第二章 それぞれの初陣

楽巌寺城に松本経由で侵入してきた武田・諏訪の連合軍が五百で攻めて来た。

海ノ口城を落とし、葛尾城まで攻め込んで来た際にその本軍と合流する予定であったが、海ノ口城の戦いが一向に拉致が空かない為、楽巌寺城の守りが薄い事を知り、この城から切り崩す事に変更したのである。

その知らせは、すぐさま葛尾城及び海ノ口城へ伝えられた。 


「うおー!」


城壁越しに戦いが始まった。乗り越え敵兵が少しずつ侵入して来た。

守る兵は百余り。城内で戦いが始まった。更科達及び若い兵と井上九郎師範が場内で待ち構えていた。

 ドカーンと轟音が響く

城門が破られ諏訪兵が一斉に雪崩れ込んできた。

九郎師範と、その師範代達が見事な腕前で敵を次々となぎ倒していく。

元服前の若い兵達は足がすくんで向かって行く事が出来ない。稽古では無い。初めての戦であった。更科も同様である。その若い兵に襲い掛かって来た。

「うわあ」若い兵は頭を伏せてしゃがみ込んだ。


ガン。

「おりゃ」お結が受け止めた。

「でええーい」お琴が切った。


若い兵を救ったのはお結とお琴であった。この二人が真っ先に戦いを始めた。 

震えて手が出せない若い兵たちの前で次々に相手を倒していく。

更科も固まって手が出なかった。その時だ


「更科!危ない」お結の声が飛んだ。

 間一髪で救いの手が入った。

 がキーンと刀で受け止めた。おまつだ。

「おまつ殿」更科

 おまつも戸隠で生きて来た女である。武術にも長けていた。

「更科様。お逃げ下さい。この数では持ちこたえられません」おまつが叫んだ。

 おまつの判断は正しかった。


 直ぐ隣で、稽古を共にしてきた、若い兵が切られて崩れ落ちた。

 更科の心が問い始めた。

 ……何をする。何の為じゃ。


すぐさま、更科を守っていたおまつの肩口が切られた。血が更科に飛んだ。目の前で母同様に暮らしているおまつが切られた。


……悲しみと怒りがこみ上げた。


 片膝をついたおまつにさらに太刀が向けられた。

 「でえーい!」更科が吠えた。

一閃。おまつを切った兵が真っ二つに折れた。

 更科が初めて人を切った。

 恐れより、大事な家族を傷つけられた怒りが勝っていた。

 守らねばならぬ、家族や仲間がいる。

 その者たちを守るのはわしじゃ。

 「許さんぞ。わしの家族を傷つける輩はこの更科が許さーん」更科が打って出た。

 「おおーりゃあ!」更科が太刀を振った。

 がきーん。更科の太刀を受け止めた敵兵の刀が折れて、そのまま突き刺さった。

 今、怒りに満ちた更科の剣は誰にも受け止める事が出来なかった。

刀ごと相手を叩っ切る。そんな表現があてはまっていた。

 更科、お結、お琴が、三人の見事な連携で、見る見るうちに大勢の兵を倒していく。

 毎日、三人で稽古をして来た。誰がどう動くか、阿吽の呼吸でわかるのである。

稽古以外でも、何年も一緒に暮らす事で、身体が覚えるのである。

武田・諏訪の兵士達にはまさに鬼女に見えたであろう。何故に屈強な兵士たちが小娘達に倒されていくのが信じられなかった。

武田方の武将が一人、騎乗したまま更科に向かって来た。


「何を手こずっておる。小娘達ごときに、この長坂左衛門が仕留めてみせるわ」

名乗りを上げて挑んで来た。

大きな身体で力まかせに、馬上から更科にむかって刀を振り下した。

がきーん。一瞬にして長坂の刀が折れて飛んだ。その衝撃で長坂は馬上から高く跳ねとばされ、尻から地面に落とされた。

「ぐわあ」長坂の顔が苦痛で歪んだ。

「貴様が大将か。許さんぞー」更科が叫んだ。更科の鋭い眼光に怯んだ。

その美しい顔がさらに恐怖を掻き立てた。

「あわわ・・」今度は恐怖で顔が歪んだ。

更科が切り付けた。その部下が二人がかりで更科の刀を受け止めた。

「若、ここは一旦、御引き下さい」

二人の武士が言った。護衛が付く、それなりの武将のようだ。

腰を強く打った長坂は歩く事が出来ない。二人に引きずられ、城外へと逃げていった。


それを見て若い兵が勇気付きられた。

勇気を絞り出し、戦いを始めた。

「更科に続けーぇ」

「おおーっ」

信州屈指の武術師範・井上九郎の教えを受けた者達である。未だ幼く頼り無くは見えるが、一人前の腕前に育っていた。


しかし、相手の数が多すぎた、次第に押し込まれて来た。

「まずい」九郎は師範代達に向かって

「更科を連れて裏口から逃げろ」と叫んだ。

「師範。ダメです。既に囲まれております」

「ぬう。援軍はまだ来ぬか?」 


 更科、お結、お琴も数人の兵に囲まれていた。じりじりと追い詰められていた。皆体力の限界に来ていた。

 そのすぐ後ろでおまつが傷ついて倒れている。逃げるわけにはいかない。


 その時であった、城壁を高く飛び越して来た大きな馬がいた。

 城内にいる敵兵を蹴散らしながら入って来た。

その馬に森之助と晴介が乗っていた。


「うおーりゃー。」森之助の怒号が響いた。


 更科達の目の前の兵士達の首が無くなっていた。一瞬の出来事だった。

森之助が十尺(三m)はあろうかという槍を一太刀振る度に、相手兵士の首が、胴が、同時に二つ、三つ、多いときは五つ飛んだ。晴介は馬から飛び降り、森之助の太刀にひるんだ者達を切っていく。あっと言う間に形勢が逆転した。

次々に武田・諏訪兵が倒れていく。


「おおおーー!」


城内に響き渡る大声で、雄たけびを上げ、大きな馬上から物凄い速さで、その長い槍を振り回す姿は鬼神そのものに見えた。

「うわあー鬼人じゃ」

「鬼が出たー」

「逃げろー」

これから城内へ討って入ろうとした者達もその叫び声に吊られて、我先に逃げ出した。

先程、引きずられて城内から逃げ出して来た長坂の姿も重なっていた為、

ただ事で無い事を感じていた。


「引け。引け。退却だあー」

その声で、武田・諏訪の兵隊は逃げる理由が出来た。命令なのである。ここぞとばかりに一目散に引き上げて行った。

「引けぇ!引けぇ!」

良く聞くとその声は晴介の声だった。


「もう良い。晴介」森之助が微笑んだ。


 城内に静寂が戻った。


「森之助え!晴介えー!」稽古を共にしてきた者達が抱き付いてきた。

「皆、よく頑張ったな。怪我は無いか?」森之助、晴介。

「元太郎が切られた」稽古仲間であった。

「そうか。……残念だ」森之助

若武者達が居た近くの城内の池が真っ赤に染まっていた。

他にも敵兵が数名が沈んでいた。

※楽巌寺城跡には、血の池として名が残こされている。


「森之助。よくぞ来てくれた。活躍見事なり」九郎が叫んだ。


「申し訳ござらぬ。もう少し早く来ればもっと多くの者を助けられたかもしれませぬゆえ」


「なにを申すか。大手柄であるぞ、こうして多くの者が助かっておる。晴介もよくぞ戦ったのう」九郎

「この馬は、義清様の馬じゃな?」九郎

「はい。勝手にお借りいたしました」森之助

「少しでも傷付けたら打ち首ものじゃぞ。貴重な名馬じゃ」九郎が笑って言った。

「足の速い、強き馬でございます」森之助


未だ、葛尾城に一緒にいた兵達は到着していない。晴介が知らせを聞いて、真っ先に森之助に知らせ、二人で飛んで来たのである。

皆が怪我人の手当を始めていた。

「いてえ」

「ぐわあ」

あちこちで兵士達の苦痛と叫び声が聞こえる。

 城内、城外に二百余りの敵兵の死体があった。まさに地獄絵図となっていた。

 村上方は二十名程の兵士が亡くなった。


「更科殿。ご無事であられるか?」森之助

「更科殿?」森之助に気が付いていない。

更科は未だ、何が起きたか信じられなかった。多くの兵と立ち合い、力付きかけていた。守らねばならない、家族がいた。逃げるわけにはいかない。死を覚悟した。

その時に、森之助が現れた。敵が一瞬にして目の前から消えたのだ。そこから記憶が無い。


「はっ? おまつ殿は大丈夫か?」更科

「はい。幸いかすり傷ですみました」

「そうか。良かった。それは良かった。お結、お琴、怪我はないか?」

「大丈夫だ」

更科は二人を抱き寄せた。

「お結。お琴。お主らはたいしたものじゃな。ためらいなく戦い始めた。それにくわえ、わしは震えて動けなんだ。それゆえおまつ殿を傷つけてしまった。許せ。わしは臆病者じゃ。すまぬ」更科は泣いた。


これが更科である。姫とは思えぬ、気は強いが、まっすぐ素直に自分の弱さと人の強さを認める事が出来、誰で向かっても謝る事が出来る。そしてその優しさは限りなく深く激しい。

おまつ、お結、お琴が命を懸けて守るべき人と決めた理由はここにあった。


「何を言う。お主は何人倒したと思う。お主一人で五十人は倒したぞ」お結。

五十人?無我夢中で記憶が無い。

固まった指から刀が落ちた。

そして膝から落ちた。

「更科? どこか怪我したか?」お結

「いや。大丈夫じゃ。だが、……怖かったのじゃ。人を切った。刀を振り払っただけで簡単に人が切れた。……切られた者達にも家族がおるだろうにな。何故に殺さねばならぬのだ。恨みも何もない見ず知らずのものを? 教えてくれ。お結。」更科は両手で顔を隠し泣いた。

「何故、おまつ殿は怪我をせねばならないのだ。お琴。教えてくれ」


膝をかかえ泣きながら更科は言った。

まだ、十七歳の少女であった。

誰も答える事が出来なかった。


「これが #戦__いくさ__#です。」森之助が答えた。

更科はようやく森之助に気が付いた。

「おお。森之助殿」更科

「この森之助殿が皆を助けてくれたのだぞ」お結

「おお。そうじゃ。森之助殿。かたじけのうござる」更科

落ち着きを取り戻し、少しずつ記憶が戻ってきた。

幼き頃より、何をしても直ぐに出来た。

自分よりも大きな男子にも負けなかった。

そして姫として誰もが自分の言う事を聞いてくれた。戦で初めて自分の思いどうりにならなかったのである。


「このような戦は、二度とごめんじゃ。どうすれば戦は無くなる? 森之助殿」更科

「今の世は戦をしなければ戦は無くなりません」少し考えて森之助が答えた。

「……わしにはわからん」更科

「ひとつだけ言える事がありまする。愛する者を守る為に闘う。そう思えば心は少し安らぎます」森之助

「愛するものを守る為に……」更科


「森之助様。ありがとうございました。貴方様のまさに鬼神のご活躍無くして、我々の命は無かったと思われます」おまつ

「もったいないお言葉でございます」森之助

森之助はおまつに一礼をし、

「お身体を大事にして下さい」と言い、他の怪我人の手当をしている九郎達の元に背を向けて歩いて行った。


更科、おまつ達には、多勢の楽巌寺城の兵士達を守った、その背中はとてつもなく、たくましく、そして大きく見えた。


「愛する者を守る為に……敵を倒す。か?」更科

「更科様。少し間違ごうております」おまつ

「森之助様は、闘えと言っておられます」 おまう

「どう。違うのですか? 母様」お結

「闘うとは敵を倒すという事ではないのですか?」お琴

「森之助様は、この数年、敵を倒さずして、多くの自国の村人、兵士、さらにはこの村上の村人、兵士を、そして我々をお守りされております」おまつ


「何を戯言を。森之助殿はこの数年、人質になり、何もしていないではないですか? 何も……はっ?」更科が気付いた。

「左様で御座います。森之助様は自らが人質になる事で、村上と相木の戦いを避けたのです。戦うのは己一人で良い。それが森之助様の闘い方で御座います」


 おまつが続けた。「此度は、武力で攻め込まれ故、武力で戦うしかなく、その強靭な武力で我々をお守り下さいました。戦いとは決して武力で治める事だけでは、無いことを、姫である更科様には覚えておいて頂き等ございます。また、敵を許す事が出来る寛容なお心をお持ち下さいませ。それがいずれ己に返ってまいります」

「敵に寛容になれと申すか? 敵を許せと。難しい事を申されますな、おまつ殿は。おまつ殿を傷付けた者を私は許す気には成れませぬ」更科


「相木森之助。あのような凄まじい武力を持っている者が何故じゃ。何故、何年も人質として甘んじておられる?」更科


「心優しき、そして強き武人に御座います。本当の#武士__もののふ__#とはあのようなお方を申すのではないでしょうか。いつの日か、あのお方が治める国は、争いの無い、幸せなお国になるので御座いましょうな」おまつ


「争いの無い国か。そのような国があれば行って見たいものじゃな」更科

「あっしも連れて行ってくれ。更科」お結

「あっしも」お琴


「……更科様、お二人でその国をお作り下さいませ」おまつ


「作る? 私がか? 誰とじゃ?」更科にはおまつの言っている意味がわからなかった。


 間もなくして葛尾城の兵たちがようやく駆けつけてきた。義清も一緒であった。

九郎が迎えに出た。

「なに。敵は逃げたと。さすが井上師範と師範代達でござるな」義清が九郎に向かって言った。

「お恥ずかしゅうござる。我々はこのような有様でござる。もう少し森之助が遅ければ危ない所で御座った」九郎

「なに? 森之助じゃと」義清

「はっ。森之助と晴介が御屋形様の馬でいち早く駆けつけてくれました」九郎


 少し遅れて右馬之助の部隊も膠着状態の海ノ口から抜け出し駆けつけて来た。

おびただしい数の亡骸を見て叫んだ。

「更科―。更科は無事か?」右馬之助は城内を探した。


「父上。無事で御座います。おまつ殿に守って頂きました」更科

「おお。無事であったか。そうか。お結、お琴も無事であったか。何よりじゃ。まつ殿。更科を守ってくれたようじゃな。礼を申す」

「いえ。更科様も鬼神の働きでございました」


「九郎殿、よう戦い抜いた」右馬之助

「いえ。殿、正直申し上げますと、危のうございました。」

戦の成り行きを説明した、

「何、更科が大将を負かした? 森之助じゃと?森之助一人でどのように敵を追い払ったのじゃ。」

右馬之助は森之助と更科の働きを聞いてもすぐには信じられなかった。


 雪が降ってきた。


海ノ口城でも、信虎が兵を引き甲州へ帰っていく。

こうして一ケ月以上に渡る戦いが村上方の勝利で終わった。……かに見えた。


 海ノ口城内


「平賀殿。大勝利。お見事でござる」右馬之助

「貴殿の楽巌寺城が襲われたそうじゃが、いかがであったか?」平賀

「はっ。二十名の犠牲が出ましたが、敵は二百余り倒しておりました。相木殿のご子息の森之助殿の活躍で兵を追い払ったとお聞きました」右馬之助

「二百とな。そうか。それは良かったの」平賀


「ほう。森之助がのう」市兵衛が驚いた。

「さすが相木殿のご子息。どちらでも大活躍でござったな」大井

 平賀が面白くない顔をした。

「皆の方々、良く働いてくれた。礼を申す。もう、引き上げて下され。後は我が兵で守りますゆえ」平賀

「それでは、信虎が引き返してきた際には危のうござる」右馬之助

「雪が降って来ておる。引き返しては来ぬ。食料も貯えが無くなっておろう」平賀

「はっ。承知致しました。お言葉に甘え、我が兵を引き上げさせて頂きます」真っ先に市兵衛が答えた。

「それでは我らも。平賀殿くれぐれも油断なされるな」続いて大井の兵、右馬之助の兵も引き上げた。

 源心も重臣を城内わずかに残し、兵を引き上げさせた。


 引き上げる道中

「父上。これで良かったのですか? これでは平賀殿の手柄になってしまいます」市兵衛の長男・頼房よりふさが言った。森之助の実兄である。頼房もこの戦いに参加していた。

「それと一昨日の夜、父上と話しておられたあの異様な姿の者は誰でございますか?」頼房

「気に致すな。他言は無用じゃ」市兵衛が答えた。


海の口城内にてその夜、酒盛りが始まった。

城内では、数十名が飲めや騒げやの宴が、夜通しで行われていた。


そして城外でも別の騒ぎが始まっていた。


「ははっ。信虎の嫡男、晴信とか言ったな。初陣で何も出来ずに、さぞや悔しいであろうな」平賀

「悔しいも何も。信虎に毛嫌いされておるそうじゃ。この信濃で凍死でもさせに来させられたのでは無いか?はっはぁ」家臣

 

「誰か、わしの名の呼んだかの?」

 後ろで声がした。

「ああ? なんじゃ?」平賀が振り向いた。

 そこに晴信と数十人の武田兵が居た。

「わしが、武田晴信じゃあ」

「うわあー」

晴信が奇襲をかけて来たのである。

晴信が三百の兵を残していた。

信虎が甲州へ帰る際に、殿しんがりを申し出たのである。信虎は村上方も追って来ないであろうと読んでいた為、その申し出を了承した。

但し、重臣の教来石景政(後の馬場美濃信房)を一緒に残した。

親子関係がうまくいっていない中の初陣である。初陣で何か名を残したい。父に認めてもらいたい。その程度の申し出であろうと思っていた。

まさか、引き返して奇襲をかけるとは夢にも思っていなかった。


その夜のうちに、海ノ口城は晴信に落とされた。平賀源心と重臣達は皆、討ち死にした。


知らせが、翌朝、村上家臣達に告げられた。

「何と!」相木市兵衛は翌朝にまた、兵を挙げ、海ノ口城へ向かった。

後方で控えていた海尻城の兵たちも、既に引き上げていた為、海ノ口城に一番近い

相木の兵が真っ先に駆けつけた。

晴信はその相木の青備えの軍団を見るや否や、戦わずに城から引き上げた。

晴信は、直ぐに、村上の援軍がやってくるであろう。甲州に帰った武田軍が引き返して来るには少し時間がかかる。

三百の兵だけでは持ちこたえられぬ。と、そう判断したのだろう。と推測された。


 信虎が八千の兵で一ヶ月かかっても落とせなかった城を、晴信が三百の兵で、わずか一晩で落としたのである。

晴信初陣にして充分な働きである。

しかし通常は、落とした城は、守り抜くものである。が、晴信はそうしなかった。 何故か?


「平賀殿―」市兵衛が叫びながら城を駆けがって来た。首の無い死体が幾つも並んでいた。

しばらくして楽巌寺右馬之助も兵を従え海ノ口城へ到着した。

今度は、海の口城を我らが落とさねばならぬと策を考えながら駆けつけたが、城内にいるのは相木の兵ばかり。


「市兵衛殿。武田は?」右馬之助

「引き上げて行きました」

「引き上げた? 城を落としておきながら?」

「我らの姿を見て引き上げて行きました。僅かな手勢に見えました」

「さすが相木殿。青き軍団に恐れをなして逃げていきましたか。これも先日の活躍があればこそ」右馬之助


して、平賀殿は? と言いかけて止まった。城内のおびただしい血の海が見えた。

「残念である。我らが引き上げさえしなければ」市兵衛

「なれど、このお姿。酒を飲んでいたと見られる。平賀殿の油断じゃ」右馬之助


「侮れないですな。晴信とやら」右馬之助

「そのようですな。しかし大した輩とお見受けした」市兵衛

「お言葉に気を付けられよ。晴信を褒めているように聞き取れますぞ」右馬之助

「ははっ。まさか」市兵衛


 後日、城主を失った海ノ口城は、今回の相木市兵衛の働きにより、市兵衛が城主を務める事となった。


こうして、海ノ口城の戦いが終わった。

 

 更科、森之助、武田晴信、各々の初陣の戦いであった。

 後に運命を共にする、三人の戦いがここから始まったのである。



                             第二章 完

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