三、乾村の姫(三)

「そろそろ準備しましょうか」

 辺りが暗くなり始めた頃、宝劉が言った。陽が落ちる前に火を焚かないと、山は危ない。

 三人は適当な場所を見つけ、焚火を作った。兎を捌き串に刺して、夕食の準備をする。

 焚火の周囲に、肉のこんがり焼ける匂いが立ち込める頃、日が暮れた。

 一行は兎肉と、村長夫妻にもらった握り飯で夕飯にする。

「あ、ちょっと舜䋝!」

「何ですか?」

「そのもも肉、私がじっくり育ててたのよ。取らないで」

「こういうのは普通、早い者勝ちでしょう。僕がいただきます」

「だめよ! 私の!」

 二人がわいわい肉を取り合うのを、彩香は目を細めて見ている。

 突然城へ帰ることになり落ち込んでいるかと思いきや、宝劉は意外と元気そうだ。主人には明るく健やかにいていただくのが一番だと、彩香は改めて思うのだった。

「それじゃあ、火の番をよろしくね」

 そう言って宝劉は横になる。

「おやすみなさい、殿下」

「良い夢を」

 従者二人に見守られ、程なくうとうとし始めた。

 しかし、慣れない旅路でしかも野宿だったせいか、宝劉は梟の声で目を覚ました。

 目を開けてみると、舜䋝が一人で、小さくなった焚火の番をしている。

 宝劉は起き上がり、眠い目をこすった。

「おや、起きてしまわれましたか」

 舜䋝がそれに気づいて言う。

「ええ。やっぱり枕が無いとだめね」

 そう言いながら、宝劉は舜䋝の隣に座る。二人でしばらく、小さな火を見ていた。

「城のみんなは元気?」

 宝劉が隣に問いかける。

「ええ、皆さん元気でいらっしゃいますよ」

 舜䋝は答えた。

「あ、いや、国王陛下を除いては」

 そして訂正した。

 宝劉は苦笑する。

「そうね、兄様はそれがいつも通りだものね」

 他の人たちは? と尋ねると、舜䋝は最近の城の様子を話し始めた。

「陛下は相変わらずですが、皆さんお元気ですよ。蓮華の方々も、マダじぃも。燿さんはまだ恋人募集中ですし、空鴉さんは変わらずお美しいです。マダじぃは……」

 その横顔を、宝劉はじっと見つめる。

「ねえ、舜䋝」

「はい」

 目が合った。

「約束、守ってくれてありがとね」

 舜䋝は微笑して、灰色の眼を下に向ける。

「僕はただ、宝劉様のお傍にいたいだけです」

 昔々、約束をした。まだ幼い頃、二人で庭の片隅で。家臣と主人という関係ながらも、ずっと友達でいようと指を切った。

「変わらないでいてくれてありがとう。あなたが変わっていなかったから、帰ってもいいかなって思ったのよ」

 舜䋝は黙って聞いている。

「迎えに来たのがあなたじゃなかったら、帰らなかったかもしれないわね……」

 宝劉は一つあくびをした。

「そろそろお休みください。明日も歩きます」

「そうね」

 宝劉は元居た場所で横になる。

「おやすみ、舜䋝」

「おやすみなさい」

 主の寝息が聞こえる頃、舜䋝は大きく息をつく。

「変わったつもりなんだけどなぁ……」

 青年の小さな憂いを溶かし、卯月の夜は深々と更けていくのだった。

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