第2話 魔王様はスローライフをご所望です

 その名前と目の前にいる奴のイメージが結び付くのに30秒ほどの時間を要した。

 あの鎧を着ていた時は全く気付かなかったが、改めて思いだすと小柄ではあったな。

 とはいえ……ユーリと顔を見合わせる。


「あなたが……魔王なのですか?」


 ユーリが怪訝そうに聞く。


 見た目は普通の小柄な女の子って感じだ。身長は150センチほどでユーリより低い。

 日焼けしたような小麦色の肌で、長い黒髪を後ろで白いリボンでポニーテールのようにまとめている。

 その頭には金色の王冠が載っていた。


 黒いロングドレスには白のリボンがあちこちにあしらわれていて、フリルがヒラヒラしたかわいい感じだ。

 鋭い目つきと整っているけど小生意気そうな顔立ちが可愛いドレスとイマイチマッチしていない。

 膝ぐらいのドレスの裾からは尖った尻尾が見えた。


「なに、アンタら忘れっぽいの?自分達を倒したアタシの顔くらい覚えておきなさいよ」

「でも……こんな小さな女の子が?」


 ユーリが言う。御尤もな話だな。今、俺もそう思ってたんだが。

  

「アタシが一番強いんだからあたりまえでしょ。男とか女とかなにか関係あるわけ?」


 ガリア―ドが当たり前でしょって感じで言う。

 確かに……見た目は女の子だが、意識を研ぎ澄ませると底知れない強さというかそういう雰囲気を感じる。


 体格はこっちが上だしお互い丸腰だが、掴みかかったら負けるのはこっちだな。

 ユーリも同じことを思ったらしく、俺の顔を見て小さく頷いた。


「そんなことはどうでもいいよの。なんで降伏しないの?バカなの?

勇者であるあんたたちが倒されて、もう何の希望もないのにまだ戦おうとするバカがいるんだけどなんなのよ?」


 ガリア―ドが怒ったように言うが。


「踏みつけにされて従うはずないだろ……というかアンタらにも誇りはあるだろ」

「それは分からなくもないけど……強いものに従うのが私たちのルールよ。それに勝ち目のない闘いをするなんて馬鹿でしょ」


 ガリア―ドが言う。


「それに、アタシが命令してもホウリツがどうだのとか言うこと聞かないし、王都はどうだのとか、どこの領主をどうするだの、つまらないことばかり言うのよ。もううんざりだわ」

「いや、くだらないことじゃないだろ」


 4つの王国の地図は見たことがある。

 エルフの国であるイーレルギア森王国、ハイエルフの国であるイシュトヴェイン魔法王国、獣人と小人リリパットの国であるケンダ―ル共和国、それにドワーフの国、ヤロスヴァナ公国。


 なんせ地図の精度が現代日本と比べ物にならないから正確なところは分からんが。

 恐らくその広さは西ヨーロッパくらいだと思う。

 その広さの土地を支配するんだ。しかもそれぞれ種族が違う。


 どこを誰が治めるのか、法律はどうするのか、税金の徴収、司法システム、治安維持のための軍隊の配備。

 この辺はきちんと決めておかないととてもじゃないが統治は出来ないだろう。


 それに、4王国を制したとはいえ、山を超えれば他の地域もあるらしい。となれば国防の問題もある。まあこれについては魔王軍がやればいいんだろうが。

 ともあれ、やることは幾らでもあるはずだ。


「なんなのよ、それ!アタシは王様になってスローライフするはずだったのに!どうしてこうなるのよ!」

「……は?」

「スローライフ?」


「王様なんだからスローライフするの。当然でしょ」

「いや……王様になった方がやることは増えるぞ」


「何言ってんのよ。だって王様って長い机にすわって美味しモノ食べて、楽団に音楽を掛けさせて、可愛いドレス着て、ダンスパーティすればいいんでしょ。

天蓋付きのベッドで寝て、朝起きたら召使におはようのお茶を入れてもらうの。本で読んだもん」


 ガリア―ドが言うが


「……一体どういうイメージなんだ。間違いにもほどがあるぞ」

「アンタの、というか人間の書いた本に描いてあったのよ」


 ガリア―ドが言う。いったいどういう作者がどういう意図でそんなものを描いたのか。

 著者の首を掴んで問いただしたい。


「アタシは王様になったのよ。しかも最強なのよ。一番偉いんだからアタシの言うことに従うのが当然でしょ?」


 ガリア―ドがふんぞり返って言うが……とりあえずこいつには政治家と言うか領主の資質が全然無さそうのは分かった。

 あれだけの強さを持っているのにな……どうやら能力値は全部戦闘関係に極振りしたらしい。


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