湯月見

結騎 了

#365日ショートショート 324

「まるで月だ」と、子は叫んだ。

 日も暮れた銭湯のガラス窓。浴室の白い照明は反射し、ガラスにその姿を映している。

「ほら、ね。月みたいでしょ」

 並んで湯に浸かる父親が笑った。「ははっ、あれは月じゃないよ。あっちのライトが映っているだけさ。白くて丸いから、こっちのガラスだけ見ると確かに月みたいだけど。第一、しばらく天気が悪いから、今日の月も雲の向こうだね」

 きょとんと、子の目が丸まった。軽く笑った父親は気にするそぶりも見せず、湯から上がり体を拭き始める。

「ねぇ」。聞こえた気がして、子は振り返った。どうやら、湯の中で近くにいた老人のようだ。「もしもし、君だよ、君。ごめんね、急に話しかけて」

 うんん、と首を振る。

「一言、お礼を言いたくって。ありがとう。今年の秋は入院していてね。満足に月も見られなかったの。だから、今日はお月見ができて嬉しかったよ」

 子はにんまりと微笑んだ。

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湯月見 結騎 了 @slinky_dog_s11

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