23,TOKYO危機 (上)
子供と大人が肩を並べてディスプレイに集中していた。
両手で握っているのはコントローラー。
銃器を装備した兵士達が画面の中で駆け回り、激しい銃撃戦を繰り広げている。
「スナイパー
「ナイスぅ! 芋ってばっかでウザい奴じゃったからな、助かるわ」
「次は何したらいいんです? 裏取ったんで後ろから突っ込みましょうか」
「おう、今あたしのいるとこに敵が固まっとるからな、後ろから行って上手いことやりゃキル数を稼げるはずよ。状況変わる前にやっちまえ」
「
黒髪黒目のスーツ姿である子供、エヒムの戦果報告に露出の激しい短パン姿の女、アグラカトラは嬉色に彩られた称賛を送る。二人は今、FPSで同じチームに属して遊んでいるのだ。
カチャカチャと音を鳴らしてゲームに興じる二人の腕前は、基本に忠実というわけではない。むしろエヒムにいたっては基本って何と言わんばかりの初心者ゆえに、なんとなくの感覚でプレイしているに過ぎなかったが、それでも見るに堪えない下手糞さはなかった。
セオリーを知らないからアグラカトラの指示通りに動いているだけだが、エイム――銃で照準を合わせる技術と、不意に敵と遭遇した時に見せる反応速度は人外のそれだ。とても初心者とは思えない落ち着きぶりも、エヒムの戦績を高いものへと昇華させている。
「そういやぁなんですが、社長に訊いときたいことがあるんですよ」
「んぁ? なんじゃ、言うてみぃ。知っとることなら答えちゃるけぇ」
エヒムは元々、色んなゲームに触れて慣れ親しんできたゲーマーだ。社会に出てからはプレイ頻度はガクッと落ちたが、昔取った杵柄とでもいうべきか、ゲームセンスには目を瞠るものがある。
肉体に具わる反射神経と判断力が合わされば、プレイ経験のない種類のゲームであっても、最初から熟練者に匹敵する技術を発揮できてしまった。ツールでも使ってんのかと疑われかねないほど正確なエイム技術も、敵との撃ち合いによる勝率を100%にしている。
操作キャラをアグラカトラのいる所に向かわせながらエヒムが思い出したように言うと、アグラカトラは普段に増して訛りながら応じた。ゲームに集中する余り、地の部分が出ているのだろう。
「いやね、昨日のことなんですが、刀娘と異界に行ったって言いましたよね」
「言っとったね」
「そん時になんですが、刀娘の奴が陰陽術ってぇの使ってたんです。アレって俺も使えますか?」
「使えんなら使いたい
「ええ、まあ。恥ずかしながら、ああいうのにちょっと憧れがありまして」
「ほーん……分からん話じゃなぁ」
気のない反応をしたのは、純粋に共感できないからだろう。
アグラカトラはエヒムの憧れに関心を示すことはなく、しかし無下にすることもない。
「使えんわけじゃないけど、使う意味はないわ」
「どうしてです?」
エヒムはアグラカトラの訛りを気に入っていた。故郷の訛りに似ているからだろうか、彼女には格別の親しみやすさを感じている。同じ人外同士という認識もあるから友人にもなれそうだ。
だからこうしてゲームの誘いにも乗っていた。でなければ肩を並べて遊んだりはしない。そうしたエヒムからの気安さを感じているからか、女神は天使の反駁に丁寧に答えた。
「陰陽術、錬金術、魔術、呪術、仙術、道術、カバラ――他にもあるかもやけどね、そういうんは人間向けに
「そうなんですね……残念です。残念ついでに関連した豆知識ください」
「……何がついでなん? まあいいか。今言った中に錬金術ってぇのがあるやん? 錬金術は今の科学の祖先みたいなもんでな。天使の【聖領域】で人間と機械の知覚から外れられるんは、錬金術がオマエやあたしらに通じないからっちゅう理由がある。科学の根底に錬金術がある以上、どんだけ文明を発展させても、どんだけ強力な武器を作っても高位の上位者には通じん」
「……そいつはまた、理不尽ですね。ステゴロなら効くんですか?」
「いんや? 全然効かんよ。蟻に殴る蹴るされて痛がるような星があるん? 裏方仕事しかしてないあたしですら、普通の人間なんか総人口ぶつけられてもへっちゃらよ。たぶん」
「比較対象に星を持ってくるんですね……」
そんぐらい差があるっちゅうわけ、とアグラカトラは皮肉げに笑った。
画面の中で敵集団の真後ろを突き、流れるように撃ち殺しながらエヒムは思う。それだけ格差があるなら、何も知らない方が人々は幸せなのかもしれないな、と。自分達の世界の外にこんな化け物がいるなんて知った日には、人間社会は恐慌に陥り酷い状態になるだろう。その化け物の一人になっているエヒムだが、今まで人間として何も知らずにいれた幸運を偲ばざるを得ない。
だが一度興が乗ったアグラカトラは話し出すと止まらなかった。黙って耳を傾けるエヒムに向けて楽しげに喋り通している。
「――けど流石にこれは
品種改良。何度か既に耳にしているが、やはり気分のいい話ではない。エヒムがまだ人間視点で聞いているからだろうか? もしかしてそのうち自分も上位者視点で共感してしまうのか?
だとしたら、その時こそが自分の中の人間性が死んだ瞬間だろう。それは、嫌だ。明確に言葉として表現することが出来ないが、上位者としての感性に従う自分を想像すると不快になる。
エヒムが顔をしかめているのに気づいていないのか、アグラカトラは過去を懐かしむように言う。
「当時はもう大盛り上がりじゃった。中には神殺しを成し遂げるバケモンみたいな
ゲームに例えてもらえると理解しやすい。だが共感はできそうになかった。アグラカトラが品種改良とやらに手を出していないと聞いて、自己申告に過ぎないとは弁えつつも少し安心する。
せっかく親しめると感じた女神なのだ。社長なのである。変な所で不快感を懐きたくはない。そう思いながら話を聞いていると、アグラカトラから問い掛けられエヒムは素直に答えた。
「いえ、聞いてませんね」
「そう? ならあたしが教えとく。一応エヒムに傷をつけれる脅威になるかもしれんわけじゃしね。いいかエヒム、日本には【神座六十四家】っちゅうもんがある。現存する英雄ユニットの子孫、その直系じゃったり子孫同士の交配で興った家じゃったりする奴らやけ、分家のもんを含めると百は超える家があるんよ。んで、その大部分は【輝夜】に属しとる」
「……なるほど。刀娘ももしかしてその【神座六十四家】ってのの一つの出なんですか?」
「うん。刀娘のプライバシーじゃし、細かいことは本人に聞けな。そんなわけで雑魚しかいねぇって油断してんなよ? 他の上位者の加護持ちとかにも、エヒムを殺せる可能性は微粒子レベルで存在しとるし」
「分かりました。……物は相談なんですが、社長が知識として知ってることを纏めた本とか書いてくれません? 【曼荼羅】を大手に成長させるなら、後から入る新人のことも考えて、できるだけ実用性の高いマニュアルとか制作しときたいんで。全員が全員事情通ってわけじゃないでしょ?」
「んっ……おいおい、エヒム。まさかオマエ、後輩を指導してくれるんか?」
「ええ。まあ、今は俺の方が指導してもらう側ですが。長い目で見たら俺が指導する側に回ってることも有り得るでしょう。なら今の内に備えておきたいんです」
エヒムがそう言うと、アグラカトラは感激したように声を弾ませた。
「そりゃ助かる! いやぁ持つべきは優秀で勤勉な仲間よなぁ! ……あっ、すまん。
「は? ……あ、死にましたね」
操作を
おろおろとして目を泳がせる女神だったが、目くじらを立てて怒るようなことではない。それにそろそろゲーム終了の時間が迫っていて、丁度リザルト画面に移行しようとしていた。一度死んだだけなのだし、意外と楽しかったからエヒムに文句はない。
「ご、ごめんね? あたし、ちょっとハシャいじゃった」
「いいですよ別に。気にしてないんで」
「そ、そう? んなら……そうさな。エヒムにあんまり付き合わせんのも悪いしな、ちょっと外に遊びに行くといいよ。あたしのランク上げに付き合ってくれた礼に、コイツもあげる」
急によそよそしくなったのは、自分のミスでエヒムを死なせてしまったからだろうか。ゲームのことなのに大袈裟な態度だが、それがアグラカトラの内面を滲ませている。
微笑んだエヒムは厚意に甘えることにして、女神が差し出してきたものを受け取った。それは先日の仕事中にも見た、金の粒。マモの結晶だ。
五百円サイズの金の粒を手に、目をぱちくりとさせた子供形態のエヒムが問う。
「……これ、マモですよね? 何に使えるんです?」
「いろいろよ。食べて味を楽しむも良しじゃし、食べたら天力とか魔力とか神力とか、そういうんを回復させられもすんな。あとそのサイズのマモで1000マモって通貨になる。探せばどっかにある闇市で、便利な道具とか色んなもんを買えたりもするよ。あたしがオマエにあげた撲殺丸――如意棒の後継機も闇市で買ったもんなんよね」
「なるほど。ちなみにその闇市ってどこにあるんですか?」
「決まったとこにはない。商売の神が遺した眷属共は、世界中を気紛れに回っとるからな。いつどこで出会えるか分からんし、目玉商品を仕入れた時は大々的に告知してくるけぇ、そこで大人数相手に競売に掛けたりしとる。そういうんは不定期じゃし、手元にマモを常に置いとくのは嗜みみたいなもんね」
「分かりました。勉強になります」
「うん。そんなわけで、暇ならマモと現金持ってブラブラ歩いとった方がいいよ。現代は色んな娯楽があって楽しいけど、やっぱ他人を相手にしとる方が刺激も受けれるし心のアンチエイジングも捗るってもんやしな。そんじゃまた今度一緒に遊ぼうな、エヒム。機会があればあたしと街歩こう」
「はい。でしたら今度は俺から誘わせてもらいます。失礼します」
立ち上がって一礼し、エヒムはアグラカトラの部屋を辞した。
またなぁ、と背中越しに手を振ってくる女神は、玄関の扉を閉められる寸前に意味深なことを言う。
「――あ。そういやエヒム、あたしの占いによるとオマエの今日の運勢は最悪じゃから。ラッキーアイテムは上司からの贈り物って出たし、簡単に手放さんようにしときな」
エヒムは首を傾げ、はい、と素直に返事をしておいた。
† † † † † † † †
「――あっ!」
外に出る時は大人形態になる。
家電でも見るかと街の店を目指して歩いていると、横合いから聞き知った声が耳に触れた。
声のした方に俺が目を向けると、そこには昨日俺を逆ナンしてきた女の子が一人でいて、俺の方に早足に向かってきているではないか。
金髪に染めた長髪を内向きにカールさせている、高校生ほどの女の子だ。歳の頃は刀娘と同じぐらいだから間違いない。今日は日曜日、昼間に出歩いているのも不自然ではなかった。
「昨日ぶりですねっ! わたしのこと覚えてますか?」
「……ええ。覚えてますよ。昨日の今日でこうして会うなんて、奇縁ですね」
「ですよねっ! 今暇です? 暇なら一緒に遊びません? わたしも超暇してたんです!」
ぐいぐい来るな、この子。昨日声を掛けられた後だからか、それともタフな仕事を体験した後だからか、不必要なまでの警戒心は鎌首をもたげない。
俺は苦笑した。この子のことを可愛いとは思うが、無性ゆえか下心なく普通に付き合っても楽しそうだとしか感じなかった。暇しているのは確かだし、社長から仕事の話もされていない。手持ち無沙汰だから相手になってもらってもいいだろうという気はした。
懐でヌイグルミが呟く。物好きね、と。それを聞き流して、俺は少女に言った。
「構いませんよ。しかし私は引っ越したばかりで、家具がまだ揃ってないんです。これから家電を見に行こうとしていたところなんですが、それでも構いませんか?」
「あ、そうなんです? もしかして一人暮らしだったり?」
「はい」
「実はわたしもなんです! 大学生になったばっかりで、一人暮らしの初心者なんですよ! 最新の家電とかも気になりますし全然一緒に行けますよ!」
「大学生なんですか?」
高校生に見える……そういうニュアンスで驚いてしまうほど、少女は年齢より幼く見えた。
すると少女は苦笑する。慣れているのだろう、不機嫌になった様子はない。
「そうですよ。これでも成長した方で、ちょっと前は中学生みたいってよく言われてました」
そうなのか。しかし……大学一年としても今は10月だ。一人暮らし初心者と言っていいのか?
いやツッコミを入れるのは野暮だ。今が一番楽しい時期なのだろうし、余計な茶々は入れまい。
「わたし、
「ご丁寧にどうも。私は――」
名乗られたから丁寧に応じるが、はたと思い至る。そういえば名前は決めていたが名字は決まっていないじゃないかと。どうする? 悩んだ瞬間に懐から小声がした。
ヤーウェ。その響きに流れを察した俺は、咄嗟にヤーウェというのを名字として設定した。
「――エヒム・ヤーウェ。歳は……そうですね、アタミさんは何歳に見えますか?」
渾身の愛想笑いで答えに詰まったのを誤魔化し、さらに年齢も誤魔化す。
するとアタミさんは赤面して、目を逸らしながら唸る。
「ちょっ……このイケメン反則ぅ……! ……あっ、そ、そうですね。エヒムさんは、その、わたしより少し上の20歳か21歳ぐらいですか? あ、あと日本語お上手ですねっ!」
「――正解です。私は20歳ですよ」
あたふたするアタミさんの反応に苦笑しつつ、さらりと実年齢より10歳ばかりサバを読む。どうせ肉体年齢は可変式なのだし、他人からどう見えるかで年齢を申告していいだろう。
当然だが名前からして日本のそれではなく、外見もこれだ。日本人には見えないらしいことが改めて突きつけられ、もう笑うしかない。俺は苦笑いを深めてアタミさんに言う。
「一個上だったんですか! どこかの大学に……ってふうには見えませんね」
「ええ。でもこう見えて大卒の資格はあるんですよ。今は社会人として勤めています」
「そうなんですか!? あ、海外だと飛び級とかあるんだっけ。エヒムさん凄く頭いいんですね!」
嘘はなるべく言いたくない。なのでこれ以上突っ込まれる前に話を逸らすことにする。
俺はアタミさんに微笑みかけた。
「あはは……お褒めに与り光栄です。それよりアタミさんにせっかく付き合ってもらうんですし、幾つか店で見繕ってプレゼントしますよ。お金には余裕がありますしね」
「――いいんですかっ! やたっ、超助かります!」
本当に金には余裕がある。というより、使い道が特にないというべきか。
俺からの申し出にアタミさんは一切遠慮する素振りを見せず、喜色満面で食いついてきた。素直な子だなと微笑ましくなる。人好きのする笑顔に、散財もいいかもなぁと思わされた。
どうせ……今の俺には貯金する意味なんかないのだから。
ナルシストみたいで公言するつもりはないが、今の俺の顔面レベルはヤバいほど高い。これからも男女問わず声を掛けてくる人は間違いなく絶えないだろう。こうなれば気に入った人にプレゼントを贈りまくる『あしながおじさん』を気取るのもいいかもしれない。
となると、あしながおじさんとしてプレゼントを贈る第一号はアタミさんだな。せいぜい楽しんでもらって、気分よく過ごしてもらうとしようか。
そんなことを思っていると、不意に俺の肌に静電気が走ったような感覚がする。
「ん?」
無意識に視線をアタミさんの後ろに向ける。
すると人混みの中に一人の男がいるのを瞬時に見つけられた。
カソック姿の神父だ。
金髪碧眼の美青年が、こちらを見ながらまっすぐ近づいてくる。
(なんだ、コイツ)
神父。その格好から、【教団】の人間を連想した。
嫌な予感。その予感の正体は、決して穏やかものじゃない。
あの神父から発されるのは、極めて不穏で危険なものの気がするのだ。
我知らず注視してしまう。するとアタミさんが怪訝そうに俺の視線を辿って背後を振り向く。
「どうかしました?」
「いや……それより、少し私に寄ってください」
「え? あっ……」
神父は、懐に手を入れた。思わず身構えてしまい、アタミさんを庇うように腕を引いた。アタミさんが照れながらも戸惑うのを無視して、神父を睨むと。
青年が懐から取り出したものを見て、全身に一気に緊迫感が駆け抜けた。
手榴弾だ。奇しくも先ほどゲーム中で見た物と同じもの。
投げ放たれたそれを見た途端、一瞬で時間が停滞する。俺はその停滞した時間の中で素早く動き、投擲されてきた手榴弾を虚空へと蹴り飛ばした。
轟音。
遙か上空で爆発音がして、辺りの人々が仰天して一斉に空を見上げた瞬間、俺は神父を取り押さえるべく瞬時に動き出そうとした。その時だ。神父が小声で呟く。
「――
俺の耳は本来聞こえないはずの声すら拾う。英語だ。だというのに意味を理解する。
チャフだと? と疑問を覚えた刹那、遥か後方の高所から無数――数にして30――の射撃音を知覚。振り向き様に視認したのは俺を狙う100を超える銃弾の雨だった。
体が反応する。不意打ちのそれを、正確に捌く。一つ一つの銃弾、俺とアタミさんに当たる軌道にあるものだけを選び、掌で軽く叩いて脇に逸らしていった。そうしながら銃弾に刻まれている紋様を見て取る。理解は出来ないが、なんらかの文字がびっしりと刻まれていた。
なんらかの力の気配を感じる。一発掌で触れて捌くごとに、何かが麻痺していた。なんだ?
「流石。やはり対処してのけたか。だが、迂闊だぞ。私に背を向けるのはな」
それは【曙光】が対天使戦闘を想定し、天使に対して特に効力を発揮する感覚麻痺弾だと――懐のヌイグルミからなぜか
気配を読めない。感じられない。体が反応しない。ただ声にだけ反応するも、間に合わずロイの一撃を食らった。厳ついメリケンサックを装着したロイの拳が、俺の脇腹を抉ったのだ。
「ウグッ――」
大型トラックに跳ね飛ばされた子供のように――俺は飲食店の店舗内まで吹き飛んでしまった。
明滅する意識の中、悲鳴が辺りに響く。突如として発生した激痛に、体を丸めそうになった俺に。
懐の中のフィフが這い出て、叫んだ。
「――しっかりなさい! 来てるわよ!」
「ッ――!?」
かつてない焦燥に襲われ意識が覚醒する。跳ね起きた俺が見たのは、眼前まで迫ったロイの姿。
「あ、待っ――」
――て、と。言い切るより先に、俺の顔面をロイの拳が穿つ。
更に吹き飛ばされた俺の体は飲食店の店舗を貫通し、そして。
路地裏にいた異形のソレ。
白い、毛むくじゃらの、巨大な犬に左腕を齧りつかれた。
「ギィッ……!?」
激痛に呻きながらソレを見る。人造悪魔だと一目で理解した。2メートルに迫る巨体に相応しい大きな口と強靭な顎で、俺の左腕を根本から噛み砕こうとしている。
プチン。
何かがキレた。
頭の中で、激情が唸りを上げる。
ふざけんなよ……人が、折角、気分よく過ごしていたのに。
なんで、こんな所で、こんな事を、する。
「誰の腕に噛み付いてんだ犬っころ……死ねよヤァ――ッ!」
黒髪が変ずる。黒目が変ずる。燃え上がる炎のように聖なる天力が巻き起こり。
「――いい子だ、そのまま抑えていろ、ボーニャ」
追撃に来た神父が、俺の左肩に手刀を落とし。左腕が、切断された。
「 」
鮮血が吹き出る。白い人造悪魔から解放され、体が浮く。痛みを知覚する前に、ロイは素早く連撃を叩き込んだ。人中、喉、鳩尾。連続する急所突きに全身が軋み、内臓が破裂した。更に回し蹴りが俺の頸椎を捉え、何も出来ないまま弾き飛ばされる。
なんの偶然か、蹴り飛ばされた先は最初にいた地点。アタミさんが目を見開いて驚愕している。そして俺の姿を認識した瞬間、絹を破ったような悲鳴を上げた。
状況認識が追いつかない。だが、状況は待ってくれない。
こうして――苛烈な奇襲から、全てが始まったのだ。
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