手を繋いでみた

 月曜日。私はいつもより遅い時間に登校した。昇降口で靴を履き替えていると、突然後ろから声をかけられる。


「あれ?六華じゃん。こんなとこで会うなんて珍しいね」


「莉緒、おはよ。確かにここで会うのは初めてかもね。よかった教室まで一緒に行かない?」


「いいよ、少し待ってなー」


 莉緒はそう言うと、自身の靴入れから靴を取り出して履き替える。

 履き替え終わった莉緒が近くまで来ると、私と莉緒は並んで教室へと歩きはじめた。


「そーいや、日曜日はあの後、雪音さんとはどうなったん?」


「特に何もないかな。雪音からも結局その日は連絡なかったし」


「なんかあったんかな、雪音さん」


「さぁ、どうだろうね。家にいる限りはご両親もいるだろうから大丈夫だとは思うけど」


 そんな事を話しながら歩いていると、いつの間にか私たちは教室の前にいた。

 そこで私は良いことを思いついたので、それをさっそく実行に移す事にする。ただ、その前に莉緒には迷惑をかけるかもしれないので、先に謝っておく。


「莉緒」


「んー?」


「先に謝っておくね。何かあったら必ず助けるから許してね?」


「は?お前何言って…」


 莉緒が言い終わる前に、私は莉緒の左手を自身の右手で握り、指と指を絡める。

 何かを察したのか、全く動こうとしない莉緒の手を引いて、私は教室のドアを開けて中に入った。


 すると、私が登校してきた事に気付いたのか、雪音が笑顔で駆け寄ってくる。

 珍しく友達との会話を途中で抜けて近づいてきた雪音は、突然動きを止めて私たちを見てきた。

 ただ、もっと具体的に言うのなら、私と莉緒の間で繋がれた手をだ。


 雪音は、最初こそ花が咲いたような笑顔だったが、だんだんと笑顔が暗いものへの変わっていき、今では底冷えのするような視線を私たちに向けていた。


 私は、見られてはいけないものを見られてしまった風を装うため、慌てて莉緒と繋いでいた手を離し、雪音に声をかける。


「あ、雪音、おはよ。雪音の方から来てくれるなんて嬉しいね。昨日は連絡なかったけど大丈夫だった?」


「…うん。大丈夫だったよ。さっきまではすごく気分も良かったし。…さっきまではね」


 さっきまでという部分を2回言った雪音は、目が笑っていない笑顔で話を続ける。


「六華と葛飾さんが一緒に登校するなんて珍しいね?どういうことかな?」


「さっき、たまたま昇降口で会ってね。だから一緒に来たんだよ」


「ふーん。たまたま、ね。そーなんだ」


「あ、そろそろ先生も来るだろうし席に行くね?」


 私はそう言うと、雪音と別れて自分の席に向かった。

 その際、雪音からは嫉妬に染まった視線を向けられるが、私は気付かないふりをする。


 席に着くと、さっそく莉緒が私の方を向いて、小声で怒ってくる。


「お前。さっそく私をとんでもない事に巻き込んでくれやがったな。見ろ!あの雪音さんの視線を!私を殺しそうな勢いだぞ!」


「だから最初に謝ったでしょ。それにちゃんと助けるって約束したし、そこら辺は安心してよ」


「ぜんっぜん安心できねぇ。てか、こんなに私巻き込まれてるけど、何のメリットもないじゃん。ただただ雪音さんに嫌われるだけじゃんかよ」


「それについては、計画が全部終わったら雪音に説明するから大丈夫だよ。それとメリットについてだけど、私が甘いもの奢るから、それじゃダメ?」


「足りないね。全然見返りが釣り合ってない」


「なら3回、スイーツ食べ放題を奢ってあげる。好きなだけ食べて良いよ。だから、もう少しだけ協力してね」


「…5回だ。5回で手を打ってやる。それと、妹も連れて行かせろ」


「わかった、5回ね。ただ、私もあまりお金があるわけじゃないから、頻繁には勘弁してね」


「さすがに私もそこまではしねーよ」


「よかった。なら、今後もよろしくね」


 こうして、莉緒に協力してもらえることを正式に取り付けた私は、今後の計画に莉緒の事を加えて、改めて計画を見直す事にした。





 その後の授業は滞りなく進み、休み時間には今後の計画の見直しをしながら、ときどき雪音の様子を伺う。


 雪音は友達といつも通りの雰囲気で会話をしているが、たまに私と莉緒のことをみて、何事もなければすぐに視線を戻す。

 私が莉緒と話をしていると、顔が少し険しくなり、莉緒のことを嫉妬の籠った視線で見ている。


(うーん。嫉妬してくれるのは嬉しいんだけど、なんか違うんだよなぁ。あの嫉妬に満ちた視線を私に向けて欲しい。あの視線の先に私がいないのは嫌だな。なんとかできないかな)


 直接言ってしまえば、雪音は私の事を見てくれるだろう。ただ、そうすると私が意図的に嫉妬するように仕向けていると言うようなものだ。


 どうやって雪音の嫉妬の目を私に向けてもらうか考えながら、私は何となく雪音の方を見てみた。

 すると、雪音の友達が、彼女を後ろから抱きしめていた。その光景を見て、多少モヤっとした気持ちになるが、雪音は人気者で友達も多いため、あのようなスキンシップはよくあるから見慣れた。それに、いちいち嫉妬していたら、私のメンタルはすでにボロボロだ。

 そんなんことを考えながら雪音たちを眺めていると、私はどうやって雪音に嫉妬の視線を向けてもらうか思いついた。というより気付いた。


(そもそも、友達と手を繋ぐとかって普通にあることだよね。現に雪音は、友達に後ろから抱きしめられてるわけだし。

 雪音は私が友達とそういうことをしてるのを見たことがないから、今嫉妬してるんだよね。なら、普通に嫉妬してるならその相手じゃなくて私を見るように直接言っても問題ないのでは?)


 私はそのことに気付くと、直接伝えても特に問題がないように思えたので、今日の帰りに言ってみることにした。

 そのためにもまずは、放課後、一緒に帰る約束をしなければならないため、スマホのトークアプリを開いて、雪音にメッセージを送る。


『今日、一緒に帰らない?』


 すると、すぐに雪音から了承の返事が来たので、私は放課後のことを考えながら、次の授業の準備を始めた。





 一日の授業が終わり帰りの準備をしていると、カバンを持った雪音が私のところに来た。


「六華、準備できた?」


「今終わるよ。……よし、終わった。じゃあ、帰ろうか」


「うん」


 そう言うと雪音は、肩が触れ合うほど近づいてきて、莉緒に見せつけるように行動する。そして、莉緒のことをチラッと見るが、莉緒は特に気にした様子もなく帰り支度をしていた。

 それが逆に余裕を見せられたと感じたのか、雪音は少し不機嫌になりながら私と並んで歩き、教室を出た。


 学校を出てからしばらく、雪音はさっきの事でまだ少しご機嫌斜めだった。なので私は、さり気なく彼女と手を繋ぎ、何も知らないふりをしながら理由を尋ねる。


「雪音、さっきから少し機嫌悪いけどどうしたの?なんかあった?」


「……六華、朝来る時に葛飾さんと手を繋いでたよね」


「そうだね。でも、友達なんだから、たまにはそうゆうのもあるじゃない?雪音だって、友達とたまにあるでしょ?今日も後ろから抱きしめられてたし」


「そうだけど。でも…」


「…うん?もしかして雪音、莉緒に嫉妬したの?」


「…っ」


「そうなんだ。雪音が嫉妬かぁ。だからあんなに莉緒のことを見てたんだね」


 私は、いよいよ今日伝えたかった本題を伝えるため、話を進めていく。


「雪音。嫉妬したならさ、今度から相手を見るんじゃなくて、私のことを見てくれないかな?」


「六華を?」


「そう。雪音が嫉妬してくれるのは嬉しいけど、その視線に他の人が映るのは嫌なんだよね」


「…わかった。今度からはそうする」


「ありがと」


 これで今後、雪音が嫉妬した時に視界に映るのは私だけになった。

 嫉妬について一般的に考えれば、嫉妬される側は、最初のうちこそ、その気持ちを嬉しく感じるものだが、何度もその気持ちを向けられれば重いと感じるし、負担だと感じるだろう。


 それに、嫉妬という感情を人は知らず知らずのうちに隠そうとする。それは相手に嫌われたくないからか、はたまたそんな自分が嫌なのか。


 しかし、私は嫉妬されることを幸せだと感じる。嫉妬してくれると言う事は、それだけ私を愛してくれているわけだし、その人の醜い感情を私だけに曝け出してくれているという特別感がたまらなく好きだ。

 なら、その嫉妬の視線を独り占めしたい、その視線に自分だけを映して欲しいと思うのは当然のことだろう。


 私はまた一つ、雪音の特別な感情を私だけのものにできた事に喜び、また雪音を嫉妬させてこの特別な感情を向けてもらおうと考えながら、私たちは寄り道をせずに家へと帰っていった。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇

よければこちらの作品もよろしくお願いします。


『距離感がバグってる同居人はときどき訛る。』


https://kakuyomu.jp/works/16817330649668332327




※ ※ ※ ※ ※

どうでもいい話


本日は大好きな百合漫画の新巻と新作を買ってきました!

アネモネとロンリーガール、夢でフラれる百合漫画です。


ずっと楽しみにしていたので、とても嬉しいです!


以上。どうでもいい話でした!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る