27湯目 熱中症予備軍
かくして、私は先輩たち、花音ちゃんと5人で、その年の夏休みに「西」に向かうことになった。
一応、受験を控える大事な時期。気楽な性格のまどか先輩やフィオと比べ、真面目を絵に描いたような琴葉先輩は、勉強優先らしく、あまり乗り気ではなかったが、1泊2日ということで、まどか先輩が説得したらしい。
しかも、性格なのか、彼女は受験用の参考書を持参して参加することになった。
そして、出発の朝。7月末の土曜日。
「あちぃ~」
朝から気温が猛烈に高い1日だった。
甲府盆地は、文字通り山に囲まれた盆地なので、風の逃げ道がないのだ。盆地特有の「冬は寒くて、夏は暑い」という気候であり、ひどい時は、ヒートアイランド現象で気温が上昇する東京よりも暑いこともある。
そして、その日も最高気温が35度を越える1日だった。
待ち合わせには、フルーツラインの牛奥みはらしの丘が使われたが、真っ先に着いていたらしいまどか先輩に、私が挨拶すると、彼女はもう汗をかいて嫌そうに団扇で自分を仰いでいた。
「まどか先輩。今日も暑いですね」
「ああ。ったく嫌になる暑さだな」
世間話をしているうちに、琴葉先輩とフィオが連れ立ってやってきた。
「おはよう」
「おっはー。今日も暑いネ!」
琴葉先輩は、いつものようにVストロームにリアキャリアを装備してきており、フィオはいつも以上に明るくて、割と薄着のジャケット姿だった。
そして、最後に1年生の花音ちゃんがやってきた。
「おはようございます」
一応、遅れてはいないが、時間ギリギリの到着だった。しかも、彼女だけはライディングスーツの上下を着ていた。
「暑くないの?」
思わず突っ込みたくなる装備だが、彼女は薄っすらと笑みを浮かべ、
「大丈夫ですよ。中に水冷ベストを着ているので」
と、説明してくれるのだった。
「水冷ベスト?」
「中に水が通るようになってるんです。お陰でこの猛暑でも快適です」
ずるい、と思ったのは、彼女の実家も、フィオの家同様に、「金持ち」の部類に入るからだ。レーサーの父による収入が大きなウェイトを占め、花音ちゃんは比較的、同世代に比べて、余裕があるらしかった。
ともかく、出発となったのだが。
実際、問題として、高速道路を走っている時は、良かった。
冬は強烈な寒さで、体が縮こまり、スピードさえ出せないが、夏は逆に熱風しか来ないが、絶えず風に当たるから、止まっているよりも快適なのだ。
だが。勝沼インターチェンジから中央高速道路に乗り、中部横断自動車道に乗り換え、さらに新東名高速道路に入る。
途中、休憩を挟みながら、約3時間。
私にとっては初めてとなる、静岡県の横断を果たし、愛知県の豊川市に入る。豊川インターチェンジを降りると。
(暑すぎる)
正直、私は暑さを舐めていたことを後で後悔することになる。
その日の愛知県内の最高気温は37.5度。文字通り「うだる」ような暑さにさらされ、一応は薄手のジャケットを着ていた私だったが、走っている最中に、妙に頭が痛くなってきたのを感じたのだ。
豊川インターチェンジから40分あまり。トイレ休憩に、先頭を行くまどか先輩が道の駅に立ち寄ってくれた。
道の駅田原めっくんはうす。
さすがに私は、正直、
(助かった)
と思ったし、バイクを降りて、速攻で水を買いに行った。
そのままベンチで座って、天を仰ぎながら、スポーツドリンクを飲んでいると。
「大丈夫、大田さん? 顔色悪いわよ」
さすがに几帳面で、気が利くところがある琴葉先輩が、私の様子に気づいて、近づいて顔色を見てきた。
「大丈夫です。ちょっと頭が痛いですけど」
「熱中症の予備軍みたいな症状ね。気をつけた方がいいわ。もうちょっとで港に着くから、無理しないで。フェリーの中で寝てていいから」
「ありがとうございます」
「なんだ、なんだ。大丈夫か、瑠美」
「瑠美? どうしたの?」
ぞろぞろと、手にソフトクリームを持ったまどか先輩とフィオも駆けつけてくれた。
花音ちゃんは、無言だったが、一応は顔色を見てくる。
「大丈夫です。さすがにちょっと暑いですね」
「少し休んでいくか?」
「はい」
「瑠美先輩。ライダーにとって、『暑さ対策』は必須です。特にこれからの時代は、暑さが最大の敵になります」
ようやく花音ちゃんが、私を気遣うようなセリフを吐いてくれたのが、私には少しだけ嬉しかった。
力なく頷き、私は持参した団扇で、自分を仰ぎながら、恨めしい目で、真夏の太陽が輝く青空を見つめるのだった。
その道の駅からさらに進むと、右手に海が見えてきた。
(綺麗~)
愛知県を取り巻く大きな海、三河湾だった。
真夏の太陽に照らされて輝く海面。この時期、確かに暑いが、地球の力強さを感じるような、眩いばかりの光景が見られる。
ようやく40分ほどで、フェリーターミナルに到着。
手続きをする。
伊勢湾フェリー伊良湖営業所。
3階建ての小さな建物だが、中には飲食店やお土産コーナーがあり、その日は土曜日だったこともあり、多くの観光客で賑わっていた。
ここから対岸の三重県に渡る船旅は、約1時間。
私は初めてのバイクによるフェリー乗船を体験する。
係員に誘導され、その係員がてきぱきと、バイクを固定していく様は、興味深いものだった。
だが、未だに熱中症一歩手前の頭痛に悩まされていた私は、乗船すると、早々に水を購入し、靴を脱いで上がることができる、雑魚寝コーナーに陣取り、そのまま横になっていた。
皆が心配そうに見下ろす中、
「フェリーが着いたら、起こして下さい」
そう言って、私は目を閉じていた。
真夏のツーリングの大変さを、改めて身に感じつつ、伊勢湾フェリーは伊良湖港を出港した。
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