第48話 王城の食事会 2


 女に優しくしたことがある。

 男にも優しく、したことがある。

 とにかく人に優しくしたことがあるんだ。

 その相手が優しかったのかどうかはともかくとして。


 優しくしていれば優しくなると思いたい。

 困っているとか、弱っているとか、どうすればいいのかわからない様子だとか、そんな奴がいた。

 孤立、一人でいるやつにも差別はしなかった……つもりだ。


 嫌われ者はいたさ。

 嫌われ者に出会うことはあった。

 話せるかもしれない、友達になれるかもしれない……まだ出来るかも。

 もしかしたら一度ミスっただけで。

 本当はいい奴かもしれないだろ。

 悪い奴だったとしても、まだ直るだろ。


 矯正できるだろう。

 モエルが出会ってきた同年代は、十代が多かった。 

 その点で確かに、可能性、将来性はあった。


「モエルさまが……、最初から女性を避けていたわけではない……ということですか」


「当然」


 そういう話らしい。 

 話を聞いていて、リイネは見つめる。

 ミキのギルド脱出を幇助した地の果ての人が、どのような人物か見定めたい。

 彼女なりの想いだった。


「好きだったわけじゃねえ嫌いでも、ねえ―――それが、フツーのことだと思ったからだ」


 こぶしを握り締めて語るモエル。

 美人の手伝いを、した。

 お世辞にも、あんまり可愛いとは言えない女の手伝いもした。

 ……いや、どうだかな。

 美人が相手だとまともな会話を出来なかった説はある。

 友達がいない人間がいて。

 その友達になってあげようとした。

 


「……」


「それが……大切なことだと思ったんだ、自分さえ良ければいいとか、そういうクズとは違うんだよ」


 いいことを―――しようとした。

 でも。


「でもよぉ……それが、それが何なのか……」


 騎士団の男が特に真っすぐ見つめていた、いや目を丸くしていた。

 騎士道と通ずる点があるのだろうか。

 モエルの人柄に触れて安心したようにも見えたし、何を言い出したんだこの見知らぬ男は、というような視線とも取れた。



 女から、笑われたり、けなされたり、侮辱されたことすらあった。

 そうこうしているうちに、能力を発現。

 炎を操る能力が、何の前触れもなく使いこなせるようになった。

 便利極まりない、使い勝手の良いものだが周囲からの評判は芳しくない。

 とにかくモエルは人間ではない―――、ということだけがはっきりした。


 言うだけ言って、しばらく両の手のひらを天井に向けて静止したモエル。

 色んな過去があった。

 熱子のことは、氷山の一角なのだ、彼にとってショックだったが傷つきもしない。

 そこまでやっても、別に楽にはならなかった―――人助けをしても、仕事は増えて、減らない。

 もう少し何かしら、変化があると思っていたのだが。

 ふと思い出したように、リイネに視線を移す。


「ああ……また女だ」


 指さし罵倒まですることはなかったものの、そうしたい気分だった。

 やってしまいそうだった。


「いいか―――俺は、俺とか他の『地の果ての人』は能力を持つことになった。でもそれは王女さんの都合だ、『女』の都合だ……」


 世界を救う、この世界を救う、大いに結構。

 しかし転生だか転移だかをして、こちらに来て状況を知った。


 「魔王はいない、倒した、倒してある。それが、そういうのが勇者伝説だってよぉ、ハハ……ハ……」


 俺は呼ばれたが、倒すべき敵はない。

 そんな話があるらしい。


「モエルさま……」


そんな話、話ですらないだろう。

俺は一体何なんだよ―――?


「もういい―――もういいぜ、次はどう振り回すんだ? これ以上振り回されるのは御免だ」


 ドアが開いて、何も知らない料理人が、ニコニコしながら湯気の立つ皿を運んできた。

 このあと料理はあるか?

 ここは次々と運ばれてくるか

 だがモエルは耐えきれない。


「話すことは……なにも……」


 料理人は邪気などない。

 なにがなんだかわからない様子で、モエルを見つめるのみだった。

 だがありえないほどのショックを受けてはいない。

 地の果ての人の招待、そういう食事会。

 そもそもこの国の人間ではないわけだ―――。


「悪いが、俺の分の料理はここでストップだ、止めてくれ」


 料理人は目を丸くする。

 ガツガツと、食卓にあるものは、素早く口に運ぶモエル。

 美味いわ、美味いけどよ。

 

 気には食わなかった。

 思う壺にまっている気がしたのだ。


「―――王女さんの役には立てない、悪いな」


 人一倍頑張っているような働いているような気はしている。

 まだ足りなかったのか。

 何がどう足りないのか。

 結局、女から悪口を言われる回数だけが増えた。


 能力者ではあるが、今までにいろんな人間と会った。

 仲良くなれた奴、なれなかった奴。

 わかりやすい奴と、最後までよくわからないまま、あの世界で別れた奴。

 困っている奴や、なんつうか……可哀想な奴に。

 で、まあそのあと。


「―――なにも良いことなんてなかったさ」


 悪いことがあんなにあるなんて。

 思ってもいなくて。

 意味がないんだ。

 思えば、何狙いだったのか。

 なにを狙ってあのようなことを繰り返してきたのかs。



「そこの女剣士さんを助けたってアレ、実は勘違いでよォ」


 俺が、なんかチンピラにケンカ売られたような気がしただけだよ。

 そもそも助けなど、必要もなかったかもしれない。

 男勝りな性質と、剣士としての性質は、もうモエルも嫌というほどにわかっているつもりである。


 扉に向かって一人歩くモエル。

 何人かが、口を開けて、片腕をモエルの方に伸ばした。


「ま、待て! 無礼なッ! リイネ様に対して……」


 リイネ様がじゃねえ―――女が嫌いなんだよ。


「飯は美味かったぜ―――飯はいいよなぁ、上手い飯はいいよなぁ。なにがいいって、俺の悪口を言わない」


 扉を開けた、メイド―――料理のワゴンを押してきた女性と、すれ違い出て行った。

 女性は目を丸くして、食卓に集う一堂に、無言で助けを求めた。


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