第3話『ミエタモジ』

 ゆっくり開いていった瞼。ぼやけた世界が、次第に輪郭をはっきりさせてくる。自分はまだ生きているんだ、と回らない頭でそれだけがぼんやりと浮かぶ。


(あ、おきた)


 視界にはいってきた、薄赤の柔らかい文字。それを皮切りに、たくさんの文字が雪崩込むように視界を埋めた。何かが擦れるギィーっという音、複数の話し声とドタドタと駆けてくる足音。


(ほんと?)

(ほんと、ほら)

(おはよう)


 文字の後ろに見えた顔は3つ。

 それと白衣の白。


(いきていたか)


 この文字がどんなトーンで言われているか、分からない。自分にとって音とは、見るものであり、それは生まれたときから今までずっと変わらない。


 白衣の人は残念そうに言ったのか、嬉しそうに言ったのか。

 表情は変わらなかった。だから自分の中で前者と取った。



 生きていてごめんなさい。



 視界の文字から逃げようと、ぎゅっと瞼を瞑った。



 再びゆるゆると開いた視界の先、先ほどとは異なる白衣の人と2人の黒髪が見えた。よく見れば黒髪の2人も白い服を纏っていた。1人は俺と目が合うなりもう1人の黒髪の方に隠れてしまう。


(おきないっていったじゃん)

と薄緑の文字。文字がとげついていて怒っているのがわかる。


(あはは、ごめんて)

と薄紫。


(だいじょうぶ だいじょうぶ)

と、薄ピンク。その文字の背中に薄緑の文字の人は慌てて隠れた。


 どうやら怖がられていたらしい。


(おきあがれる?)


 薄ピンクの文字の問いに力を入れて上体を起こそうとしたが、全く上がらず。ついに覗き込んでいた白衣の人が手を貸してくれた。


(これからは、ちゃんとごはんたべなよ?)


 ご飯……。


「……食べていいの、」


 お前はみんなとちがう。ただでさえ食料が無いんだ。お前に分けられるわけがないだろう。途切れる前の最後の記憶の中で、知らない声がそう言った。


 床を捉えていた視界がぐっと上げられた。顎を上に向けられて、目を反らすことが出来ない。


(たべるの。そして、いきるの)


 視界に流れ込んできた薄紫の言葉は、俺にそう言う。

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