第16話 外泊を繰り返しながら

 休みがちになって四か月ほど経つと、筒井先輩の方は学校に来るようになったけれど、楓はすっかり姿を見せなくなってしまった。何回か家を訪ねたけれど、反応があったこともなかった。庭や家の壁も、輪をかけて無機質になってしまった、気がした。徐々に生気が失われていくように見え、彼女の精神状態を表しているようで、辛かった。結局、それから一年ほど経っても、状況に変化はなかった。筒井先輩は卒業し、私はいつの間にか最終学年を目前にしていた。

「それから……それで……」

 私は、タブレット端末であるページを開いた。夫と伊智那に見えるよう、テーブルに置く。二人はそれを覗き込んだ。

「坂尾高校放火事件」

 母校の旧い名前がそこにはある。

「男子生徒、筒井靖、焼身自殺を試みた、止めようとした男性教員をナイフで刺す、学校は半焼……」


――サイレンが鳴り響く夜だった。気にも留めなかったけれど、父親が私を叩き起こした。

「学校が燃えている!」

 そこから先は語るべきことなんてない。筒井先輩は、大悪人だと、犯罪者だと、まあ、ひどい経験だった。

 伊智那は私を見て目を伏せた。聡い子だ。

「……同時期に女子生徒が行方不明に?」

 夫が記事の核心に触れた。



仲の良かった生徒二人が学校を休みがちになり、一人が突然焼身自殺を図る。止めに来た入谷先生を刺し、学校を巻き込んで見事に死んで見せた。

「見事に?」

 条が非難がましく云い留める。

「学校で焼身自殺なんて、命をかけたメッセージだ。見事じゃないか」

 妹は顔を見て納得したようだった。言葉にはまるで納得していないみたいだが。

 捜査は当然「山王楓」というキーをほどなく見つけることになる。しかし、連絡がつかないどころか、家はもぬけの殻だったというわけだ! 慌てて入院中の入谷礼華に質問を浴びせかけるが、彼は何も知らなかった。

「ちょっと待ってお姉ちゃん、両親はどうなの?」

「父母ともに海外出張中。ほとんどネグレクトだ。あろうことか『娘は海外留学に行っている』などとよくわからない嘘をついたらしい。家出程度だと思っていたのだろうな。事の重大性に気づく前はそんな調子だったと記事に書いてあった」

「もう一つ。どうして担任教師の入谷礼華が何も知らないなんてことがあるの?」

「よい質問だね」

 先ず、事実として山王楓の両親は学校の電話にまるで応対しなかったらしい。校長や理事長がかけても、忙しいと云って切られる、そんな調子だったようだ。そこで入谷先生は山王楓本人とコンタクトを頻繁にとっていた。独り暮らしの女子生徒を訪問するわけにもいかず、カウンセリングも保健室登校も拒否されたので、他に選択肢はなかった。

「スクールカウンセラーって当時にもいたの?」

「全く関係ないけど最高の質問だ。僕も疑問に思ったのだけど、どうやら入谷先生が導入したらしい。全国的な認知を得るのは数年先だから、そこら辺は卓越した国際的知見があったのだろうね。熱意ある教師だよ」

 それで焼身自殺が起こっては、という話だけれども、まあ。

「コンタクトは電話で?」

「それだ。手紙なんだ。入谷礼華と山王楓は、手紙でやりとりをしていたんだ」

「失踪の時期は?」

「手紙が最後に投函されたのは筒井が自殺する一日前、しかし家は無人になってから約六か月」

条が目を丸くした。

入谷礼華はこまめに山王楓と手紙のやりとりをし、一部を学校に提出していた。彼もまた、本人との約束を守っていくつかの手紙を処分していたが、間違いなく本人と手紙をやりとりしていたのだ。面倒なことに、筆跡や指紋から本人なのだ。一方で、家は半年もの間使われた形跡がなくなっていた。

「ちょっと待ってよお姉ちゃん。じゃあ、山王楓は外泊を繰り返しながらも、手紙を定期的に近所から投函していたの?」

 そう。証示印が指す地域は同一であった。そもそも、入谷礼華からの手紙も受け取っていたのだから、何故か家ではないが、近所で生活していたのだ。

「さらに云うと、彼女がどこで半年間生活していたか、ついにわからないままだった」

 目撃証言もない。ポストを漁る少女の証言すらなかった。中身は空だというのに。筒井家はもちろん、若手刑事が無理やり入谷礼華のアパートまで捜索したが、何も見つからなかった。誰一人として、この半年間山王楓を目にすることはなかったのだ。

「意味不明なんだけど。あれは、手紙の内容」

「それは母さんは知らないみたいだね。あたりまえだけど」

「そりゃそうだね……。アパートまで捜索したというのは?」

「入谷先生をお見舞いに行ったとき、愚痴をこぼされたみたい」

 犯人は彼に違いないと思い込んだ一人は、少女が監禁されているはずだった彼の自宅を調べた。探偵気取りの青年はこの一件で刑事を辞めてしまったらしい、ということまで話していた入谷礼華は相当ご立腹だったのだろう。

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