交換

ひるなかの

交換


「ねえ、交換しようよ!」



嬉しそうに話す彼女の言葉の中にあった聞き慣れない単語に、幼い私は戸惑って「こうかん…?」と訊き返した。




「そう!ゆうこちゃんの大切なものとななみの大切なものを、とりかえるの!だれにも知られたくないひみつを友だちときょうゆしてるみたいで、たのしいよ!」




そんな説明をされても正直理解はできなかった。


しかしそんなに楽しそうにいうんならそうなんだろうと納得づけて、私は握っていたピンクの動物のキャラクターが描かれた鉛筆を少し名残惜しくも彼女に渡した。



鉛筆を受け取った彼女はぱっと更に顔をほころばせた。


「ありがとう!じゃあ…ななみからはこれあげる!」


そうして私の手のひらにはあのピンクの鉛筆の代わりに茶色い鉛筆が置かれていた。





――正直言ってあの時の私は、かわいくなくていらないと思った。






あれから彼女は事あるごとに「交換」を求めるようになった。


ピンク色の筆箱、お気に入りのボタンがアクセントのスカート、白いうさぎのイラストが描かれたシール、色とりどりの花が描かれた絵本…。


それらは汚れがついてくすんだ紺色の小さな筆箱、私には足すら通すことのできなかったショートパンツ、ちょうど大きく口が開かれているところが描かれたワニのシール、見ていて不気味なからすばかりが描かれた絵本となって返ってきた。



彼女には申し訳ないが、私にとってはいらないものばかりだった。

でもきっとそれが彼女にとっては大切なものなのだろう。


それに今までも自分で提案した遊びに私よりも先に飽きてしまうなんてことがあるから、これも少ししたら飽きるだろうと思っていた。



だからあの時の言葉はかなり衝撃を受けたのだ。



「優子ちゃん!これ、交換しようよ!」

その時、私が握っていたのは100点満点を取った国語のテストだった。


「え?こんなの交換しても意味ないよ。何に使うの?」


「ね、いいからいいから!」


「嫌だよ。せっかく取ったんだもん」



私はあの時、初めてテストで満点を取ったのだ。たとえ友達だろうとこれは渡したくなかった。


「いいからわたしてよ。友だち、でしょ?」



その時、初めていつも笑っている彼女が真顔になっているのを見たのだ。

今までと様子がちがう彼女の顔やトーンが低くなった声にとてつもない威圧を感じたのだ。


私は初めて彼女のことを怖いと思った。




彼女は抵抗するのをやめて畏怖の目で見つめている私の反応を承認と見たのか、私から私のテスト用紙を取り上げた。まだ何も言っていないのに。


「ありがとう!じゃ、これ!」


代わりに私の手に握られていたのは彼女の7点のテストだった。







彼女はその日から私だったら躊躇するようなものも求めるようになってしまった。

私に拒否権はなかった。



くじ引きで当たったクラスでイケメンと評される瀬戸くんの隣の席、仲良くなれたクラスの友達、夏休みの宿題で書き上げた読書感想文、初めての彼氏…。



彼女は私の大切なものを全て奪って代わりに明らかに彼女が「ゴミ」だと思っているであろうものを私に押し付けてきた。



それなのになぜか彼女は周りの評価が良かった。元々の明るい性格といつも浮かべている笑顔の効果もあるだろうが、彼女がそんなことをしてしまう人なのだと気づかれていないのだ。

特に私が書いた読書感想文は佳作と彼女が表彰された。本当は私が貰うはずだったのに。



彼女が周りから良く言われてたくさんの人の輪の中で楽しそうに笑っているのを見るたびに心の奥底から怒りがこみあげてきた。


それなのに、彼女と話すとなると途端に何も言えなくなるのが本当に腹立たしかった。それは彼女の呪いなのか、私のどうしても彼女を信じてしまう優しさなのか。



こんなはずじゃなかったのに。私はどこで選択を間違えてしまったのだろう。


まだ些細なことを交換したがっていたあの時なのだろうか。

それとも初めて真顔になったあの時か。

いや、そもそも「交換」なんて言葉を彼女が言い始めた瞬間から私の未来は決まっていたのだろうか。








ふいに頭上から聞き慣れてしまった猫なで声がかかる。


「ねえ優子ちゃん!」


ああ、今度は―――

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交換 ひるなかの @hirunakan0

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