14,過疎った世界と神のログイン率






 小さな子供だった。


 燃え上がる炎のような髪は鮮血のようでもあり、短く整えられた様は少年的だ。子供らしい矮躯には元気が有り余って、肌寒い時期だというのに短パンと半袖のシャツという格好だ。

 印象的なのは爛漫とした真紅の瞳だろう。紅玉めいて美しい瞳には瞳孔が二つずつ並び、子供らしからぬ妖しい光を放っているようにも見えた。あたかも無邪気を装う狡猾な蛇である。

 だが蛇は蛇でも、蛇の抜け殻だ。存在感が希薄で、確かに其処にいるのに目を離した途端に見失いそうな影の薄さがあった。子供の姿で大人の知性を滲ませているかと思えば、自己主張の塊のようであるのに影が薄い。総じてちぐはぐな印象を受ける少女である。


「おーっ。オマエが刀娘の言ってた元人間の天使ね? よく来たわ、あたしが歓迎したげるぞ!」


 傍に駆け寄ってきた少女が両手を広げてそう言うのに、一瞬困惑した俺はなんと応えたらいいのか悩んでしまった。助けを求めるように視線を彷徨わせていると、赤い少女の後から出てきた家具屋坂さんと目が合った。彼女は腰に手を当て露骨に嘆息する。


「アグラカトラ様ー。花ちゃんさんが困ってるじゃん、勢いだけで話し掛けるのはやめたげなよ」


 アグラカトラ。

 そう呼びかける家具屋坂さんの口調はラフなものだ。様付けで呼んでいるのに随分親しげである。

 赤い少女は不服げに振り返り、家具屋坂さんに言い返した。


「えぇ? コイツはあたしン所のギルドに入ろうとしてんよね? あたしは了承しとんのよ? んならコイツはもうあたしの仲間やん。どう話しかけようがあたしの自由ってもんじゃろ?」

「順序を踏めって言ってんの。はじめましてなんだから自己紹介から入るのが当然じゃん、常識まで忘れちゃったんですか、アグラカトラ様」

「はぁ、自己紹介ねジコショーカイ。しゃあない、常識は大事、やったらぁ。よく聞けよ名無しの権兵衛、あたしの名はアグラカトラ様。【曼荼羅】を結成したギルドリーダーよ。よろしく」


 ウザったそうにしながらこちらに向き直って、面倒臭そうな様子を隠さず名乗ってきた少女――アグラカトラに俺はなんとも言えない顔をしてしまった。ギルドって言いやがったぞコイツと。

 威厳も何もあったものではない。家具屋坂さんの話を聞いた上で察しているが、この子が本当に神様なのか? ただのゲーム脳な小娘に見えるぞ。

 ちらりと家具屋坂さんを一瞥すると、彼女は呆れたような顔で肩を竦めた。……大丈夫なのか? 不安は拭えないが、ひとまず言われていた通り、面接のつもりで来ていたから真面目にやろう。


「ご丁寧にどうもありがとうございます。私は花って家具屋坂さんに呼ばれてますが、現状だと貴女の仰るように名無しの権兵衛という身の上です。どうぞよろしくお願いします」

「おう、礼儀のなっとる子ぉは嫌いじゃないわ。オマエの状況は聞いたよ、難儀な身の上じゃね、同情するわ。中身はともかく力は天使なんやし、あたしより強いんじゃろ? 同情ついでに歓迎したげるから、あたしの下でたくさん働いてくれね。待遇は応相談、ひとまず提示できるもんは提示するから不満があればすぐ言って。ウチはアットホームな職場じゃけ、対応は早いよ」

「は、はぁ……」


 マシンガンみたいに早口で喋る子だな。なんだか感心する。俺の地元の方言に似てる気はするが違う気もする、妙ちくりんな方言で話されてるのに違和感もない。自然体そのものだ。

 早口言葉に圧され、俺がたじろいでいるとアグラカトラは更に喋った。


「待遇の話するよ? 月給は固定で60万、ボーナスは年に二回で月給の四倍の240万、勤務時間は基本24時間体制じゃけど勤務態度は適当でええよ。あたしから割り振られた仕事を期日以内にこなしてくれるなら、一日中遊んだり寝たりしても問題ないわ。あと危険な仕事やからね、危険手当もまあ弾んだる。こういう手当が欲しい! ってのがあれば言え、妥当と思えば頷くよ。そんで住居も世話したる。ウチのアパート、シニヤス荘を使えばええんじゃ。戸籍、口座、保険証も用意しよ。部屋ん中は好きに改装してええし、欲しい備品があれば用立てたってもええね。あ、ちなみにオマエ今何歳よ?」

「はっ、え……あっ、み、三十路なったばっかりっすね……」

「はぁーっ!? 三十歳なの!? なんじゃそりゃ聞いとらんよあたしは! あたしの基本形態と完全にタメ・・じゃん! オマエの見てくれに合わせてやったのに無駄な気遣いじゃねぇのよ!」


 怒涛の如く吐き出される言葉。弾丸じみたその内容は破格とも言えるほどの高待遇に感じて、俺は驚愕の余り顔色を失くしてしまった。しかも俺が年齢を口にすると逆ギレされてる。

 ガーッ、と完全に勢いだけで喋り倒しているアグラカトラは、その体から突然白煙を噴出し、瞬く間に肉体が成長していった。そして一気に見上げるほどの高身長になったかと思えば、短髪の赤毛と短パン、半袖シャツの衣服をそのままに、爆乳美女へと変貌を遂げる。

 こうなると服装は露出狂一歩手前だ。唖然とした俺は、呆然と呟く。


「か、神……?」

「んぁ? ああ、あたしは神よ? 驚きのホワイト待遇は国内の業界で随一なんよ。神と崇めたくなる気持ちも分からんでもない。これでも一時期は大手ギルド【国開き】のギルド員として金庫預かっとった身なんじゃし、あたしの経歴にかけて半端な待遇は提示せん。不満も湧かんように気持ちよく働かせてやんよ。台所事情はギルド規模に反比例してるけどな、それはあくまであたしの権能ありきじゃし、危なくなったらあたしのことは死ぬ気で守れな? あたしが死んだらウチのギルドは終わりじゃから。あ、ギルド規模が成長したら待遇は更に上げてくからそのつもりで期待しなね。そんじゃあ話の続きはウチん中でしようか。ああ、オマエさ、なんで子供の姿でいんのよ? あたしと同じで可変式よね? さっさと大人の姿になって欲しいな。子供相手してるみたいで疲れるわ」


 言葉の濁流に押し流される。お喋りな女神様だ。気圧されたままフィフに心の中で語りかける。


(――フィフ。俺、ここに就職するわ)

(……勝手にしたら? 見た感じ、この異教の悪魔は人間に利する存在みたいだし、あなたにとっては都合が良いとは思うわよ)

(お、おう……って、悪魔なのかこのヒト)

(天使にとっては異教の存在は全部『悪魔』なの。それだけの話よ)


 なんだそりゃと心の片隅でツッコミを入れる。だが天使の悪魔を定義する解釈なんかどうでもいい。肝心の業務内容は不透明だし、なんなら命の危険があるのは明白だが、そんなのは今更だ。

 高待遇で迎え入れてもらえるなら万々歳だし、望み得る限り最高の職場に思える。比較対象がないから盲信する気はないものの、俺が務めていた会社なんかよりは格段に給与は高かった。


「……? ちょっと、花ちゃんさん? どうかしたんですか?」


 虚空をぼんやりとした目で眺めていたからか、不審そうに家具屋坂さんが話しかけてくる。

 我に返った俺はかぶりを振り、曖昧に笑って誤魔化し返事をした。


「いや、別に。アグラカトラさん……社長? って呼んだ方が?」

「んぁ? あぁ……様付けで呼んでもいいし、ギルド長でも社長でも好きに呼べばいいわ」

「では社長で。社長が最後に仰っていたことが腑に落ちませんで、少々困惑しておりました」

「最後?」

「可変式って奴です」


 ああ、とアグラカトラは納得した様子だ。


「オマエ人間の常識引きずってんのな。んなら覚えとけ、あたしら人ならざるモンに寿命の概念はないんだわ。寿命がないから肉体の劣化も成長もない、つまり外見年齢に縛りはないってわけよ。今あたしが見せたみたいに、子供にも大人にも自由自在ってこと」

「――なるほど。それは、勉強になります」

「ウチに入るんなら危ない仕事することになるんじゃし、子供と大人の姿は上手く使い分けな。基本は大人の姿をベースにした方が力の出力は上がるし、肉弾戦のリーチも伸びる。あたしは暇してること多いしな、勉強はいつでも付き合ってやっから分からんことはなんでも訊きなよ。とりあえず他に訊きたいことある? あってもいいけどさっさと部屋ぁ入ろうね。この格好だと肌寒ぅてならんから。大人形態の難儀なとこは、子供形態より寒さに弱い点かもなぁ」


 一つ訊ねたらもう無限に喋る勢いだ。が、嫌いじゃないタイプだった。だって抜群のスタイルと美貌は、完全に俺の好きなタイプだし。声の響きも耳に心地良いし第一印象は完璧である。

 割と本気で親しみやすい。マジで就職してもいい気がする。社長を推せる会社とか最高じゃない? 俺の中でアグラカトラはアイドルみたいに好ましい立ち位置になりそうだった。

 しかし子供形態に大人形態か。肉体年齢が可変式だというのは朗報である。中身はオジサン歴一年生ぐらいなのに、子供そのものの容姿はずっと気になってはいたのだ。


 踵を返してさっさと部屋に戻っていくアグラカトラの背中を見ながら、こんな感じかな? と首を捻りつつ肉体年齢を操作する。

 今の俺になってから、やりたいことが大体感覚で分かるようになっているのは便利な話だ。

 感覚に任せて念じていると、きのこを食べた配管工みたいにするすると手足が長くなる。それに合わせてスーツまで伸長したのは、俺の『言霊』がいい感じに作用したからだろう。


「わっ、急にイケメンになるじゃん……」


 こっちを見ていた家具屋坂さんが、感嘆したようにリアクションしている。

 今まで俺より身長が高かったのに、急に俺より頭一つ分は小さく見えるようになった。地面に近かった目線の高さが明白に違っている。手をグッと握り、開いて、感覚を確かめる。

 違和感は……不思議なほどにない。


「マジで成れた……凄いね、人体」

「人体じゃないですよそれ」

「おぉい、あたしを待たせんな。茶ぁ用意したげるんだから、さっさと上がりなさいよ」

「あ、はい」

「ちょっと待ってください、花ちゃんさん。アタシ、アグラカトラ様に任された仕事がまだ残ってるんで、一旦ここまでにさせてもらいますね?」

「仕事が? 女子高生なのに大変だね……」

「学生でもバイトはするでしょ? そんな労らなくてもいいですけど……同情してくれるなら、今度一緒に写真撮らせてくださいね? 友達に自慢できちゃうし」


 そう言って軽やかな足取りで走り去っていく家具屋坂さんに苦笑する。

 写メかぁ、別にいいけどな。家具屋坂さんは退魔師らしいが、それをバイトと言う辺りの感覚を可笑しく感じてしまう。住んでる世界が違うなと。あれが若さなのか。

 家具屋坂さんが去ったのを見送って、俺はアグラカトラが先に入った部屋に入室する。玄関で靴を脱いで上がらせてもらうと、アパートの中は畳間――和室風になっていた。

 アグラカトラはモダンな座卓の傍で胡座を掻き、茶碗を二つ用意していた。急須もある。煎餅までも置かれていて、客を招く準備は万端といった風情だった。


「やっと来たね。あたしを待たせるなんて良い御身分――ってまだ正式に雇用したわけじゃないからいいか。あたしも今はオマエを花って呼ぶけどいい?」

「ええ……まあ、いいですよ。女の子の名前みたいで本当は嫌ですけど」

「んならさっさと名前考えとけ。なんならあたしが名付けてやろっか?」

「遠慮します」

「あ、そう」


 失礼しますと断りを入れて座卓の前で正座する。

 肉体年齢をいい感じにしたお蔭か、アグラカトラと俺の身長は同じぐらいだった。

 アグラカトラは沈黙とは無縁らしく、早速とばかりに口を開く。


「刀娘からざっくり話は聞いた。態度見た感じホントにフィフキエルじゃないみたいだしね、あたしもオマエの話は信じてみることにしたわ」

「……ありがとうございます。というか、社長もフィフキエルを知ってるんですね」

「当たり前じゃん。後ろに引っ込んだキミトエルと入れ替わりに、1500年以上昔から活動しとる暴れん坊だもん、あたしが知らんわけないわ。向こうはこっちを知らんだろうけど。あたしのいた【国開き】についても、話にぐらいしか聞いたことないじゃないの」


 そうなの? と心の中で訊いてみたら、フィフは気まずそうに身動ぎする。いずれ駆逐する異教としか思ってなかったわ、なんて言い訳をするように返答がなされた。おいおい……。


「肩のそれはオマエの使い魔かなんかなん? まあいいか。それよりウチで働く意思はあるの? 一応確認なんだけど、ウチの仲間になって働くって言うなら天使共から匿ってやるよ?」

「匿ってもらえるなら嬉しいです。けど、話の流れからして……えっと、エンエル、でしたっけ。ソイツが本気になったら一日も保たず見つかるって訊いてるんですが、大丈夫なんですか?」

「ああ、あのインテリ眼鏡? アイツの手口も能力も知っとるけど、あたしならまあイケるな。直接情報を持って帰られるか、アイツ自身に見つからん限りは隠し通せるよ。金庫番は秘密の塊でね、そう簡単には晒し上げられんわ。あたしとしては優秀な仲間はどれだけいてもいいし、花が仲間になってくれるなら本気で喜ぶよ、あたし」

「………」


 流石に即答はできかねた。待遇面での話を聞いた時は、冗談半分だが転職したいと思った。

 しかし安易に頷ける話でもない。ないが――元々ここまできて選択肢なんか残ってるわけもない。

 ひっそりと嘆息して、頷いた。


「よろしければここで世話になりたいと思っています。まだまだ知らないことの多い青二才ですが、どうか私をここに置いてください」

「よっし、全然良いよ!」


 ガッツポーズをするアグラカトラに、俺は苦笑する。そんな露骨に喜ばれると、なんとも面映い気分にさせられた。


「決まりだね。これからあんたは【曼荼羅】の仲間だ。今いる面子の中だと四人目だし、これから仲間が増えてったら古参面できるよ。やったな、花!」

「四人? ……え?」

「んぁ? 刀娘から聞いてない? ウチはまだ【輝夜】の下請けもいいとこな弱小って。でも安心しな、すぐに大手に成り上がるから。何せあたしは封印されるまで【国開き】っつう日本国内最大手に属してたんよ。今のヌルい環境なら成り上がりなんぞアッという間だわ」

「は、はぁ……そうですか……」

「面子は花を除いたらバイトの刀娘に、ギルド員の老いぼれが二人だ。爺と婆な。若い上に寿命の心配がない花の加入は本気で嬉しいよ。能力面でも大いに頼れるとなったら尚更ね。外部協力者も一人いるけど、ソイツに関してはまだ秘密。今の段階で何か質問ある?」

「あー……そう、ですね……」


 四人。俺を入れて四人。なんだこの会社、創業して間もないペーパーカンパニーかなんかか?

 入社したいと言った手前、口にし難い一抹の不安を覚えるが、それはグッと堪えて考える。

 質問、質問か。何かあるか?


「……えっと、社長って……神様、なんですか?」

「え? 見て分からんの?」

「……えぇー……と、まあ、はい」

「げぇ、あたしってそんな威厳がないのね。割とショックだわ。いやまあ神に見えんってのも仕方ないよな。よっし、気にしないぞあたしは。ちなみにあたしは正真正銘、神様よ。なんの神様なんかは訊かんでほしいな。あたしにも分からんしね」

「分かんないんですか……」

「分かんないね。自己申告で神様でございーって名乗っても疑わしいかもしれんけど、そこは信じてもらうしかないわ。昔は神もたっくさんいたけど、ほとんどが引退しちゃったからね、余ってる権能が多くてどれが本当のあたしの権能か分からんこうなっとるんよ」

「………? 引退、って。え? 神様って引退できるものなんですか!?」


 衝撃的な発言だった。アグラカトラは昔は多くいた神が、ほとんど引退してるせいで権能が余っていると言ったのである。そんな簡単に辞められるものなのか? なら俺も天使を辞めたいぞ?

 俺が予想外に驚いたからか、アグラカトラはたじろぎながら頷いた。


「引退できるよ。まあ引退ってのは言葉の綾で、あたしが勝手にそう例えてるだけなんじゃけど。その気になったら復帰してくるんじゃないかなーとは思うけどね、望み薄ではあるわ」

「は、はぁ……なんかよく分かんない話ですね」

「そう? 分からんなら現代っ子に理解しやすく話したろう。あたしの好きなゲーム方式で例えるとな、この世界は神にとってゲームなんよね」

「……例え話ですよね?」

「うん。安心していいけど、オマエらは別にNPCってわけじゃないからな。あくまで例えよ。その例え話で簡単に言うと、この世界は過疎っちゃったわけ」


 アグラカトラは軽く言う。それは、例えにしても虚しくなる表現なのに。

 過疎った。ゲームに例えられてしまうと一気に理解しやすく感じる自分が嫌でもある。ゲーム脳な自分が嫌なんじゃなく、なんとなく神様事情を察してしまったのが嫌なのだ。


「現代に伝わる神話は、その括りで纏めて一つのギルドってことになる。世界中のギルドは覇権争いをして、或いは内ゲバで自滅したりもして。そりゃもう毎日がお祭り騒ぎの楽しい日々だったけど、色んなことをやりこんだ結果、この世界に飽きちゃったんよね。生き残ってた神っていうプレイヤーはゲームから遠ざかり、ログイン率は一気に落ち込んで今に至る。この世界に残ってるのはよっぽど愛着があるか、なんらかの理由で追い出されてきたか、稀に昔の情熱が蘇った気分屋が戻ってきたかってな具合じゃ」

「へぇ……そりゃあまた、随分と勝手な話で。っていうか、社長の例えに沿うなら、社長はこのゲームに愛着があるから残ってるんですか?」

「いんや。あたしは最近まで封印されてた口でね、まだこの世界から去ろうと思うほど飽きてないってだけよ。あ、ちなみにあたしが封印されたのは、前のギルドでリーダーの不倫をバラして回ったからなんよね。逆恨みで逆ギレよ、酷くない? そんな感じであたしは現代を謳歌中なの。現代は良い世界なんね、昔とは違う娯楽に溢れてる。仲間はみーんないなくなってるし、どうせならあたしがリーダーになって一からやり直してみっかなと思ったんが【曼荼羅】を立ち上げた動機なのよね。夢はでっかく国内最大手! あわよくば世界一の覇権を手に入れるのも面白いかも。そんでなんもかんもをやり尽くしたら、あたしもサヨナラバイバイって寸法よ」

「……この世界の外に出て行くんですか?」

「いんや? 潔く滅びるか、長い眠りにつくかよ。信仰してくれてる民には申し訳ないけど、神は身勝手なんだわ。だから人間も好きにしなってあたしは思う。楽しそうなら混ざるから」


 マシンガントークのせいで全く悲壮感も何もない。曖昧に相槌を打ってるだけで訊いてもいないことを山ほど知れたのは収穫かもしれないが。

 喋り倒して満足したのか、アグラカトラは茶碗を手にしてお茶を飲む。ごくりと豪快に嚥下して、赤毛の女神はニヤリと笑って俺を見た。


「いずれあたしがこの世界に飽きるまで、あたしとオマエの両方が無事に生き延びてたら、オマエもあたしと一緒に来る?」

「………?」

「花は神じゃないけど、寿命がないならいつかは生きるのに飽きるよ。滅びるのが嫌なら一緒に寝るのもいいんじゃないかって思うわ」

「……すみません。その、まだ飽きるとか……そういうのは分からないです」

「そっか。ま、時間は腐るほどあるし、ゆっくり考えな。あたしもサヨナラする前にはもう一回ぐらい誘ってやらんでもないから。寝てたらそのうち楽しいイベントが起こるかもだし、そういうイベントが起こったら――もしかすると神のログイン率も上がるかもね」


 ログイン率かぁ。気楽にこの世界にやって来れるみたいだな。

 俺は嘆息して茶碗を取り、注がれてたお茶を一気に干す。


「……重ねてすみません、色んな話を聞けて楽しかったですが、今日はちょっと疲れました。休んでもいいですか?」

「いいよ。ほら、オマエにやる部屋の鍵。二階の一番奥の部屋な。明日から働いてもらうから、今日はもうゆっくりしてな。自由時間だ」

「はい、ありがとうございます」


 差し出された鍵を受け取り、立ち上がってアグラカトラの部屋を辞去する。

 外に出て階段を上がっていきながら、俺はフィフに対して愚痴るように言った。

 神様って、話してるとなんか疲れるな、と。


「バカ正直に付き合うからでしょ。バーカ」








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