第55話 王都に迫る闇



 それから数日経った、とある一日。

 モエルはシマジの連れ数人とともにグスロットの街をしていた。

 グスロットは城下町であり、繁華街じみたところがある。

 とにかく飲食店が多い。ひしめき合う様な屋台の数も、またしかりである。


「祭りみたいな街だな、まったく」


「あー、ちょっとわかるよ」


 応じるシマジは優しい男ではあったが、同じ国出身の連れたちも皆、そういった性質を持っていた。

 モエルに、出身国での人種差別をするような意図は毛頭ないが、やはり気を許せるレベルは違うと言えた。

 やはりこの世界の人間は、目の色も違ったり、雰囲気として外人ガイジンを感じていた。

 

 モエルの口に合いそうなもの、その店を案内できた。

 故に感情荒ぶること多い火属性男も、徐々に心を開きつつある。もとより、男だけでつるんでいる時は楽しくてたまらない、という性質だったのだ。性質というには自然すぎるものだろう。

 こうなると何故、異世界一発目が終われている女との遭遇だったのか。


 今日、食べ歩きをしながら手に持っている飲み物———フルーツのスムージーのようなものだ。

 ミツはモエルよりも大柄で、パンダに体格が近い。どんよりした目つきの強面こわもてだが、例によって気のいい男だった。


 屋台でこれを注文したとき、モエルはまじまじと水色の球形果物を見つめていた。

 シマジとミツは、顔を見合わせて笑った。

 こんなことも知らないのか、と言わんばかりの態度にやや憤るモエルだった。しかしスプーンでその半液体を口へ運ぶと、冷たさと甘さに言葉を失った。


「ビミョーに西瓜スイカっぽいけど違うな!」


「日本を感じるだろ?」


「ああ」


 笑い合う、地の果ての人達。他にも、くだらない会話で盛り上がれた。

 そして時折、自分たちは能力者であり、普通ではない力を持っている、という気分が沸く。

 これは気分がいい。

 モエルも、かつて日本にいた頃よりも楽しいと感じることは多かった。


「じゃあ、また明日にでもなー!」


 彼らと、言って別れた。

 シマジとは共同で魔獣を退治することもあった。もっとも、経験が長い彼とでは、現場でも距離が離れることが多かったが……。住む世界は変われど、必ず、つまり―――友好的な関係はある。


 別れた際、今晩の寝床への帰路、もう一度同じスムージー(お店の人に正式名称は聞いたが発音しずらかった)を注文した。

 今後、じぶんでつくることが出来るかどうか確認したいためだ。

 この辺りはモエルの、料理は自分でするもの、という思考回路がなせる業だろう。

 まあ果物を冷やしてスプーンで食べれば、それで美味しいものだろうけど。

 食品添加物も無しでポイント高い。

 いや、少し砂糖かハチミツをかけておけば盤石だ。

 男の料理ならぬ、男の飲み物といった具合だが、シンプルなものは嫌いではない。

 しかし異世界も大したものだ―――、なんでも出来るように思える。冷凍庫でもないと。こんなにシャリシャリと、音がする……果肉がシャーベットに出来るものか……。


「おっ」


 気づきを得た。

 そうか、『魔導具』……!これも魔導具で作っているのだろう。この世界にはこの世界の、便利なものがある。もうシンプルに『異世界家電かでん』と言ってしまってもいいな。

 特に街中ではそれらしき機械も見かけていた。

 そんな知識を蓄えて行ったところで、スムージー片手に歩き続ける。

 灯りがやや、暗くなっている―――街のはずれに来たようだ。顔が火照った火属性男は帰路を確認しつつ、少しばかり脇道を歩く。




 そこに、独特のにおいが漂ってきた。

 農家のような印象を受けた―――牛舎かな?

 モエルは元々、地方の育ちである。

 都心ではなく、野山を駆けまわって男子だけで遊びまわることが多く、鹿や、猿に遭遇したこともある。

 ゆえに魔獣討伐においても、どこか懐かしさを覚えたのだ。

 そういえばもともと日本でも、熊や猪を追い払い、駆除しなければという文化は根強かった。


「……!……ッ!」


 女の怒鳴り声が聞こえてくる。誰かが口喧嘩しているのか?

 あまり気になりはしなかった。

 ラジオを聴いているような心境ではあったように思う―――もとより騒がしい街である。


「そりゃないですよぉ、ミキさん!」


 脅されているような男の声がして。

 思わず陰から覗いてみると、確かにミキだった。

 街に点いた灯りに照らされて、黒髪も光っているように見えた。

 グスロットに慣れ過ごしてから改めて女剣士の容姿を見てみると、日本人的な要素は濃く感じる。

 多くの現地人は、女でも立ち姿、大きく感じる。がっちりとした四肢を持っている。

 ミキは決してそうではない……彼女は『地の果ての人』……ではないんだよな?



 男がいる、その奥で何か影が蠢いていた。

 ヒトはない———黒っぽい、動物?馬ではないようだが……。


「もういいわ!」


 すらり、とその女剣士は、剣を鞘から抜いた。

 そのまま目の前の、気弱そうな門番らしき男に突きつける。

 男は両手をあげて震えている。


 シャリシャリとしたスムージーを口に含みながら、モエルは咳をした。

 いや、マトモに出来なかった。

 天を睨んで、口から漏らさないように努める。目ん玉が飛び出しそうだったし、鼻孔にシャーベットが侵入した。



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