2湯目 とある新入生の噂

 新学期が始まり、2週間。

 4月の半ばになっても、相変わらず、新入生は「影も形も」現れず、部室棟の端にひっそりと佇む我が同好会部室だけが、他の部室のような、新入生の明るい声が響いておらず、旧態依然としていた。


「ダメダメネー」

「今年はそもそもバイクに興味を示す子がほとんどいないし、自転車部に取られるし、散々ね」

「まだ、諦めるな。瑠美のためにも、来年のためにも、何とか一人は勧誘するぞ」

 フィオ、琴葉先輩、そしてまどか先輩。


 それぞれ思うところはあるらしく、口々に意見を語っていたが、私自身としても正直、「当て」がない以上、どうしようもないと思うのだった。


 そもそも論として、今年は駐輪場で、自分や先輩たち以外のバイクを全く見かけていない。


 ところが、絶望しかない新学期かと思いきや。


 翌日の放課後に、部室に興奮気味に駆け込んできたのが、まどか先輩だった。


「おい、いたぞ。バイクに興味ありそうな奴が!」

 その一言に、みんなが色めきたつ。


「マジですか? どんな子ですか?」

「見間違いじゃないの? まどかは、すぐに早とちりするから」

「見たい、見たい!」


 まどか先輩は、私を含めて3人を落ち着かせると、おもむろに話し始めたのだ。彼女が「見た」物に対して。


「今朝、駐輪場にバイクを停めてたら、見かけたんだ。Apeエイプに乗ってる奴を」

「Ape? これのことですか?」

 私が咄嗟に、携帯から検索した画像を見せたら、彼女は大きく首を振った。


「ちげーよ。それはモンキーだ」

「何が違うんですか?」


 これについては、まどか先輩の代わりに、琴葉先輩が、例によってホワイトボードに「エイプ」と「モンキー」と書いて、詳しく説明してくれるのだった。


「モンキーの歴史は古く、50年は続いていたのよ。しかも、エンジンは、ホンダが世界に誇る名車、スーパーカブと同じ物を使い、クラッチまでカブと同じ、自動遠心クラッチを採用していたの」


「エイプは違うんですか?」


「そうね。前提からして、エンジンが違うわ。モンキーや、同じようなコンセプトのゴリラってバイクとは違い、エイプは、カブ系エンジンではなく、スポーツモデルに積まれる『縦型エンジン』を採用したの。ちなみに、モンキーもゴリラも『横型エンジン』ね」


「何が違うんですか?」


「簡単に言うと、縦型は、横型のように、利便性や燃費を重視せずに、『走り』に特化しているの。と言っても、もちろん49ccだから、普通のバイクには全然敵わないんだけど」

 さすがに、琴葉先輩の説明は非常にわかりやすかった。


 まとめると、

「つまり、原付なのに、わざわざそんな『スピード重視』のミッションバイクに乗ってる時点で、そいつは有望株だ、ということだ」

 代わりに、私が思っていることを、まどか先輩が代弁していたが。確かに、原付なのに、わざわざそんな面倒なのに乗るのも変り者だし、通学だけなら、スクーターで十分なはずだが。


「で、勧誘したの?」

 琴葉先輩の一言に、まどか先輩は、


「ああ、まあな」

 と口には出したが、表情は曇っていたから、私は結果を察していた。


「まあ、その顔を見れば、結果は聞かなくてもわかるわ。大体、まどかは強引なのよね。少しは人の気持ちを考えなさい」

 琴葉先輩に機先を制された上に、まどか先輩は彼女に説教されていた。


 そんな中、まどか先輩は、

「そんなこと言われてもなあ。原付とはいえ、この時期にもうバイクに乗ってるから、気が合うと思ったんだが……」

 どうやら、その共通点を話題にして、生かそうと思ったらしいが、あっさりと断られたらしい。


 だが、そのことから、まどか先輩情報で、対象人物の容姿がわかった。

 ショートボブに、身長は150㎝程度と小さいらしい。猫のような大きな黒い吊り目が特徴的な、少し「ツンデレ」っぽい子だという話だった。


「名前は?」

「ああ、ごめん。聞き忘れた」


「はあ? バカなの?」

「だから、ごめんって」


「まったく」

 呆れる琴葉先輩を横目に見ながら、妙に楽しそうに明るい声を出したのは、フィオだった。


「じゃあ、ここは瑠美が行ってみればいいんじゃないかナ?」

「えっ。私?」


「そう。瑠美は、まどかと違って、『押しが強くない』けど、人の話をちゃんと聞けるところがあるでしょ。瑠美ならきっと大丈夫だヨ」

 妙に自信満々に、瞳を輝かせてフィオが語るものだから、私は悪い気はしなかったが、いかんせん名前も知らないとなると、どうしたものか。


 そう思っていると、

「大田さん。まどかによれば、その子は毎朝、8時には駐輪場に現れるそうだから、そこで張って、勧誘しれみればいいんじゃないかしら?」

 琴葉先輩が、ちゃっかりまどか先輩から、その子の情報を聞き出していた。


「はあ。まあ、やるだけはやってみますが」

 正直、あまり気乗りはしなかったが、ひとまず私が、まどか先輩の代わりに、勧誘に動くことになるのだった。


 もっとも、来年度のことを考えれば、私自らが勧誘した方が、確かに効率はいいのだが。

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