第42話 困惑の討伐 3


 モエルは唸っていた。

 あれはどういうことなのだ、と。



 頭を抱えて街のベンチに座っている。

「顔から火が出る想いだぜっえぇ!」などと悶え苦しんでいるが、だったら手のひらから出すな。

 火属性男は天に向かって弱弱しい火柱を立てるなどしている。

 モエルの性質、すべては存じないが、ショックなようだ。

 討伐しようとした獲物を横取りされた心境らしい。

 


 ―――馬鹿馬鹿しい。

 ミナモは考える。火属性男の呻き声を聞きながら。

 わかっていない。

 モエルくん、ほぼほぼ無傷であの夜を乗り越えられたことは、奇跡と言えるよ。

 初めて入る森で、視界も悪く、弱点も知らない巨大魔獣に立ち向かう。

 それも単騎ソロで。

 この手法で、街に対して貢献できる腹づもりだったらしいから、なんというか、怒りさえ湧かない。

 愚か、愚か。

 勉強せずにテストを受けたらどうなるか、くらいは日本で学んでこなかったのかな。日本で生きていたはずだぞ。

 


 それにしても———。

 どうも、森であの女性を見てから、モエルの動揺がひどいこと。

 土厳塁根を斬撃(?)にて仕留めた『地の果ての人』———だと思うが、まったく知らない人間ではないらしい。


「見間違い……?じゃあ、いや、でもあのチカラはなんだ―――なんなんだ?」


 見たことがない―――やっぱり別人だとかブツブツと呟く火属性。

 あれからずっと動揺を続けているようだ。

 ああ、ミキの方がズバッと言うけれど、こういうところが湿っぽいんだろうなあ。   そうミナモがなんとなく納得する。



 モエルは大きな困惑を背負っていた。

 肉体的な傷はおっていない。

 ケガはしていない―――いや、あの激闘の中、タイヤのような太さの木の根の上を駆けまわるうちに、擦り傷くらいはついていたのだが。

 それよりも精神的な負傷が大きい。


 日々の魔獣討伐によって、シンプルの労働者として、質の良い前向きさを得ることが出来つつあったのだ。

 そこは健全で、先輩たちから可愛がられる傾向もあった。

 本来ならば直情的、シンプルで真っすぐな頑張り屋なのだろう。

 だが彼は昔の女を思い出す。

 思い出す羽目になった。


「ミナモ……!」


 モエルは語った、あの女性が、土厳塁根を倒した女が、自分の知り合いであるということ。

 でも、ただ、見間違いだ。そもそもに炎を操れるような女ではなかった、は。

 だからなぜこんなところにいるのかわからない。


「あれは知らない、奴だ……そのはずだ」


 転移したのだろう、モエルくんもしたのだから不思議ではない……。

 モエルくんも思い至っているのではないか。

 もちろん、人違いの可能性はある。

 ボク自身が視界を妨げていたしね―――霧を発生させて。


 モエルは、口を半分開いたまま、黙っていた。

 さて、本題に入るか。

 

「モエルくん、話があるよ」


「なんだよ」


 ぼやく。

 俺の近くにいることで何のメリットがあるんだか、とでも言いたげな視線だった、

 商人であるということがはっきりと意識されている。

 ミナモもまた、それで良かった。


 胡散臭そうな視線を送るモエル。疑い深い感を隠さない男だ。

 警戒心は魔獣並だろうか?


 まあいい、環境自体はかなり離れてしまった二人である。

 この辺りの距離感が落としどころというか、妥協案か。

 ボクにとってはね……とミナモは想う。


「そこから先は私が案内するわ」


 よく通る、思わず背筋を伸ばしてしまいたくなる声が響いた。


「んおっ……ミキじゃねえか!」


 見れば女剣士だった。

 腕を組んでこそいないものの、男を見下すような視線は健在である。

 否———男を、ではなくモエルのような湿っぽい性根の者を見下しているのである。 


「見ていたのかい」

 

 モエルミナモは驚く。


「私は気が進まないけどね……モエル」


 グスロットこの街の王女が、あんたに会いたいんだって。

 ミキはそういった。



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