五、寄道の姫(一)

「ちょっと、寄り道しましょうか」

 主の視線の先にある看板を見て、家臣たちはうなずいた。今回ばかりは反対しない。朱倭国有数の神社である、那廣大社の傍を通るからだ。ここまで近くに来て立ち寄らないのは、逆に失礼というものだろう。

 一行は街道を外れ、那廣大社の表参道に入る。馬を降りて、賑やかな大通りを歩いていく。土産や縁起物を売る店が立ち並ぶこの場所は、今日も全国から集まった参拝者で賑わっていた。

「兄様に、お土産とか買っていった方がいいかしら?」

 路肩に軒を連ねる店をのぞき、宝劉が言う。

「ほら、この根付なんか、かわいいんじゃない?」

 手にしたのは、かえるの根付だ。確かに縁起物ではあるが、かわいいかと訊かれると、微妙なところである。

「そのお心がけは大切ですけれど……」

 彩香が苦笑して言う。

「止めておいた方が賢明かと存じますわ」

「確かに、そうですね」

 舜䋝が同意する。

「陛下は、宝劉様が幼少の頃、戯れに差し上げた猫じゃらしを、今だに持っておいでの方ですから」

「ああ、確かにそうね……」

 宝劉は、根付を棚に戻す。

 あの兄に土産を渡せば喜ぶだろうが、その先何十年取っておかれるか分からない。喜んでくれるのは嬉しいが、軽い気持ちで贈り物をするには、兄は少し妹の事が大好きすぎた。

 旅の目的地に着き、目を輝かせる旅人たちに混ざって石畳の道を行くと、注連縄をぶら下げた石造りの鳥居が姿を見せる。那廣大社の入り口だ。

 五人はそれぞれ鳥居の手前で一礼し、境内に入った。

 馬舎に二頭の馬を預けると、手水所で身を清めて、石段に足をかける。

「殿下、足元にお気を付けください」

 空鴉が宝劉に手を差し出す。

「あら、ありがとう」

 宝劉はその手を取り、支えにして石段を上がる。

「お、紳士だねぇ」

 燿はそれを見て笑う。そして自分も、彩香に手を差し出した。

「お嬢さん、お手をどうぞ」

「あら、ありがとう存じます」

 彩香は少し照れた様子で、その手を取った。

 完全に出遅れた舜䋝は、複雑な表情をして、二組の後ろをついて行くのだった。

 石段を登りきると、やっと建物が見えてくる。門や拝殿、社務所などが、拓かれた山の中に鎮座していた。

「ようやく着いたわね」

 那廣大社の石段は長い。社自体が山の上にあるので仕方がないのだが、ここまで遠く旅をしてきた参拝者には、少々きついものだった。

「さて、私たちも参拝しましょうか」

 歩き出そうとしたところで、突然強い風と共に、宝劉は目の前を黒く遮られた。

 驚いて見上げると、赤い満月が三角に並んで三つ、宝劉を見つめていた。

「久し振りだな、劉家の姫。お前の髪は、空からでも見つけやすい」

 低くしわがれた声は、この神社に祀られた神のものである。

 神の突然の登場に困惑しながらも、宝劉はその場で拝礼した。

「ご無沙汰しております、那廣大社の神様」

「カアァ」

 それを面白がるように、大鴉は四つの羽を広げて笑う。また境内に強い風が吹いた。

「今日は面白い者を連れているな、劉家の姫」

 神は、舜䋝を見て言った。

「こやつは俺が見えないようだな」

「左様でございます」

 宝劉が言うと、大鴉は二本の足で舜䋝の前へ歩いて行った。

 そして、ちょんとくちばしでその白い頭をつつく。

 突然脳天に起こった感覚に、舜䋝は驚いてきょろきょろする。

「カッカッカッ」

 神はそれを面白がって、二度、三度と舜䋝の頭をつつく。

「おやめください。大切な家臣でございます」

「カーァ、分かっている。少し遊んでみただけだ。許せ」

 大鴉は宝劉の前に戻ってきた。

「劉家の姫は、城へ帰るのか?」

「はい。国王である兄の命で、王都城へ向かうところでございます」

「そうか。気を付けて帰るのだぞ」

「お心遣い、ありがとう存じます」

 宝劉が頭を下げると、大鴉は再び四つの羽を広げた。

「そろそろ、嫁が戻ってくる頃だ。俺はこれで失礼する」

「はい。ご挨拶の機会をいただき、ありがとうございました」

 境内にまた強風が起こる。砂利や砂煙を起こしながら、那廣大社の神は、青い空へと飛んで行った。

「ここの神様でございますか?」

 頭を上げた宝劉に、彩香が訊く。

「ええ。少々いたずら好きな方のようだわ。舜䋝、大丈夫だった?」

「はい、何とか」

 宝劉の言葉でようやく合点が言った様子で、舜䋝は頭をさすった。

「舜䋝も、目立って大変ですね」

 空鴉が後輩を慰める。

「そう言えば」

 それを見た宝劉が、何かを思いついた。

「空鴉の名字って、鴉の字よね?」

「はい、そうですよ」

「この那廣大社と、何か関係があったりするのかしら?」

「ああ、ええと……」

 空鴉は頬をかいて苦笑する。

「私は、この国の出身ではございませんので……」

「え、そうなの?」

「はい……」

 困る空鴉に手を差し伸べたのは燿だ。

「まあその話は、いつかする事になるかもしれませんねぇ」

 燿は笑って、空鴉と宝劉の間に割り込む。

「空鴉はちょっと、繊細な子ですからねぇ。すみません」

「あら、そう」

 宝劉は笑う。誰にだって、言いたくない事はあるだろう。それを燿のようにやんわり進言してくれる家臣がいるのは、嬉しい事だ。

「ごめんね、空鴉」

「いえ」

 空鴉に一言謝って、宝劉はこの件を終わりにした。

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