第56話 王都に迫る闇 2


 鳥舎番のルスガは辟易へきえきしていた。

 王都グスロットでは有名な、あの女剣士ミキ。彼女がやってきた。

 今日は余計に機嫌が悪いのか、いつも以上に無理難題を押し付けてくる―――。


「一羽借りるって言っているのよ!つまりアタシは客よ!」


 鋭く怒鳴るミキ。


「駄目です、こっちにはお達しが来ていて―――僕はね、女王様に逆らう気はないんです」


「アンタもちっとは考えなさいよ!あんたがどけば、戦争だって止められるのよ!」


「ダメなものはダメです!戦争?そういう話するのはやめてくださいよ、僕が任務に就いてからはないんですから―――これも、ミキ様がこの王都で精進を続けているからかと……」


 相手を立てることで、なんとかなだめようとするルスガであった。


「そんなことを言って、何か変わるとでも思っているの?」


 ミキは剣を腰もとにげている。その所為で男は強く出れないところはある……。

 さあてどうしたものか、いつも通りやり過ごせればいいんだが、とルスガが考え込んでいると……。



「おいッ! そこの―――刃物のような女!お前だよお前!こっちを向け!」


 モエルは大声でミキに怒鳴る。

 突然の男の声に、むしろ飛び跳ねたのはルスガの方だった。

 両手をあげてミキをなだめている様子だったが、何ごとか。

 弱気でビビったことと、厄介ごとが追加されたことをも、感じ取っていた。

 虫も殺せないような性質であることは、男の挙動から明らかであった。


 清掃当番を押し付けられた生徒のような表情である。


「なに……」


 眉を顰めるミキ。またお前か、火属性———と、言うのも面倒なミキである。


「何があったか知らねーが、やめろ!話なら聞いてやるから!」


「ハナシを聞いてやるーぅ? アンタに話聞いてもらって、それで丸く収まったことがあんの?」


「俺に物事を話して上手くいったことか?」


「そうよ!議論が納まったことがあるの!?」


「議論が納まったことだと~~ッ!? うぬうううううう――――!」


 モエルは唸りつつ、憤怒……いや苦悶した。


「……ない、ない、さ……」


「そう……」


 素直な性質のモエルであった。

 すばやく女剣士に目を向けて、反論を続ける。


「け、けどッ! ダメなもんはダメだ!何やってんだ刀を!それとも剣か?人に剣を突き付けて!」


 おまえのことなど、ミキのことなど知るか。

 その人が可哀想だろ。




 モエルの心中は複雑だった。

 この女と関わると、そんなにいいことはないような気がするのが経験というか、事実譚なのだが……。

 どうやら俺は巻き込まれてしまうモノらしい。

 交通事故に合いやすい奴というのはいるのかもしれないが、そういうものだと思うしかないか。

 怒りというかこれは、落胆が大きい。

 自らの運命は昔いた世界でも、異世界でも早々変えられないらしい。


 機会があれば謝りたいと思っていたが。

 流石に王族との会合……会合ではないな、食事会に誘われた時の事、謝った方がいいか、という気持ちはあった。

 あれを、どうやらぶち壊したのは俺である。

 イヤイヤ……そもそも行きたくなかったんだが。

 勝手に来いって連れてこられただけだし。



 ここで、口を開いたのはっ先さきを突き付けられていた、牛舎版の男だった。

 たぶん、牛舎番だろうとは思う。しかしこの世界に限れば、モエルの理外の職が存在するので、何とも言えないところであるが。


「ああ、いいんです―――いつもの事でして」


 彼はモエルの方を向いた。


「いつもの事? それは、いつも困っているって言うことじゃあないのかよ」


 モエルが問うと、男は気まずそうに歯を見せた。

 へらへらしているようにも取れるが、慣れているようにも見えた。図星とは言わないまでも、おおむねそんな状態らしい。

 ……日常的にやっているのか?こんな事。剣まで持ち出されて。

 やはり、問題はこの女にもある。


「とにかく、『鳥』トリは出せません。 ……王城からも令状が来ているんですよ。何度も言っているでしょう?」


 ミキは最後まで悔しそうだったが、それ以上、剣を突き付けることはなかった。



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