ねこやふくふく

テケリ・リ

ふゆのひだまりのなか


「ねんねんころりよ、おころりよ……」

 寝る子は育つとはよく云ったもので、伝え聴いて憶えた、教科書にも載っていない、正しいのかどうかも怪しい子守唄の歌詞を諳んじて、皺枯しゃがれた聲で撫でつつ唄う。

 音の調子は外れっ放しで、時折噎せて震えるその膝で、ふくふくと育った子が微睡む。


「ぼうやはよいこだ、ねんねしな……」

 窓の外は木の葉も落ちて、枯れ枝と生木の枝の区別が分からない。空気は澄んで、冷たくて涸れている。時々ひゅうと強く吹いては、細く網戸になった窓から季節を伝えるように、カーテンと子の身体を震わせる。

 寒いから閉めてと言いたげに、ふくふくと太った子が寝返りを打って頭を埋める。


「ねんねのおもりは、どこへいった……」

 ここに居るだろうと言いたいのか、揺れるふくふく子の尾っぽがその手を撫でる。日差しを一身に集めて独り占めするふくふく子は、鳴きもせず泣きもせず、飽きもせずに膝に転がる。

 大きな太った、ふくふくのお腹をお空に向けて、どちらが偉いのかを主張する。


「あのやまこえて、さとへいった……」

 歩くこともできまいに。頼るひとも居るまいに。遠くを見詰めるその目には、何も映ってはおるまいに。呆れたふくふく子は片目を開けて、ちらりと寝る子を見やっては、大きくあくびをひとつ漏らす。

 脚をもぞりと動かしては、爪で布団のシーツを引っ張っては、整えさせてはふくふく眠る。


「さとのみやげに、なにもろた……」

 土産ならば、魚が良い。唄に夢見たふくふく子は、ふくふくの腹を満たすのを思い浮かべて鼻を鳴らす。ふすりと鳴った鼻の音と、一緒に腹の音も鳴る。寝る子はそれに気付いたか、手元の鈴をひとつ鳴らす。

 そのの意味を知っているふくふく子は、期待で機嫌を好くしてまた転がる。


「でんでんだいこに、しょうのふえ……」

 やめてくれ。太鼓の音など耳障りだ。寝るなら静かに、安らかに。しょうならばまだ良いか。いやいややっぱり、寝るなら静かな方が良い。気が削がれたふくふく子は、伸びに伸びて身体を広げる。

 膝からこぼれるふくふく子の尻を、寝る子がそっと、戻してあげる。


「おきゃがりこぼしに、ふりつづみ……」


 叩くと面白い。倒れそうになっては、起き上がる。


「おきゃがりこぼしに、ふりつづみ…………」


 寝る子もそうだ。眠れば好くなり、起き上がる。

 また起きてはふくふく子を構い、ふくふくのお腹を撫でるだろう。


 だけど、なんでか。

 寝る子は寝てしまい、起き上がって構ってこない。


 つまらないふくふく子。

 寝る子の胸によじ登り、前足のふくふくでおでこを撫でる。


 ねぇねぇ、寝る子よ。

 ねぇ、寝子よ。

 坊やは良い子だ、ねぇ寝子よ。

 坊やのつとめは、寝ることで。

 もはや起きることは、ないのだろう。


 ねんねんころりよ、おころりよ……



 

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