女の子の「大きくなったら結婚して!」を安請け合いしたら約束履行させられました

ACSO

軽率な約束は身を滅ぼすことを身をもって知ったがもう遅かった。今から入れる保険ってありますか?

「……はぁ、疲れた」


 一人ため息を吐くのはルクシア、帝都の外れで日々生きるために金を稼ぐしがない十歳の子どもである。


 彼の家は父親が風俗嬢と不倫をして家を出てから生活が苦しくなり、母、姉と三人でそれぞれ日雇いの仕事をしている。


 ひとまず三人も働き手がいるため、一応貯蓄は出来ているため生活が困窮して明日も分からないわけではない。


 ではなぜ彼がこんなに疲れているのかというとーー


「おにいちゃーん!」


 背後から一人の女の子がルクシアの背中に飛びついた。


「うわぁ!? 危ないじゃないか、もし俺が倒れたらミリアが怪我しちゃうかもしれいないよ?」


「ごめんなさい……えへへ」


 この輝く金髪が特徴的な少女はミリアという。生い立ちは本人もよくわかっていないらしく、気がついたらここにいたという謎の多い人物である。


 この辺りでは珍しい紅い瞳を持っており、ルクシアが一度褒めたことがあって以降、いつも"褒めて褒めて"とせがむようになった。


「今日はどうしたの?」


「おにいちゃんとあそびたかったの!」


「じゃあ遊ぼうか」


「うん! ……あの、その……」


 わーい! と手を上げて喜んだあと、もじもじし出すミリアにルクシアは首を傾げる。


「どうしたの?」


「ぅ……おにいちゃん」


「?」


 顔を真っ赤にして名前を呼ばれたルクシア。


 ミリアはぷるぷると震えながら、そして緊張のあまり声のボリュームがおかしくなりながらも告げた。


「わたちがおおきくなったらけ、けっこんしてください!!!!」


「いいよ、ちゃんとした大人になったらねー」


 ミリアの決死の告白をルクシアは受け取った。


 小さい子どもの一時的な憧れであり、大きくなればこんな出来事なんて忘れているだろう、という気持ちで。


「おぼえててね!」


 少女はこの約束を人生の希望に据える。


 ☆☆☆


 また別の日


「あにき! あそぼう!」


「おぐぅ!? あ、アーシャ、頭突きはやめよう、ね……?」


 仕事帰りのルクシアのお腹を死角から頭突きするのは、白と黒が混じり合った髪を持つ、ルクシアのことをあにきと呼ぶ犬の獣人、アーシャ。


 彼女はその特徴的な髪の毛を気にしていたが、ルクシアに"黒なら俺とお揃いだし、白なら俺と対をなすって感じでかっこいいよ"といわれ、深い意味は理解していなかったが自分の髪を好きになった。


「わ、ごめんねぇ! だいじょうぶだった? いたくない?」


 すりすりとルクシアのお腹を心配そうに撫でて、やがて顔を擦り付ける。


「うん、大丈夫だからあんまり人の匂いを嗅ぐのはやめようね」


「えぇぇ〜、だってあにきのにおい好きなんだもん」


「う〜ん」


 ルクシアはあまりよくない癖だとは思いつつも、自分の何かを好きと言ってくれることから強く注意ができなかった。


 実はこの顔を擦り付ける行為がマーキングの意味をなしていることなどルクシアは知らない。


「それよりさ、あにき」


「ん?」


 服を掴みながら自分を見上げるアーシャは、どこかか捕食者のような雰囲気を漂わせながら口を開く。


「あたしがりっぱなおおかみになったら、ツガイになってよ!!!」


「うーん、恋人からだねー」


 ルクシアは最近の子どもはおませだなぁ、なんて思いながら、ミリア同様に大きくなる頃には自然消滅しているだろうとたかを括って約束をした。


「約束だからね!!」


 少女はエモノを捕らえるために自らの爪と牙を研ぐ。


 ☆☆☆


 またある日


「にいさま!」「おにい」


「「リオラ(アイラ)がわるぐち言った……!!」


 ルクシアのことを"にいさま"と呼ぶ、ミリアよりも色素の薄い金髪のエルフ、アイラと褐色の肌に銀の髪が映えるダークエルフの少女リオラが泣きながらお互いを指差して糾弾する。


 二人とも、みんなと違う長い耳をコンプレックスにしていたが、ルクシアによく聞こえる耳が羨ましいと言われて誇らしく思っている、似たもの同士である。


「二人とも、仲良くしないとだめだよ?」


「「だって!!」」


 アイラはリオラの頬をつねりながら、リオラはアイラのお腹をつねりながら不平不満を漏らす。


「だってじゃないよ、俺、仲良くできる人が好きだなー」


「「っ」」


 ルクシアの発言に目の色を変える二人。

 親愛なるルクシアに嫌われることだけは避けたい二人は、犬猿の仲である相手の顔を見合わせて、覚悟を決める。


「わ、わたしたちなかいいよね?」


「……う、うん、なかよし、えへ、へ」


 引き攣った笑みを浮かべながら、それぞれつねっていた手を離して肩に回す。


「にいさま、これでわたしのこときらいにならない?」


「……おにいはわたしのことまだすきでいてくれる?」


「うん、大好きだよ二人とも」


 大好き、この言葉が二人の脳内にこだまし、思考を支配する。甘い蜜のような愛の囁きが、二人をトリップさせていた。


「ぐふ、むふふふふふ」


「あへ、えへへへへ……」


「だ、大丈夫?」


 ルクシアは女の子がしてはいけない笑い方をする二人を心配するが、自分の言葉がまさかそうさせたとは思ってもなかった。


「じゅる、だいじょうぶ! それでね、おねがいがあるの」


「じつは、わたしも」


 二人は左右に分かれてルクシアの腕に抱きついた。


「どうしたの?」


「あのね、わたしがおねえさんになったら」

「わたしがおっきくなったら」


「「けっこんして!!!」


「いいよー」


 またしてもルクシアは気軽にそのお願いを引き受けた。


 将来この約束を忘れ、違う立派な旦那さんを見つけている未来を想像して、親心的な嬉しさと一抹の寂しさを感じながら。


 ☆☆☆


「ねえ、きょうこそボクのウチにこない?」


「お母さんに許可とった?」


「う……」


 キザったらしくルクシアに声をかけるのは頭にツノを生やした、赤みがかった紫の髪を持つ魔族の女の子、ティカティーナ。


 彼女は魔族の威厳を示すツノが小さいことに劣等感を感じていたが、"可愛いツノ"と言われて自慢になった。


「そ、そんなことどうだっていいの! ボクはおにいさんとたのしいことしたいんだ!」


「人を家に入れるには、親の許可があるんだよティナ」


 むぅ、とほっぺを膨らますティナ。

 その柔らかそうなほっぺを押すとぷしゅぅ、と口から空気が漏れて萎んだ。


「あはは」


「ぼ、ボクのほっぺたであそばないでっ。それより、デートなんてどう?」

 

「うーん、じゃあ夜まで遊んじゃう?」


「よ、夜まで!? しょ、しょれはぁ……ぅぅ」


 ティナはボーイッシュに誘ってくる一方で、それに乗っかってこられると照れて恥ずかしくなってしまう。


「冗談だよ、いい子は暗くなる前に……ってもう薄暗いね、送るよ」


「ほんと!? やった! って、ボクはわるいこだからしんぱいいらな……やっぱりおくってっ」


「はいはい」


 背中に飛び乗ってくるティナをルクシアはおんぶする。


 ティナはルクシアにおんぶしてもらって見る、いつもより少し高い視点や背中のぬくもりが大好きだった。 


 いつも心地よくて寝てしまうのだが。


「よし、着いたよ」


「うぅん……もう着いたの?」


「うん」


「ありがとうおにいさん……あっ!」


 いつも通り眠っていたティナはルクシアの背中を降りた後、何かを思い出したように言葉を漏らした。


「ん?」


「えっとね、おにいさん。これうけとって? ボクがりっぱなまぞくになったら、ボクのおむこさんになってくれないかな?」


 ティナは顔を真っ赤に染めながらも、どこかに生えていたであろう花をまとめた自作の花束をルクシアに差し出した。


「もちろん、立派な大人になるまで待ってるよ」


 ルクシアはまたまた子どもの戯言と軽く受け取った。


「……ボク、ホンキだから」


 一人の少女は一人の男に見合う存在になるために、覚悟を決めた。


 ☆☆☆


 それから一五年後。

 ルクシアはいろいろあってある程度自由に暮らせる程度の収入を得て、平凡な生活を送っていた。


 当時よく遊んであげていた少女たちはみな街を去っていき、ルクシアだけが残っている。


 そんなお金微妙、容姿普通、彼女なしの小市民的な生き方をしていたある日。


 彼の人生に転機が訪れた。


 朝起きてポストを見ると、見慣れない手紙が五通投函されていた。


「ん? なんでこんなに手紙が……親父の愛人からの慰謝料か?」


 そんなわけはない。


 宛名を見ると、そこには間違いなく自分の名前。


 続いて送り主の名を見ると、懐かしい名前が書いてあった。


「あぁ、あの子たち覚えていてくれたんだな」


 ミリア、アーシャ、アイラ、リオラ、ティナ。


 手紙にはそれぞれの名前がしっかりと記入されている。


 たまたま同時期に近所に住んでいて、たまたま知り合って遊んであげるようになった子どもたち。


 そのような存在は後にも先にも彼女たちのみであり、そのうち全員が同じ日に手紙を送ってくる奇跡にルクシアは一人勝手に感動していた。


 そしてその感動は、手紙を読んで更なる驚きに変わることになる。


 ーーー

 愛しのルクシアおにいちゃんへ。


 まず、何も言わずにいなくなり、心配させたことを謝罪させて欲しい。

 祖国で色々あって、妾もそれに巻き込まれ事情を説明することが許されなかったのだ。

 言い訳にもならないと思うが、事情だけでも知っておいてほしい。

 話は変わるが、政争も落ち着いて時間ができ、年齢もちょうど良い頃なので約束を果たしに行こうと思っています。

 来週に迎えに行くので、待っていて欲しい。


 アウクディシュ帝国 皇帝ミリア・アウクディシュ

 ーーー


 ーーー

 つがいのあにきへ


 長い間会いに行けなくてごめんなさい。

 あにきにふさわしいオオカミになるためにひっしに頑張って努力していると、いつの間にかこんなに時間がたってたの。

 でも、ようやくあにきに似合うオオカミになれたと思うから、番のぎしきのために来週むかえに行くね。


 アーシャより。

(冒険者ギルドSランク冒険者の標)

 ーーー


 ーーー

 最愛のルクシア兄様へ


 結局リオラと仲良くする、という言いつけを守れぬまま去ってしまい申し訳ありません。

 兄様を悲しませたいわけではないのですが、人には合う合わないがあると思うのです。

 あの無口口悪褐色女……いえ、リオラはどうでもいいのです。

 わたくしは今ハイエルフとなってエルフの里で一番の地位を築いています。

 少しは兄様に相応しい女性になれたと感じましたので、来週にお迎えに行きますね。

 約束、もちろん覚えていていますよね?


 森の賢者 アイラ

 ーーー


 ーーー

 私の心を盗んだ大悪党(冗談)←心を盗んだのはホント! 

 ルクシアおにい へ


 おにい、アイラと仲良くするのは無理があると思う。おにいの言いつけは大きくなって役に立つことばかりだったけど、それだけは分からなかった。(でも私を思ってくれたのは伝わった!)

 こほん、私は今ちょっとした慈善活動をして生計を立てている。

 それが成功して生活に余裕も出てきたし、おにい一人なら生活に不自由ないくらいには安定してきてるから、そろそろ迎えに行くね。

 約束、覚えててくれてるよね?


 リオラ

 ーーー


 ーーー

 親愛なるボクの婿へ


 最近の調子はどうだい? 怪我は? 病気なんてしてないだろうね? もし何か不調があるのなら遠慮なく伝えて欲しい。

 さて、"相応しい魔族になる!"と言ってちゃんと説明もせずに別れてしまって申し訳ない。

 まずは手紙で謝らせてもらうよ。

 将来共に家庭を築くひとに取っていい行動ではなかったと猛省しているんだ。

 まあ、本題はここからだよ。キミに釣り合う女になるために努力した結果、魔王になれたんだ。

 これでキミに認めてもらえるかな?

 来週、ボクのお婿さんを迎えに行くよ、待っててわ


 魔法の王 ティカティーナ ティナ

 ーーー



「………………………え? あの子たちあの約束まだ覚えてたの? 皇帝!? Sランク!? ハイエルフ……魔法の王!? それに全員来週迎えに来る!? やばーーーーーい!!!!!!」


 一世一代の告白を、大きくなったら忘れるものだと思い込んで安請け合いしまくったツケが一五年越しにルクシアに襲い掛かった。





 ーーーーーーーーーー

 最後まで読んでいただきありがとうございます。


 ティカティーナの最後の『待ってて"わ"』は意図的な誤字です。

 口説くようなことを書いて照れて焦って誤字っちゃったみたいなイメージです。


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