一反木綿トライアスロン

環月紅人

本編(3861文字)

「―――――ッ、さあこれより始まります一反木綿トライアスロン! 風に乗り風を切り誰よりも早く権現山外周を回りきる一反木綿は何者か! 出場者整列次第スタートの合図を行わせて頂きます、実況は私一反木綿が努めさせていただきます……」

 一反木綿の起源ともなる鹿児島県肝付町・権現山の麓を舞台に多くの妖が集まった。本年度の主催兼実況を務める一反木綿から、出場者である一反木綿たちへ熱い期待が寄せられている。

「なお本年度はプレゼンターとして天狗様にご助力頂いております。優勝者には秘蔵酒のほうを盃一杯ご馳走させて頂けるそうです!」

 わあああああ、と妖たちが湧き立つ。天狗の秘蔵酒といえば誰もが一度は味わってみたいと焦がれ憧れる絶世の美酒。そんな褒美が与えられるなんて、羨ましいと至るところから聴こえる。

「全力を尽くせ!!!!!」

 そこらの妖より五倍ほどの体躯がある天狗が、がなるように喝を入れる。うおおおお、と妖は続くように盛り上がり、会場の雰囲気は絶好調のようだ。

 さあ、一反木綿が並ぶ。数は七名。見分けは付かない。外見的な個体差もなくふわふわひらりと浮かんだ布が七枚並んでいるさまは、異様と形容するしかない。

「スタートの合図は古杣さんお願いします」

「あい」

 古杣は山に生息する妖で、例年、一反木綿トライアスロンにはスタートの合図を取るために協力してもらっている。古杣は”木が倒れたような轟音”を響かすことのできる妖であり、迫力のあるスタートの合図が――。


 ゴォォオオオン……!!!

「――開幕です!」

 わああああああああああああっ!!


 とてつもない盛り上がりだ。だっと一斉に風に乗った一反木綿たちが、歓声に包まれる現場からいち早く姿を消していくのを見届ける。

 向かう先は第一関門。一反木綿トライアスロンには三つの障害が設けられており、ルートは権現山外周。一反木綿は一反木綿の特性を活かした総合力を競うレースで本年度の優勝者を決めることになる。

「さあ今頃第一関門に到達したところでしょうか――それでは第一関門発表します!!」

 あちらをご覧ください!と主催の一反木綿が尾の方で指した先は出場者たちが飛んでいった先の、上空。日没したばかりの空。

「題して、早い者勝ち! 木こり襲撃ゲームです!」

 その第一の壁は、人。お山から村へ降りる木こりの集団を捕まえ、縛り、失神させた者から次に進むことができる。もちろん木こりたちは一般人であり本レースにはなんの関係もない。妖たちの興にただ巻き込まれた可哀想な現地民だ。

「ここからでも見えますねえ。お、一人! 二人! 三人! 続々と持ち上げられております」

 一反木綿に巻き付かれた木こりがそのまま上空へと持ち上げられる様子が見える。全長で十メートル、幅三十センチもある大きな布に包まれれば、人間なんて敵いようもない。

「なお木こりの数は事前に見たところ五名、出場する一反木綿の数は七名ですので、この段階で二名の脱落が決まっております」

「伝令! 木こり五人の失神を確認!」

「退場者はこちらへ戻ってくるように伝えてください」

 さあレースは続く。天狗をはじめ、妖の多くは酒呑みの宴会状態でおり、基本的にレース内容を楽しむ、というよりはどんちゃん騒ぎをすることに重きを置いている。

 この祭りは一反木綿たちによる、一反木綿のためのレースであり、悲しいことに他の妖には一反木綿の区別が付かない。一反木綿は一反木綿。誰が勝とうが負けようが、冷静な部分ではわかっていない。一律で、一反木綿でしかない。

 なのでレースを楽しもうにも、他の妖は「今誰が勝ってるっけ?」となるし、賭け事で遊ぶにも「誰に賭けたっけ?」となる。退場者として戻ってきた一反木綿が「どの一反木綿だっけ?」となってしまうし、退場者が増えるにつれ「誰がどこまで活躍したっけ?」とややこしいほど”同じ”に見えてしまう。

 だって布だもの。


 ……そうなると、お酒を呑んでベロベロになって騒ぐだけ騒ぐのが正解であった。妖とは実際のところ、そんな遊びたがりでしかなかった。


「第二関門はぬりかべ迷路です!」

 そんな間にも展開は移り変わる。同じように主催の一反木綿が指した先、そこでは突然の局所的豪雨になっていた。

「雨壺さんにご協力頂いております、高く飛び立てない状況で不可視の迷路からもっとも早く抜け出すのは誰か! こちらは三名抜け出した段階でぬりかべさんに閉じて頂きます」

 現地のほうを見てみよう。雨壺、とはその名の通り壺の見た目をした妖で、その蓋をとると天候を問わず雨が降り出すと言われている。ぬりかべ、はよく知られているだろうが、目には見えない壁の妖として、本レースでは障害物として協力してもらっていた。

 一反木綿は水に弱く、どうしてもその面積故に自重で飛ぶのが困難になる。その上、目で見えてるようには進めない透明な壁による迷路が一反木綿の体力を削る。通過者は三名までとされるが、実際何名通過出来るか、迷子になる一反木綿も自重で飛べなくなる一反木綿もいるだろう、本レース最難関のステージがここなのかもしれない。

「それでは天狗様、そろそろ配置についていただいてもよろしいでしょうか」

 ヒックッ、と酔いを感じさせるひゃっくりをしながら天狗が曖昧に頷くと、立ち上がり、ばさり!と暴風を散らして飛び上がる。

「徹底的にやっていいんだな?」

「一反木綿は修復すれば生き返るので大丈夫です。やっちまってください」

「あい分かった」

 ぼうん!と再び嵐を起こして天狗が高く飛び去っていく。豪快、大胆、どんな妖も恐れる天狗のその姿に、誰もが「優勝者いなくなるんじゃないかな」と思った。

 天狗の役割は最終関門だ。


 ―――――ばさり、ばさりと大きく烏羽根を動かし、天狗は雨雲に近付くと、その千里眼で実際のレースの様子を間近のように眺めていた。

「なかなか骨のある」

 天狗にはぬりかべすら見通せる。雨や泥で薄汚れた一反木綿は決して順調とは言えない歩みで迷路を脱しようと奮闘している。

 天狗はそれをニィッと笑って眺めていた。

「持ち場につこうではないか」

 しばらくして一名の一反木綿が第二関門を突破したのを見ると、事前に言い渡されていた持ち場へ天狗は場所を移動した。

 手には羽団扇を持っていた。


「伝令! 三名突破を確認しました!」

「かなり時間が掛かりましたね。それではあなたは天狗様の方にいってくだだい。あ、くれぐれも”巻き込まれない”ように」


 ……――天狗は耳も非常に良いので、低級妖の知らせがなくともすでに話は届いているのだが、主催の意向を無碍にはしないよう酒を煽って待っていた。

 少しして、妖の伝令が届く。

「ご苦労」

 天狗は再び羽を広げると、最終関門へと辿り着いた三名の一反木綿を出迎えた。


「最終関門は天狗様の妨害! これまで一反木綿は人を襲う能力、そして状況に左右されない胆力を見せて頂きましたが、最後の最後に戦うは風! 吹き飛ばされずにゴールへ辿り着く、”最強の一反木綿”はいったい誰なんだぁぁぁあああ――!!」


 ブォオオオオオンッ! と竜巻のような風が、現場では天狗の羽団扇の何気ない一振りによって起きていた。

 三名の一反木綿は簡単に巻き込まれ、吹き飛び、空高く打ち上がる。

 濡れていた体は一瞬で乾き、泥は払われるほどの一閃。だが、うち一名は耐えきれずに全身の中間あたりでぷつりと切れた。

 浮力が失われ、一名の脱落が確認される。

「少しやりすぎたか」

 これでもだいぶ控えた方だが――。

 しかし主催の言葉もある。千切れようとも修復のできる一反木綿、容赦していては目の前の戦士にも無礼だ。

「まだまだいくぞ」

 ――風が荒れ狂う。


「おっかねえ……あれが天狗様か」

「酒瓶がさっきから転がっちょる」

「風が届いておりますねえ……」

 やや酔いすらも吹き飛ぶ勢いで、スタート地点で酒盛りをしていた妖たちは唖然と遠方の竜巻を眺めた。

 凄まじい。さすがにやり過ぎかも。

 苦笑した主催者が憂うように見ていた。



 結果が出るのは早かった。

「と、言うことで、優勝者はなし。天狗様、やり過ぎでございます……」

「はっはっは!!!!!」

 愉快、愉快、と笑うような天狗に、お通夜じみた主催者と出場者たちと妖たちの姿がある。

 ――まあ、薄々分かってたけどね……。

 だって天狗様が秘蔵酒を我々にお恵みくださるはずがない――。

「最終関門に到達した一反木綿たちよ!!!!!」

 天狗が出場者五名を見渡しながら鼓膜が割れそうな声で言った。

 だれも見分けがつかないなか、慌てて主催者が「え〜〜〜」と迷いながら見る。

「こちらとこちらとこちらですね」

「杯を持てぇい!!!!!」

「な、何をなさるおつもりですか? 天狗様」

「貴様らの気概ゃ買った!!!!! 特別に酒を呑ませてやろう!!!!!」

 ――ぎょっとしたように周りが静まり返った。

 なんだって? あの秘蔵酒を、三人前も??

 異例にも異例な出来事だ。

「主催よ。それでも構わぬか」

「え、ええ……は、はい。大会ルール的には優勝者なしという扱いなので褒美などは出せないのですが、プレゼンターである天狗様が仰るのなら、まあ、はい」

「ならば杯を持たせろ」

「一反木綿たち! どうぞこちらの盃を」

 仰々しく乙の字に座った一反木綿たちが盃をどうにか持つ。※ご想像にお任せする。

 そこに、天狗はなみなみと酒を入れた。

 綺麗な色の酒であった。

「これが秘蔵酒……!」

 と妖が湧き立つ。ごくりと喉を鳴らすものばかり、皆が一反木綿を羨ましがろう。

 さあさ、ずいと呑むがいい。

 そこから始まるのは妖の狂宴。


 年に一度の、一反木綿の、一反木綿によるお祭りであった!




(終)

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