第12話友達だった

「死ねば?あんたみたいな奴、生きてる価値なんてないでしょ?」

 私は濡れた机の前に立ち尽くして項垂れている須美に向かって言い放った。

 彼女は、私の言葉を聴いてただただ呆然としている。

「何があったのかな?」

「優香がキレるのって珍しくない?」

「どうせ須美がまた怒らせるようなことでもしたんだろ。」

 クラスのあちこちからそんな声が聞こえてくる。みんなは須美の事を「自業自得」だと思っているみたいだ。千夏と明日美、一翔と五郎は例外だったけれど。

 私は、何も言い返せずにいる須美を軽く突き飛ばした。

 力なく立っていただけの須美は床に尻もちを付いてしまう。

 そして、恨めしそうな目つきで私のことを見上げている。


「は?全部自分で撒いた種でしょ?なに被害者ヅラしてんの?」

 私の言葉に、須美は尻もちをついた姿勢のまま再び俯いた。

 その態度にイラついた私は、床に転がっていたアルミ缶を拾い上げると須美の顔面目掛けて投げ付けてやった。

 アルミ缶は須美の額に直撃する。心なしか、彼女の額が少し赤くなっているように見えた。

 クラスメート達は相変わらず須美のことを嘲笑うか、見て見ぬふりをするかで、誰一人「やめよう」と言う人は居なかった。


 今から一ヶ月半程前、私はテスト勉強をする為に図書館に来ていた。

 もちろん、須美と千夏と一翔、明日美と五郎も連れて。

 その日は、国語演習に出てくることわざや四字熟語の勉強をすることにした。

「情けは人の為ならずってどういう意味なのかな?」

 須美が国語演習のドリルに目を落として悩んでいる。

「人に優しくすると自分にも良いことが返ってくるって意味だよ。人に優しくするとその人の為にならないって意味で使う人も居るからちゃんと覚えておいた方がいいよ。」

 一翔はそう言って私のノートにボールペンで「情けは人の為ならず︰人に優しくすると自分にも良い報いがある」と書き込む。

 彼の字は、とても綺麗で思わず溜め息が出そうになる。


「その紙に何か書いてもいいか?」

 その様子を見ていた五郎が私のノートを指差して言った。

「うん。いいよ。」

 私は迷うことなく頷いた。

 すると彼は筆ペンで「不悪口ふあっく」と書き込んだ。その字は、力強い達筆だった。

「仏教の教えで人の悪口を言ってはならないという意味だ。」

 初耳だった。そう言えば、五郎が誰かの悪口を言ったことは一度も聞いたことがない。

 彼曰く、悪口は鎌倉時代の御成敗式目では「犯罪」扱いされていたのだとか。

「悪口ってそんなにいけないことだったのね。」

 千夏がそう言いながら優しい笑みを浮かべた。明日美も

「だからわたしも人を悪く言わないように気を付けているんだ」

 と得意げに胸を張った。その姿が愛らしくてつい笑みが零れてしまう。

 確かに、友達だったんだ。須美も、千夏も一翔も五郎も明日美も、みんな私の友達だったんだ。

 私は、みんなの事が大好きだった。けれど、いつからこんな事になってしまったのだろうか?


 今の自分は、須美や千夏達のことが憎らしくて堪らない。

 平気で恩を仇で返した須美が、良い子振ってる千夏が、一翔が、五郎が、明日美が憎たらしい。

 今まで積み上げてきた私達の友情は、波に攫われてしまった砂の城みたいにあっという間に崩れてしまった。


「ねえ、優香、何ボーッとしてるの?」

 小百合が私のこと背中をポンと叩く。

「ちょっと考え事をしていただけだよ。」

 私は作り笑いを浮かべると小百合は「ふうん」と小さく頷いただけだった。

 すると、小百合の隣に居た悠里が

「今日一緒にコンビニにお菓子を買いに行かない?」

 と笑顔で提案してくる。彼女の笑顔は何とも言えないような不気味さを含んでいた。

「でも…私、お金持っていないから。」

 私がそう言って断ると笹江がわざとらしく声を上げる。

「あー、私もお金持ってないー!」

 それを聞いた小百合が不気味な笑みを浮かべて

「じゃあアイツに奢らせばよくね?」

 と須美の事をチラリと横目で見る。運良く今日は午前授業で終わりだ。他校の生徒も、OLもサラリーマンも仕事中で街中には居ないからコンビニに行ったって目立つ事はない。


 それから、帰りのホームルームが終わってすぐに帰りの支度をしている須美に声を掛ける。

「ねえ、これから一緒にコンビニに行かない?」

 須美は私の顔を見ると怯えたような表情を浮かべる。あれだけ私に対して嫌がらせしていた須美はすっかり私を怖がるようになってしまった。心の底からいい気味だと思った。


「一緒に行こうよ!」

 悠里が須美の肩を乱暴に掴んだ。セーラー服に悠里の爪が食い込んでいる。須美は痛そうに顔を歪めた。

「分かったよ…。」

 須美が今にも泣きそうな顔で呟いた。彼女の一言を聞いた小百合は、ぱっと明るい笑みを浮かべると

「それじゃあ決まり!みんなでコンビニに行こう!」

 と言って須美の腕を引っ張る。明るい笑顔とは裏腹に須美の腕を引っ張る手には強い力が込められていた。

「ちょっと、須美が嫌がってるでしょ!」

 今までの様子を見ていたのか、千夏が小百合を止めようとする。

「は?マジで何なの?あんたには関係ないでしょ?」

 小百合が千夏を鋭い目で睨み付けた。それでも千夏は少しも怯まなかった。

「て言うか、あんたって前に公園でも邪魔してきたよね?」

 悠里がそう言いながら千夏を突き飛ばす。千夏はよろけて机の角に腰をぶつけてしまう。その顔は、痛みに歪んでいた。

「あんたも、あんたの友達もなんで須美を庇うの?正義振っている感じが痛いからやめた方がいいよ?」

 笹江が千夏のことを嘲笑う。私達は、身体をぶつけて痛がっている千夏を置き去りにして教室を出ていった。


 そして嫌がる須美を半ば無理矢理にコンビニに連れてくると小百合が一言。

「あたしら4人分のお菓子を買ってきてよ。」

 須美は今にも泣きそうな顔を浮かべて俯いた。コンビニには客も殆ど居らず、店員も商品の並べ替え作業に没頭しているらしく、こちらには気づかない。

「何モタモタしてんの?早く買って来いよ!」

 悠里が須美のリュックから乱暴に財布を取り出す。

「返してよ!」

 半泣きになりながら財布を取り返そうとする須美を笹江が抑え込む。力の弱い須美がいくら抵抗しても体格のいい笹江を振りほどくことは出来なかった。

「あんたさ、何でそうやって被害者ヅラするの?私に何したか分かってんの?」

 私は面白半分で須美に問い詰めた。そして、瞳に涙を溜めている須美の頬をひっぱたこうとした。もちろん面白半分で。

 しかし、何者かに突然腕を強く掴まれて須美を殴ることは出来なかった。

「葛生殿これはどういうつもりだ?」

 いつから見ていたのだろうか。かつての友人であった五郎の声がすぐ近くで聞こえてくる。

 どうやら私の腕を掴んでいるのは彼らしい。

「これ以上須美ちゃんに酷いことしないで!」

 明日美が縋るような目で私のことを見つめてくる。

 一翔は無言で悠里の手から財布を奪うと須美に差し出す。須美は呆然と財布を受け取る。


「前の優香はそんなんじゃなかったのに…。」

 千夏が悲しそうな声で言った。私が須美から受けた仕打ちを知らないくせに好き勝手言いやがって。

 少し前まではこんな友達を持てて光栄だと思っていたはずなのに今では千夏達は私にとって疎ましい存在でしかない。

「こんな事をして許されると思うのか?御成敗式目では重罪であるぞ。」

 五郎が私の事を蔑むような目で見つめながら言った。

「は?あんた何言っちゃってんの?頭大丈夫?」

 小百合が五郎を小馬鹿にする。彼は小百合を負けじと睨み付けた。

「調子乗るのもいい加減にしろよ偽善者。」

 小百合が千夏達に向かって暴言を吐く。私達は須美を置いてコンビニを後にした。


 どうせ須美のことだからまた千夏達に泣きつくに違いない。

「千夏達マジでウザくない?」

 小百合が唇を不機嫌そうに尖らせながら言った。

「だよね。あたし、千夏のこと前から嫌いだったんだよね。」

 悠里が不気味に笑いながら言う。

「明日美と一翔達も大分ウザイよね。」

 笹江が冷たい口調で呟いた。笹江が明日美達のことを知っているのはかなり意外だった。

「体育科クラスの颯太郎先輩って居るじゃん?あの人の妹のサキって子が明日美と一翔と同じ学校らしいんだよね。」

 丸井颯太郎…体育科クラスの3年生。アメフト部に所属している。風で聞いた噂では颯太郎は試合でミスをした後輩をいじめて不登校にしたのだとか。

 彼の妹のサキも兄に似てかなり酷いいじめっ子らしいのだ。


「そのサキが言ってたんだよね。明日美達、マジでウザいって。」

 笹江の表情はなんとも言えないような怖さがあった。


 私は小百合達と別れるとそのまま真っ直ぐ家へと帰る。

 早速SNSを開くと

『千夏と明日美、一翔と五郎は偽善者』

 と書き込んだ。鍵アカウントだから実名を出しても問題にはならないだろう。

『須美って奴マジで死ね。自分が悪い癖に被害者ヅラすんなよ。』

『千夏も明日美も一翔も五郎もなんで須美の味方してんだよ。揃い揃って調子乗りすぎ。マジでウザい。』

 SNSに黒い感情を思い存分吐き出した。すると早速私の呟きに誰かが反応したみたいだ。


『分かる〜アタシもそうやって良い子振ってる奴嫌いなんだよね笑』

 フォロワーの中に私と同じ考えの人が居ると知って嬉しかった。

 ユーザー名を確認してみると「SAKI MARUI」と表示されていた。

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