38,そうして月の姫へと刃を向ける (下)






 折角エヒムが拵えてくれたんじゃし、四階にみんな集めて話そうよ。

 アグラカトラからそのような提案を受け、急遽【曼荼羅】の面々はシニヤス荘の四階に集合した。

 増設されたシニヤス荘の四階層目は、まるで上場している企業の事務所のようで、入社希望者に面接試験を課すのに最適なフロアとなっている。遺憾ながらシニヤス荘というボロアパートには不釣り合いだが、それなりの人数が集まるのに適していると言えるだろう。


「………」


 指示通りパイプ椅子に腰掛けていた青年が、居堪れないように身動ぎする。

 彼は訳分からん動画を見たことをキッカケに、訳分からん面接を受けることになってしまった一般人の大学生である。その左右には彼同様の一般人である女性達もいた。女子高生と女子大生だ。

 どちらもが容色に優れている為、いつもなら能天気に喜んでいただろうが、生憎そんな気分にはなれずにいる。なぜなら今の彼が身を置いているのは、非日常的な世界の一幕なのだ。これから何が話し合われるのか、事情を知らない側からすると不安になるのである。


「そんじゃ、あたしの右腕の副ギルド長はエヒムっちゅうことにするけぇ、後んことはエヒムが仕切ってくれやぁいいよ。これも経験じゃ、刀娘の持ち込んだ一件を綺麗に畳んでみぃ」


 これからは頭に『元』が付くことになるであろう一般人達の不安など見向きもせず、口火を切ったのは存在感の薄い美女だった。

 彼女は【曼荼羅】の総責任者である。豊満な双丘のせいでパツパツに伸びたTシャツと、臀部がはみ出るほど丈の短い短パンを穿いた自称女神だ。

 血の色の短髪というパンチの強い出で立ちも相俟って、一組織の頭目に相応しい威厳は具わっていないように見えるが、名指しされた麗人は女神を舐め腐り侮るような態度をしていない。


 人界には比較対象に成り得るモノすらない、人語で為せる形容の域を超えた美貌の新副ギルド長は、女神アグラカトラの左右に座る老人達を視界に入れつつも確認を取る。


「……それはつまり、私を専務に任ずるということですか?」

「んぉ? おぉ……まあそんな感じ。あたしが仕切ったら詰まらんことになりかねんしな、ここは一つエヒムのお手並み拝見っちゅうことで」

「……いいでしょう。しかし社長、部下に一度任せたなら、後から余計な口出しをするのは控えてください。指揮系統の統一を遵守せず、現場の混乱を招かれては堪ったものではありませんから」

「はっきり言うなぁ。わぁっとるから安心せぇ」


 席配置は単純だ。四角形を描く形で設置された四つの長机、向かって十二時の方角にいるのが女神アグラカトラ。その左側で腕組みをしているのが勅使河原誾。右側で机に頬杖をついているのが坂之上信綱である。どちらも退屈そうにしていて、実に行儀が悪い。

 アグラカトラの対面にはエヒム。その隣にエーリカ・シモンズ。三時の方向にいるのが春夏冬栗落花、四月一日五郎丸、熱海景。九時の方向に一般人達は初見となる少女、家具屋坂刀娘がいた。客観的に見たらどんな集まりなのか全く分からないだろう。統一性があるのが、エヒムとエーリカがスーツ姿でいることだけで、他は全員私服姿なのだ。

 ここに来てからずっと困惑し通しで、地に足がついていない心地でいる五郎丸の様子に気づいているのか、エヒムはそちらに視線を向けて声を掛けてくれた。


「ワタヌキくん、アキナシさん、アタミさん」

「はっ、はい!?」

「あなた方はまだ正式に弊社との雇用契約を結んだわけではありません。この場は謂わば職場見学の一環として設けられた席です、肩肘を張らずリラックスしていても構いませんよ」


 そう言われて気を抜ける奴はいない。が、とりあえず形式的に五郎丸たちは返事をしておいた。

 エヒムは刀娘に視線を向ける。いよいよこの会議の本題に入るのだ。


「それでは家具屋坂さん、こちらの新入社員候補の方々にも分かるように、貴女の持ち込んだ事情というものを一から十まで詳細に説明してください」

「はーい。こういう形式に慣れてないんでいつも通りにやっちゃいますけど、いいです?」

「いいですよ」

「助かります。ほらアタシって花の女子高生ですし? 堅苦しいのは苦手なんですよ。嘘ですけど」


 砕けた態度をしている刀娘は、五郎丸達からすると他の面々より異彩を放って見えた。

 緊張感のない弛緩した表情からは、場馴れした凄みのような存在感があるのだ。とても年下とは思えないし、同年代である栗落花もまた自身とのジャンル違いをヒシヒシと感じてしまっている。

 ジャンル違いとは、住んでる世界の違いだ。表と裏、陰と陽――刀娘が新顔の三人に興味を示していたのは最初だけ。今は関心を失くしているらしく、全く眼中にもない様子で言葉を練っている。どのように話を進めるか、頭の中で形を作ってから発言する為だ。


「えっと、アタシの事情はアグラカトラ様とクソジジイ、クソババアは知ってるんですけど――」

「だぁれがクソジジイだクソガキ。目上のモンへの礼儀って奴を、一から百までこっとりとっくり丁寧に教え込んでやろうかぁ? あぁん?」

「凄むんじゃないよ老害。ハナタレの言うことに一々凄んでちゃ格が落ちるってもんさ」

「ウザ。キモ。死ね。――エヒムさんは知んないでしょうし、ホントに一から話しますね」


 条件反射的に喧嘩腰になる信綱と、それをしたり顔で窘める誾に、刀娘もまた二人に対する険悪な感情を隠さず顔を歪めた。だがすぐに気を持ち直して、丁寧な口調で語り始める。


「アタシのことを話す前に、まず【輝夜】の成り立ちをざっくり話したいんですが……エヒムさんはお伽噺で有名な『かぐや姫』を知ってますか?」

「もちろん」


 刀娘はエヒムにだけ話しかけているが、エヒムは一応栗落花や景、五郎丸の方を一瞥した。

 彼らも当然かぐや姫のお伽噺を知っているらしい。日本で最も有名なお伽噺の一つなのだから、むしろ知らない方が驚くに値するだろう。

 エヒムの明瞭なリアクションに、刀娘は苦笑いを浮かべる。まるで自嘲するかのように。


「実はあのお伽噺は、現実にあった奴なんです。ほら、ありがちな話でしょ? とある童話が実話を元にしたおはなしだった、っていうのは。そして実は実在していたその人が、今をときめく大組織の母体を築き上げたんだってことも。……ああ、チープな展開だなんて言わないでくださいね? アタシもそう思ってるんで」

「そんなこと思っていませんよ」

「ホントにぃ? まあどう思われようとどうでもいいんですけどね。で、【輝夜】を立ち上げたのはその『かぐや姫』のメインキャストで、かぐや姫に求婚していた戈作皇子ほこづくりのみこなんです。色々と無茶苦茶だったかぐや姫が、唯一心を赦した・・・・・・・人ですね」


 そこまで言って、刀娘は手元にあるペットボトルに口を付け喉を潤す。


「ご存知の通りかぐや姫と戈作皇子は一夜を共にして結婚までしたんですが、最終的にかぐや姫は月の使者に連れ去られてしまいます。戈作皇子はそれはもう悲しんで、かぐや姫のいない世界に絶望し自殺してしまってお噺しは終わるんですが……ここからが裏側の話。戈作皇子は本当は自殺なんかしてなくて、かぐや姫を月から取り戻そうとアラビトブシ様っていう神様に祈りました。愛するかぐや姫を月から取り戻したい、どうか力を貸してくれって」

「アラビトブシ?」

「鍛冶と火事を司る火の神様です。戦争の神様とも同一視されてたりしますけど……詳しく知りたいならネットで調べたら出てきますよ? そこそこ有名な神様なんで。漢字だとこう書きます」


 刀娘はその細く繊細な指で、虚空に文字を描く。

 荒火土武自アラビトブシ

 今後重要な存在になりそうだと思い、エヒムはその名を頭の片隅に留め置くことにした。


「戈作皇子はアラビトブシ様の助力を得て、月の国に対抗する組織を作り上げました。それが愛する人の名前を借りた【輝夜】なんです」

「失礼。そのアラビトブシはなぜ戈作皇子に手を貸したんですか? まさか無償というわけではないでしょう」

「ところがどっこい、アラビトブシ様は無償で力を貸したんですよ。なんでかというと、アラビトブシ様は日本という土地に強い愛着があって、日本に住むあらゆるモノは自分の所有物だって考えてたんです。だから以前から何かと地上を賑わしたり、外来のモノを運び込んできてる月の国に敵愾心を持ってたんですね。憎き外敵と戦うと言う戈作皇子の言葉は、アラビトブシ様にとっては歓迎できることだったわけです。結果として戈作皇子の組織した【輝夜】が、日本最大の国防組織になったのにはアラビトブシ様もご満悦だったみたいですよ」

「……そのアラビトブシは今、どこに?」

「さあ? アグラカトラ様風に言うとログアウトしちゃいました。具体的には江戸時代末期、江戸幕府が鎖国をやめちゃった辺りで。外来のモノが多く日本の土地を踏んでるのを知った時、千年の愛も冷めるぐらい白けて愛着を失くしちゃったらしいですよ」


 なんともはや、閉鎖的で困った神様ですよと刀娘は肩を竦める。


「んで、月の国。便宜上そう呼んでるだけで正式名称は知らないんですけど、コイツらってば地球を一括りに下界扱いしてましてね。早い話が地球を植民地か何かと認識してるヤベー奴らです。コイツらがなんでかぐや姫を地上に落としたのか、そして回収したのかは不明なんですけど、植民地から搾取する宗主国気取りで定期的に人のマモを奪っていってます。手段は【月の虫】って奴、これも本当の名前は知らないんでアタシが勝手にそう呼んでるんですが、外見はまんまムカデみたいで、人に寄生することでマモを吸収してます。マモを全て吸収した【月の虫】はどこかに消えていくんで、たぶん月に転移か何かをしてるんだと思います。コイツらに食われた人のマモがどうなるかはアグラカトラ様が教えてくれました。完全消滅ですね。寄生されたら終わりなんで、マモを吸い尽くされる前に殺してあげるのが慈悲ってことになります」

「その言い方。貴女は既に何人も殺していると言っているように聞こえますが……」

「殺してますよ? 今日も云十人、もしかすると百人超えで殺してきました。きっちり成仏させてあげたんで気にしないでください。まあ一日の内にこんだけ殺したのは流石に初めてですけど」

「………」


 いきなり殺伐とした話になってきた。月の国とかいうもの、寄生虫のこと、殺人のこと、それらを語る刀娘の口ぶりには全く熱が籠もっていない。

 人を殺してきたばかりだと告げる刀娘に、エヒムはなんとも言えない気分になった。アグラカトラや信綱達は素知らぬ顔をしているが、刀娘の所業は既知のことだろう。なのに止めもしないということは、本当に殺してやるのが慈悲だという証左なのかもしれない。

 幸い五郎丸達は目を丸くしているだけで、特に反応を示していなかった。実感が追いついていないだけなのだろうが、今はその方が都合がいい。変に理解を迫る真似は慎むべきだろう。


「コイツらが何を企んでんのか知らないんですけど、近年――アタシが生まれた頃ぐらいかな。そんぐらいから急に【輝夜】の構成員を中心に、地上の人達へ【月の虫】を寄生させていきました。今までにない異常なペースで、です。これまた理由は分かんないんですけど、動向としては【輝夜】の乗っ取りでも企んでそうな感じですね。そしてどういうわけか、【月の虫】が見えたり気配を感じたり出来るのがアタシだけなんで、仕方なくアタシが【月の虫】を駆除して回ってたってわけです」

「……何点か不明な箇所がありますね。質問しても?」

「質問は待ってください。まだ話は終わってないんで。……で、えーっと、どこまで話しましたっけ? ええぇーっとぉ……そうそう、気色悪い害虫を殺して回ってるって話でした。そもそもなんでアタシがそんな七面倒くさいことをしてるのかっていうとですね、実はアタシってば【輝夜】だとお姫様なんですよ」

「ん……? お姫様、ですか?」

「そですよ。笑っちゃうでしょ?」


 あははーなんて可笑しそうに愛想笑いをしつつ、刀娘は自身の髪先を人差し指でクルクルと巻いた。

 エヒムは話の流れと彼女の名前を紐付け、なんとなく察したように訊ねる。


「……もしかして家具屋坂さん。貴女は、かぐや姫と戈作皇子の子孫、なんですか?」

「はい。実は家具屋坂刀娘っていうのは偽名なんです。アタシの本当の名前は匠太刀ショウダチ刀子。正真正銘【輝夜】のお姫様なんで、子供の頃はそれはもう大事に大事にされてました。剣術のお師匠様だって、【輝夜】はおろか人類史上最強と名高い純人間、鬼柳千景オニヤナギ・チカゲとかいう超絶化け物が付けられたほどですよ」

「ほう。お姫様なのに、剣術の修行をしていたんですか?」

「えぇまあ、はい。【輝夜】は武家みたいなもんなんで、トップが強くないとナメられちゃうのです。そして武家の次期棟梁になる為、日々の鍛錬を頑張ってたりしたんですが……どういうわけか例の寄生虫がアタシに寄生して来ようとしまして」

「なんだと? ……失礼、大丈夫だったんですか?」

「大丈夫でした。寄生される前になんとなくヤバいって感じて、プチッとブチ殺したんで。んで、話はここから急展開ですよ? アレはダメな奴だってなんでか察したアタシなんですが、子供がどうこう騒いでもどうにもなんない。周りの人達はだぁーれも寄生虫に気づかないし、あの鬼強超絶化け物仙人のお師匠様ですら認識できませんでした。なのにほぼ毎日、執拗に虫けらはアタシに寄生しようとしてくるんです」


 思い出したくもないと顔を顰める少女は、話を畳みに入る。


「寄生虫は単体だとクソザコなんで普通に対処できたんですが、アイツらってば途中からアタシの周りの人間に寄生して、操ってアタシを取り抑えようとしてくるようになりまして。最初はお師匠様が助けてくれたんでなんとかなったんですが、なんやかんやアタシが嘘を言ってないと信じてくれたお師匠様が言うんです。このままここにいたら、いつかお前も寄生されるぞって。お師匠様のことは【月の虫】も避けてたみたいなんで、お師匠様の近くにいたら安全ではあったんですが、四六時中一緒にいられるわけでもなくって……仕方ないから【輝夜】から出奔して、日本全国津々浦々を巡るようになりました。そんな時ですね、アタシの路銀が尽きて途方に暮れてた時――」

「あたしと出会ったってわけじゃ。あたしに逃亡中に出会えるとか、ホントに刀娘は運が良い」

「この方は本当に便利な神様でして、偽の戸籍とか住処とか通える学校とか手配してくれました。滅茶苦茶に恩義のある神様なんです。特に学校! そんなとこに行ったのははじめてで、同年代の人達と会って話したのもはじめてで、まあとにかく楽しい毎日でした。アタシの話はこれで終わりですけど、なにか質問とかってありますか?」


 いやぁ、こんなに喋ったのって久しぶりですわ、なんて溢しながらペットボトルを手に取った刀娘を見つつ、エヒムは話の内容を頭の中で纏める。


 刀娘の本当の名前は匠太刀刀子。元は【輝夜】のお姫様。【輝夜】はお伽噺の『かぐや姫』の登場人物である戈作皇子が組織したもので、刀娘は戈作皇子とかぐや姫の子孫。月の国という場所。【月の虫】という寄生虫。このあからさまな害虫は刀娘を狙っている。この害虫は刀娘しか認識できない。寄生された人は操られる。害虫はマモを吸い尽くして人を殺傷する。


 一通り大事な要素を並べると、エヒムは形の良い頤に指を添えつつ口を開いた。


「……話を聞くに、【輝夜】はもう、月の国とやらの傀儡になっていそうですね」

「あ、エヒムさんもそう思います?」

「ええ。貴女しか認識できない寄生虫がいて、寄生された人は操られる。この時点で人間の組織に対抗する術はありません。いえ、私が知らないだけでどうにかする手段もあるのかもしれませんが……お姫様である刀娘を【輝夜】の構成員が襲っていた点を加味すると、どう考えたところで手遅れとしか考えられませんよ」

「あれ? エヒムさんにさっきの人達がウチの人だって言いましたっけ?」

「いいえ。あの人達は貴女の偽名を呼んでいました。人の名前と顔を一致させるには組織の調査力がないと難しい。後は話の流れでそうなんだろうなと察しただけです」

「ほぇー……頭の良い人の思考回路、どうなってんのか不思議ですねぇ」

「加えて」


 感心しながらペットボトルの水を飲んだ刀娘から目を逸らし、アグラカトラを見据える。


「彼らは貴女の偽名を呼んでいた。つまり身元の特定も済ませていると捉えていいでしょう。近い内にこのシニヤス荘に彼らが訪ねてくる可能性は高い。どうやら早急に対応を考えたほうが良さそうですね」

「流石はエヒムっちゅうとこぉか? あたしもそうなると思っとるよ。で? 我がギルドの副ギルド長はどうしようって考えるんか、いっちょあたしらに教えてほしいもんじゃな」

「………」


 ニヤニヤと。ニマニマと。愉しそうに笑う女神と老人達。

 アグラカトラはいい。いや、よくないが、いいとしよう。しかし部外者面で傍観する老人達には、エヒムも少し苛つきを覚えた。

 どう対応する? 穏便に話し合いで済ませるのが一番だが、それができるなら苦労はしない。

 最初から諦めてはいけないとは思う。しかし先程の人達は、刀娘が自分達のお姫様だと知りもしない様子だったし、仮に彼女の本当の名前を伝えたところで立証する術はなかった。

 『言霊』で信じさせたり、操ったりするか? 試してみる価値はあるが、寄生虫とやらが中にいたら通じる保証はない。【月の虫】を『言霊』で取り除けるかも試しておくべきだろうが、そちらもまた成功する保証はなかった。何もかも上手く行くと想定するわけにはいかないだろう。最悪の事態を想定しておくべきで、となるとどうするのが正解となるのか。


「……ひとまず【輝夜】の人達とは一度、会って話をするべきですね。私の力が通じるならよし、通じないなら仕方ないので、無力化するか殺してしまう他にないでしょう」


 エヒムがそう言うと、アグラカトラ達はにんまりとした笑みを深めた。刀娘もこういう結論になるのは悟っていたらしく、余り意外そうにもしていない。

 だがここで論を結ぶのは早い。結論にはまだ続きがある。


「そして、もし彼らを殺傷してしまったらもう我々は止まれません。【輝夜】対【曼荼羅】の対立構造が出来上がってしまうので、彼らを我々で潰し、取り込むまでいかないと事態に収拾がつかなくなるでしょう。もっと言えば【月の虫】とやらの大元、月の国とかいうのをなんとかしない限り刀娘の身の安全も保証できなくなる。……最善は【輝夜】との話し合いで穏便な決着を。それが叶わないなら全面衝突は不可避で、上手くいってもいかなくても、月の国というものには消えていただかないといけませんね」

「アタシを【輝夜】に差し出すって選択肢もありますけど?」

「何を馬鹿な」


 刀娘がなんの気なしに口走った台詞を、エヒムは言下に切って捨てた。

 そんなものは最初から考慮の内に入っていない。当たり前だろう。

 エヒムは刀娘に視線を向け、力強く断言した。


「私の目が黒い内は、部下を人身御供にするようなブラックな真似を赦しはしません。職務上、安心安全とはいかずとも、クリアな職場を保ち続けます。こんなものは当たり前の義務でしかありませんが、私は自社の人を見捨てるようなことは決してしない。決して、です。絶対に貴女を差し出すような真似はしないので、刀娘も安心して我々に頼ってください」


 少女は笑みを消した。探るように目を細め、ジッとエヒムの目を見詰める。

 やがてエヒムが本気で言っていると判断したのだろう、刀娘は溜め息を溢した。


「……正直とても嬉しいですけど、少し複雑ですね。人間っぽいようで――そうでもなくなってそうですよ、エヒムさん。まるで天使様みたいです」






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