第4話 自分のSSを目の前で朗読されるってどんな羞恥プレイ!?

数日後。


忠子は再びひたすらひれ伏していた。


「忠子、素晴らしい物語をありがとう」


徳子さとこが侍女たちを集め、人魚姫ならぬ竜宮の姫の朗読会を開いたのだ。

光栄この上ない事態だが感覚が二十一世紀の一般ヲタクの忠子からすれば口から魂が抜け出ていくレベルの羞恥プレイである。


「なんてお可哀想な姫君なのでしょう……」

「悲しいのにとびきり美しい……」

「どこまでも透明で青い海が目に浮かぶようですわ」


例え大好評だったとしてもである。


居たたまれなさすぎる感想会が繰り広げられた後、二人きりで話がしたいという徳子の意向で侍女たちは退出して行った。


「忠子。改めてお礼を言います」

「も、勿体ないお言葉にございますっ!」

「それで話というのは他でもないのですが、再来月に入内することになりました」

「えっ?! 随分と急……ですね」

「入内自体は前から決まっていたことなのですけれど」

「そ、それは……」


おめでとうございますと言うべきなのだ。

天皇の妃になる。徳子の身分であれば多分ゆくゆくは中宮つまりは正妃に選ばれる。それは至高の栄誉でありその前にはすべてが些細なこと。


だが本当に好きな人がいるのに別の男と結婚するのを素直に喜べなかった。


口ごもってしまった忠子に向ける徳子の笑みは、深い海のようだった。


「わたくしの想いは泡となって天へ上っていきました。あなたのお陰です。これからは生まれ変わった心地で、帝をお慕いして生きていくことにします」


「お……おめでとうございます……」


「ありがとう。それでね、忠子。そのときはわたくしの女房になって、一緒に宮中に上がってもらいたいのです」

「ひえ?! わわ私、無理無理無理、いえワタクシめなどとんでもないことでございます!」


中宮の女官たちと言えば才色兼備で家柄もパーフェクト、そんなところに自分が入るなどアイドルグループにクラスでも並、いや中の下の女子が一人紛れ込むようなものである。

場違い感抜群、居たたまれなさ炸裂でショック死できる。


「だ、第一、当家は昇殿を許される身分ではございません!」

「わたくしの叔父のところへ一度養女に入ってからなら問題ないでしょう」


身分の低い女性を正妻にしたい場合などの常套手段である。


「……我儘だとは分かっています。あなたにも辛い想いを強いるでしょう。でも……わたくしはあなたに側にいてほしいの。ただ一人、わたくしの心を本当に分かってくれたあなたに……」

「徳子様……」


「結ばれぬ人に想いを寄せるのは自由……だけどあくまでも恋の嗜み。苦しい恋に酔うだけならともかく、本気になるのは貴族の娘として違うでしょう、って……そう考えるのが普通よね。鷹臣様もそうだったのでしょうね。何度も文を書いたけど、一度もお返事をくれたことはなかったわ」


徳子は忠子に心を許し、十六歳という年相応の顔をしていた。

それにしても彼の鷹臣様、堅物だとは聞いていたが高貴な女性からの度重なる文に一切返事をしないなど不粋にもほどがある。


(徳子様のことだからさぞかし細やかに心を込めたお手紙だったんでしょうに。ガン無視できるってどういう神経してんのよ)


密かに会ったこともない鷹臣への憤りを募らせる忠子の耳に、徳子の声は切羽詰まって届いた。


「でもあなたは……あなただけは心から同情してくれたのが分かったの。お願い、忠子。一緒にいて」


まだ本当の恋も知らない乙女が誰にも気持ちを理解してもらえないままに家のために嫁ごうとしている。それがこの時代の常識だとしても痛ましく思わずにはいられなかった。


(誰も分かってくれない)


その孤独は痛いほどよく分かる。


「……分かりました……やってみます……」

「ああ、ありがとう忠子」


殿上人のうちで一番早く忠子に目を留めたのは、当代において最も見る目が肥えているであろう方のうちの一人、中宮候補であった。



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