第9話 鳥に願いを

 もうすぐ、六月が来ようとしている。憂鬱な月。


 ずっと、秋が続けばいいのにと思う。食べ物も美味しいし、過ごしやすい気候だ。何より紅葉が好きだ。枯れてしまう前に、燃えるような赤を見せつけて、散っていくのだから。


「梅雨、猛暑。秋まで道のりが長いわね」


 かき上げた前髪が、さらりとサイドから戻ってくる。


 窓側のディスプレイには、例の「恋を運ぶ鳥」が外を眺めている。ぷっくり太って、淡い色合いが可愛らしい。


 ポロロン、ポロロン。


「いらっしゃいませ」


 入ってきた人物をみて、私は優しく微笑む。あの女子校生だった。彼女は私を見つけると、真っ直ぐにレジカウンターに近づいてくる。


「入荷していますよ」


 私は窓側のディスプレイを指差す。振り返って、彼女は鳥の置物を確認する。


「ちょっとした違いですけれど、表情が一羽一羽少し違うので、もしお時間あればゆっくりご覧になってください」


 そう言って、まだ陳列されていない、箱に入っている鳥たちも彼女に見せる。


「えー、どうしよう」


 彼女は嬉しい悲鳴をあげた。


 その時初めて、彼女の年相応な反応を見た気がした。少し唇をとんがらせて、真剣に悩むその横顔は、鳥の置物と似ていて微笑ましい。



「決めた。この子と、この子にする」

 


 右手と左手に一羽ずつのせ、彼女は満足そうに笑う。二羽買うのかと、少し驚かされると同時に、こちらが勝手に一羽だろうと決めつけていたことに、反省する。


「こっちの子は、プレゼント用でお願いします」


 差し出された方を大切にお預かりし、包装に取りかかった。包装している間も、彼女は鳥が包まれていくのをじっと見守っている。その表情が、やはり曇っているように感じた。


「お友達の分ですか?」


「えっ?」


 話しかけると、彼女は驚いて目を見開いた。そして、はにかんだような困った笑顔を見せた。


「友達……なのかな」


 私は、手を止める。



「好きな人に、あげるんです」



 そう言って、彼女は前髪を撫でつけた。


「私の好きな人には、好きな女の子がいて……。学校も違うし、予備校でしか、その人に会えないから。なんとか話がしたくて。話を続けたくて。恋愛の相談なんかに、のってる」


 私を見上げて彼女は、えへへっと小さく笑った。



「不細工な顔の子を選んでやろうって思ったけど、みんな可愛いんだもん。ちょっとズルい」


 まゆ毛が八の字に下がる。それでも、鳥を見つめる視線は、愛しいものを見つめる瞳だった。


 外から入る、五月の終わりの日差しが、光と影になって店内をちらちらと輝かせていた。


「ありがとうございました」


 女子校生は、ポラリスの紙袋をぶら下げて店を出た。制服のスカートが、ひらりと扉の向こうに吸いこまれていくのを、私は黙って見送った。


 残された鳥の頭を、一羽ずつ指の腹で撫でてやる。



 好きな人と好き同士になる。



 たったそれだけのことが、難しくて、占いやおまじないに頼ってしまう。相手の表情に一喜一憂して、連絡が来ないかと、携帯電話を握りしめる。


「そんな日が……私にもあった、かな」


 制服の女子校生に、かつての自分を重ね合わせてみる。大人になった今では、些細なことだったと思う。けれども、あの時はそれが、世界の全てだった。



「いい恋を、運んであげてね」



 ぷりっとふくれた鳥たちに頼んでみる。今日は暖かい日だ。


 雨は、降りそうにない。

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