近くて遠い

モンタロー

4

この喧しい蝉の鳴き声を聞くだけで体感温度が増すような気がする。

入道雲が立ち上る。

予報では猛暑日になると言われている今日、一年ぶりに君がやってきた。

「久しぶり」

千春はそう言って私をぽんぽんと撫でた。

「今日は春花の好きな苺大福買ってきたぞ。ほれ」

流石産婦人科で隣のベッドに寝ていた仲なだけある。当たり前のように私の大好物を覚えていて買ってきてくれた。これこそ私の自慢の幼馴染だ。

「ありがとう千春!わかってるねぇ〜」

そう言って私は大好物に手を伸ばす。

「あ、そうだ春花、ご報告があります。前会ったときに気になってるんだって話したバ先の女の子とあの後何回かふたりで遊んで、付き合いはじめました。それで明後日が丁度半年記念日だから明日から泊まりでででにー行くんだ。お盆だから混むだろうなあ」

幸せオーラがだだ漏れだった。しっかりしろよ感情のバルブ。パッキン外れてんじゃねえの?

てかちょっと待てよ?お主明日が半年記念日ってことはバレンタインに付き合いはじめたのか?もしかして。告ったんじゃなくて告られたのか?

「……良かったじゃん!おめでとう。いいなあお泊まりででにーデート。私もそんなことしてみたかったな」

一瞬固まってしまったけど、どうにか取り繕った。

特別ででにーが好きなわけではないんだけどね。

私は心の中でそう付け足した。

千春は昔から……小学生、なんなら幼稚園生の頃からモテて、高校の時なんかフリーでいると三ヶ月に一回くらい告られていた。

あの頃はよく、千春の相談に近所に一軒しかないカフェで乗ったものだ。

相談に乗るときは決まって千春が奢ってくれたので、フラペチーノに自分じゃしないようなトッピングを増し増しにしていた。生クリームいっぱい。人の金で飲むフラペチーノは美味い。幸せ。

気が抜けると顔に本音が滲み出してきてしまう。だから千春の前では、甘い甘いフラペチーノの力も借りて、作り笑顔の厚化粧で誤魔化していた。

その娘より絶対私の方が、千春の好物にも、好きなアーティストにも、女の子のタイプにも詳しいのに。周りにはクールで文武両道だと思われてるけど、実は虫や心霊番組が苦手なことも、家では愛犬のムギちゃんにデレデレなことも、貴女は知らないでしょ?

私の方が。そんな根拠の無い自信が嫉妬心を囃し立てるのを私は必死に隠していた。

怖かったから。そんな素振りを見せてしまって、この関係が壊れてしまうのが。

千春が幸せならそれでいい。と自分に言い聞かせて、その気持ちになにがなんでも蓋をしていた。

「彼女、アラジンが好きで。メッセージカードもアラジンモチーフで描いたんだ」

千春がまた口を開いたので、私は思い出から引き戻された。

ちなみに千春は絵も上手い。ほんとに。天は何物与えたら気が済むんだろ。不平等すぎる。

「こんないい彼氏だと彼女さんも幸せ者だねえ」

「それで二日目は九十九里浜へ海水浴に行こうかと思ってるんだ。海の家で蛤食べたいなあ。ほら、覚えてる?小さいときうちの両親と春花の両親と皆で海水浴行って海の家で食べたろ?」

ああ覚えてますとも。私が鳶に盗られて泣いてたら千春が最後のひとつ、自分も食べたかっただろうに私にくれたんだよね。嬉しかったなあ。

「懐かしいね」

「久しぶりに来たから話し込み過ぎちゃった。あ、忘れてた」

千春は肩に提げたトートバッグを下ろして中から花束やら線香やらを取り出して、私の墓石に供えてくれた。

「よし、じゃあ始めますか」

そう言ってだいぶ汚れてしまった墓石を綺麗に掃除してくれた。

ピカピカにしてもらって、そこからまた十五分ほど一年ぶりの邂逅を楽しんだ。

まあ、私の返事は千春には届いていないのだけれど。

「じゃあ、次は年末年始に帰省してきたらまた来るね。じゃあね」

そう言って千春は、私に背を向けて歩き始めた。

「ばいばい、お幸せにね!」

千春に幸せになってほしい。私は自分に言い聞かせるようにそう言って見送った。

水滴が墓石を伝っていた。

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近くて遠い モンタロー @montarou7

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