とか塩化物泉と言われ、効能としては、リューマチ、神経痛、創傷、皮膚病、貧血、婦人病などに効くと言う。


 だが、恐らく温度は42度以上はあるだろう。


 真夏に入るにしては、さすがに熱かった。熱いお湯が好きなまどか先輩ならともかく、私にはこの湯温はキツい。


「先に上がるね」

 真っ先に飛び出していた。


 続いて、

「じゃあ、私も」

「ワタシはもうちょっと入ってるネ」


 花音ちゃんだけがついてきた。

 フィオはその後、10分以上も入っていたので、意外に熱いお湯に強いのかもしれない。


 湯上り後。本来の日帰り温泉では、自販機があったり、ソファーや畳の休憩室があるが、ここにはそんな豪勢なものはない。


 仕方がないから、一旦、建物から出る。


 そうすると、真夏のジリジリとした強い日差しが降り注いでくる。


 たまらず、近くにあった自販機で、私たち3人はジュースを買っていた。


 時刻はまだ昼過ぎ。


 早い時間だったが、結局のところ、私たちのメインの目的は「温泉」にある。

 その日も、安いながらも一応、温泉旅館を予約していたから、チェックイン時間開始の15時を待って、早めに宿に向かうのだった。


 その宿自体は、築年数が50年近い(リフォームはしてるようだったが)と思われる古い宿で、いかにも「昭和」の香りが漂う、言い方は悪いが「ひなびた」宿だった。


 だが、そこの女将さんは、非常に丁寧で、暖かい態度で私たちを迎え入れてくれたし、そこで食べることになった食事も美味しく、風呂も程よく気持ちよく、そして畳の上に布団を敷いて、川の字のように3人で寝るのは、快適だった。


 私たちの短い夏が終わろうとしていた。

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