3湯目 不思議な新入生

 仕方がないから、翌日の早朝。


 いつもなら、午前8時40分の始業の10分前の8時30分ギリギリに学校に着く私は、早起きして、午前8時少し前に学校に着くように、ディオで家を出た。


 学校の校門をくぐり、近くにある、自転車とバイク兼用の駐輪場に入る。


 まだ、私以外のバイクは1台もなかった。

 もっとも、私以外で、この学校でバイク通学をしているのは、まどか先輩のシグナス125、琴葉先輩のVストローム250、フィオのヴェスパ125 プリマベーラしかないはずなのだが。


 待つこと5分。


 特徴的なスポーティーなエンジン音を響かせ現れたのは、小柄な女子高生だった。


 まだ着慣れていない、真新しい制服を着ている。ショートボブに、猫のような釣り目の黒い大きな瞳。身長も150㎝前後。情報通りだった。


 彼女は、私の姿を視認すると、私からは離れた位置に、エイプを停め、ジェットヘルメットを脱いだ。


 私は、ゆっくりと彼女に近づき、恐る恐る声をかけた。

「あの、あなた」


「はい?」


「新入生だよね。この時期にバイクなんて珍しいね。バイクに興味あるの?」

 こういう時の「掴み」としては、まず相手の「興味があること」を引き出して、会話の糸口を掴みたい、と思うのが人情であり、作戦でもあったのだが。


「というか、ポケバイを6歳から乗ってるので、10年くらいバイクに乗ってますが、何か?」

「ポ、ポケバイ? 10年?」

 私の頭のキャパシティがパンクしそうなほど、聞いたことがないワードと、予想外の切り返しに混乱していると、少女は、呆れたように、小さな溜め息を突いた。


「知らないなら、別にいいです」


「ポケバイとかはよくわからないけど、バイクに興味あるなら、温泉ツーリング同好会に興味ないかな?」

 仕方がない。ここは正攻法で攻めよう、と攻め方を変えたのだが。


 少女は、わずかに眉根を上げ、その不機嫌な猫のような、ブスっとした表情と憮然とした態度で、皮肉たっぷりに口に出した。

「温泉ツーリング同好会? 何ですか、そのぬるま湯に浸かってるような、気が抜ける名前は?」

「ぬ、ぬるま湯じゃないよ。真剣だよ」

 慌てて否定するが、正直、ぬるま湯と言えば、確かにぬるま湯かもしれない。何しろ他の部のように、インターハイやら大会などはないのだから、ゆるく活動しているだけに過ぎない。


「はあ。どっちにしても、興味はないですね。大体、バイクってのは、スピードを出してナンボじゃないですか? 速く走ることに意義があるんですよ」

「そんなことないよ。速く走るだけがバイクの魅力じゃない。風景を見ながらのんびり走るのもいいもんだよ」


「マジで言ってます、それ?」

 一見、容姿は可愛らしいのに、態度はそれとは真逆なくらいに、どこか腹黒いというか、冷たいところがある、不思議な子だと思うのだった。

 同時に、


(この子とは合わない)

 とも内心、思う。


「話にならないですね。いいですか? 銃ってのは、人を殺すのが本来の目的。それと同じように、バイクってのは、スピードを出すのが本来の目的なんです」

 そう力説し始めたが、「人を殺す」銃と、バイクを同列に扱う時点で、私は気に入らない。


「それは偏見だよ。別に速く走らせるだけがバイクじゃない」

 だが、こちらが反論しても、まさに「暖簾に腕押し」状態で、少女は眉一つ動かさない。


 終いには、

「私は、小学生からずっとポケバイやってて、大会で何回も優勝してるんです。そんな私が、そんな『お遊びクラブ』に入るわけないじゃないですか」

 と、生意気にもそう告げて、立ち去ろうと背中を向けた。


 「お遊びクラブ」とバカにされて、さすがに少しばかり頭に来た私が、その背に声をかける。

「待って」

「はい?」


「あなた、クラスと名前は?」


「はあ。1-B、夜叉神やしゃじん花音かのんですけど」

 振り返った彼女の口から聞いたのは。想像してた以上に、ものすごく強そうな名字と、真逆に可愛らしい名前が、生意気な性格と、この可愛らしい容姿とのギャップに妙にマッチしている気がした。


「じゃあ、夜叉神さん。お遊びかどうか、一度、私たちの同好会に来て、ツーリングに参加してくれる? 入る入らないは、その後で考えて」

「だから、私は興味ないですって……」


「じゃあ、せめて会長に会うだけでも」

 あまりにも私がしつこく勧誘したからだろう。


 時刻は刻々と進み、駐輪場には次々に生徒が入って来て、私たちは通行の邪魔にすらなっていた。


 そのことを危惧したのと、面倒だと思ったのだろう。

「はあ。まあ、会うだけなら」

 ようやく彼女、夜叉神花音は、渋々ながらも頷いた。


 こうして、私は自己紹介をし、彼女と連絡先を交換。その日の放課後に、彼女とここで再び会うことを約束し、そのまま彼女を部室に連れて行くことになったのだった。


(花音ちゃんか。なかなか手強そうだな)

 初対面から、突っかかられていた私の、それが感想。


 後で、「ポケバイ」について調べて、まどか先輩にLINEで聞いたら、

―マジか! 6歳からポケバイって、めっちゃ優秀なレーサーじゃねえか。でかした、瑠美!―

 彼女は、大喜びを体現したような、派手なスタンプを送って寄こしたのだった。


 こうして、不思議な少女、夜叉神花音を勧誘する作戦がスタートするが。彼女はある意味、「想像以上」の人物だと、この後、痛いほどわかるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る