キスされました! side雪音

 その日は朝から幸せな気持ちでいっぱいだった。

 だって、今日は六華と一緒に帰れる日なのだ。最近一緒に帰れていなかったから、浮かれてしまうのも仕方がないことだ。

 帰りは手を繋いで、どこかのお店に寄ったりして、少しでも長く六華と一緒にいたい。

 そんな事を考えながら、朝の支度を済ませて私は家を出た。


 教室に入ると、六華はすでに来ていた。今日も六華は挨拶に来てくれなかったので、私は自分の席に向かった。

 しばらく座っていると、いつも話しかけてくれる雫たちも登校してきて、私の周りに集まってくる。

 しかし、今日は久しぶりに六華と一緒に帰れるということが嬉しくて、そのことで頭がいっぱいだった私は、あまり話を聞いておらず、適当に相槌を返すことしかできなかった。


 その後も、休み時間は気付かないうちにソワソワしてしまったり、チラチラと六華のことを見てしまう。

 お昼の時は、私が浮かれているのが分かったのか、一緒にお昼を食べていた雫たちからいろいろと質問などもされたが、曖昧な返事で誤魔化した。


 そして、午後の授業も終わり、いよいよ放課後となる。私は急いで帰り支度を済ませ、六華のもとへ向かう。


「六華、帰ろ?」


 私がそう声をかけると、帰る準備をしていた六華が手を止めて私の方を見てきた。


「待ってね。私がまだ帰り支度済んでないから」


 六華にそう言われたので、私は六華の準備が終わるのを待っている間、スマホを取り出して身だしなみを整える。せっかく六華と帰れるのだから、少しでも可愛いと思ってもらいたいのが乙女心というものなのだ。

 そして、六華も帰り支度が終わったのか、声をかけてくれた。


「雪音、お待たせ。終わったよ」


「わかった。じゃあ、帰ろうか」


 やっと六華と一緒に帰れる。それが嬉しくて、さっそく歩き出そうとしたとき、雪音が葛飾さんに話しかけた。


「莉緒、また日曜日ね」


「はいよー。あとで時間とか送っといて」


「りょーかい」


(日曜日?もしかして二人で遊びに行くのかな?)


 六華と葛飾さんが日曜日に二人で遊びに行くのだと分かった瞬間、また胸の奥がモヤモヤした。葛飾さんすれ違う時、思わず彼女のことを睨んでしまう。

 しかし、すぐに葛飾さんは何も悪くない事を思い出し、気づかれる前に視線を戻した後、六華と一緒に教室を出た。





 学校を出てから、私と六華は手を繋いで歩いていた。

 いつもは一緒に帰る時に手を繋いだりしないのだが、今日は久しぶりに一緒に帰れることが嬉しかったので、自然と六華の手を取っていた。

 そして、この後はどうするのかを六華に尋ねる。


「六華、今日はどうする?久しぶりに一緒に帰るんだし、どこか寄ってく?」


「んー。なら、雪音ん家の近くにあるカフェに行かない?」


「でも、そうすると六華が別の駅で降りる事になっちゃうけど、いいの?」


 六華の家は、私がいつも利用する駅から数駅ほど離れたところにある。

 だから、私の最寄駅で降りるのは、六華にとって少し面倒なはずだ。


「別にいいよ。それに、雪音がちゃんと帰れるか心配だし」


 いつも通っている道なのだから心配されるような事はないと思うが、それでも、彼女に気にかけてもらえたことが嬉しくて、いつもより少しだけ足取りが軽くなる。






 カフェに着いた私たちは、さっそく何を頼むかメニュー表を見て話す。


「私はイチゴのパンケーキとコーヒーにするよ」


「六華がコーヒーなんて珍しいね。じゃあ私は抹茶ラテとフォンダンショコラにしようかな」


 お互い注文するものが決まったので、六華が店員さんを呼んで、私の分の注文も済ませてくれた。

 六華はいつも、少し甘めの飲み物を頼むから、彼女がコーヒーを頼むところは初めて見た。


 注文したものが来るまでしばらく時間があるため、私はここ最近の楽しかったことや面白かったこと、六華と電話をできなかった時のことや一緒に帰れなかった時のことなどを六華に話した。

 彼女は私の方をちゃんと見て、微笑みながら話を聞いてくれた。


 しばらく話していると、私たちが注文したものを店員さんが持って来てくれて、お互いの注文したものを目の前に置いていく。


 そして、次に私は、六華のここ数日間のことについて尋ねてみた。


「そういえば六華は、最近忙しかったの?全然私と帰ってくれなかったし、電話とかも出来なかったよね?」


「んー、そうだね。火曜日の放課後は莉緒と出かけたし、昨日と一昨日は家の手伝いでしなきゃいけないことがあってね。それで疲れてたから電話とかも出来なかったんだ」


 葛飾さんの名前が出た瞬間、一瞬胸の奥がモヤッとして、体が少し反応してしまった。


(そういえばさっきの帰り際、日曜日に会う約束をしていたような)


 そのことが気になった私は、六華に日曜日のことについて聞いてみることにした。


「そういえば、日曜日に葛飾さんと遊びに行くの?」


「そうだよ。たまには莉緒と休日に遊ぼうかなって思って、私から誘ったんだ」


 六華から誘ったと聞いて、私の胸の奥が一気にモヤモヤでいっぱいになる。

 最近は私と距離を置いていた六華が、火曜日と日曜日に葛飾さんとは行動を共にする事がなんとなく嫌だった。

 しかも、今回は六華から誘ったと言うのだから、尚更嫌な気持ちになる。

 だから私は無意識のうちに、少し拗ねたような言い方で返答をしてしまう。


「ふーん、そうなんだ。六華から誘ったんだ」


 さっきまで楽しい気持ちでいっぱいだったのに、今は二人の関係が気になって、モヤモヤとした気持ちばかりになる。

 だから私も、六華にデートに誘ってもらいたくて、さり気なく土曜日は暇な事を伝える。


「ねぇ、六華。私、明日暇なんだよね」


「そうなんだ。友達とは遊びに行かないの?」


「みんなも予定があるらしくて、一日フリーなんだ」


「なら、たまには家でゆっくりするのもいいかもね。私も明日は家で休みながら、日曜日の予定考えようと思ってたし」


 私が明日暇な事を伝えても、たまにはゆっくりするのが良いと言われてしまった。

 その後は明日の話をする気にもなれず、お互い注文したものも食べ終えたので、支払いを済ませた後にお店を出た。


 お店を出た後もさっきの話が気になってしまい、お店に入る前とは逆で、嫌な気持ちでいっぱいだった。


(はぁ。さっきまであんなに楽しかったのにな)


 その後も、しばらくの間お互い無言で歩いていると、私の家が近くなって来た。

 すると突然、裏路地の方へと六華に手を引かれて歩いていく。


 少し歩いて人気のない突き当たりに着くと、私は壁を背にして彼女の方を向かされる。

 すると、突然の行動に驚いている私の顔に、ゆっくりと六華の顔が近づいて来て、彼女の唇と私の唇が重なった。


 私は、突然キスされた事にさらに驚いてしまい、何もする事ができない。

 すると、彼女の舌が私の唇を割って入り込み、私の舌と絡み合う。

 そして、私の歯茎やうちほほを舐めたり、舌を吸われたり、下唇を甘噛みされたりなど、今まで感じたことのない感覚が全身を巡る。

 でも、それが嫌なわけではなく、寧ろとても気持ちよくて、もっとして欲しいと求めてしまう。

 しかし、六華が唇を離したことで、その心地よい感覚が無くなってしまった。


「……ぁ」


 彼女と唇が離れてしまった事が少し寂しくて、自然と声が漏れてしまう。

 しばらく呆然としていると、六華は私に別れの言葉を告げて来た。


「雪音、気をつけて帰るんだよ。また月曜日会おうね」


 六華はそう言うと、何事もなかったかのように駅の方に向かって歩いて行った。


 その後の事はあまり覚えていない。気づけば私は家にいて、自分の部屋の中にいた。

 そして、お母さんに晩ご飯だと呼ばれてダイニングに向かい、ぼーっとしたまま晩ご飯を食べた。


 部屋に戻った私は、キスのことが気になり、六華に電話をしたいと伝えた。

 しかし、彼女は今、何をしているのかは分からないが手を離せないらしく、断られてしまった。

 そして、お風呂に入った後にスマホを見てみると、六華から寝る前の電話も無理そうとメッセージが来ていたので、私はそのまま眠りについた。





 翌朝。一晩経っても昨日のキスの事が頭から離れない私は、朝から六華にメッセージを送る。電話したいとか、会いに行ってもいいかとか、なかなか返信が来ないため返信が欲しいとか、そういった内容のものをたくさん送ってしまう。


 六華から返信が来たのは午後に入ってからで、寝てたから返信が遅れたとの事だった。

 送られてきたメッセージを確認した後、すぐに返信を送ったが、六華から返信が来る事はなかった。


 その日は一日、何もやる気が起きず、ずっと昨日のキスの意味を考えてしまう。


(あんなキスしてきたって事は、六華は私とそうゆう事をしたいのかな。私も別に嫌なわけじゃないし、いずれはって思ってたけど…)


 そんな事を考えながら、スマホで女の子同士の事などを調べて過ごしていると、気づけば外は暗くなってきており、お母さんに晩ご飯ができたと呼ばれる。


 私は呼ばれた通りダイニングに向かい、ご飯を食べて少し休んだ後はお風呂に入る。 

 その間もスマホでいろいろと調べていると、突然六華から動画が送られてきた。


 送られてきた動画を見ると、お風呂に入っているのか、髪が濡れ、胸より少し上あたりから顔を映した六華の姿があった。


『雪音。あまり話せなくてごめんね?月曜日に会えるのを楽しみにしてるよ』


 動画はそれだけ言うと終わったが、私はさっき画面に映った六華の姿が頭から離れなかった。


(さ、鎖骨…六華の鎖骨が!しかも、髪が濡れてて妙に色っぽくて。やばい…頭が…ぼーっとしてきた…)


そこまで考えた時、私の意識はそこで途切れた。





 気が付くと私は、リビングのソファーに横になっていた。

 私が起きた事に気付いたのか、お母さんが近づいて来て状況説明をしてくれる。

 どうやら私はあの後、お風呂でのぼせてソファーに運ばれたらしい。

 そしてお母さんは状況説明が終わると、次はお説教が始まった。


「お風呂でスマホなんて使ってるからこんな事になるのよ。月曜日までスマホは没収しますから」


 お母さんは最後にそう言うと、私をソファーに残してリビングを出て行った。


 私はさっきの六華の姿を思い出す。早く返信をしたかったが、スマホがお母さんに取られてしまったため、月曜日まで返信する事はできない。


 翌日の日曜日は何もやる気が起きなくて、気を紛らそうと部屋で漫画を読んだりしながら過ごす。

 それでも、早く六華に会いたいという気持ちだけが募っていき、ようやく月曜日となった。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇

よければこちらの作品もよろしくお願いします。


『距離感がバグってる同居人はときどき訛る。』


https://kakuyomu.jp/works/16817330649668332327

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