第20話 名コンビ誕生?

「いつと聞かれても、困るが。来たら、もう木川田がいた」

 飄々とした態度で答える堂本。ポーカーフェイスを装っているが、内心、ユキの驚きようをおかしがっているに違いない。

「で、どうだった?」

「へ?」

「『アウスレーゼ』、見てたんじゃないの?」

 ユキの顔に視線をよこしながら、堂本は「アウスレーゼ」の最新号を手に取った。

「あー、そのこと。見たよ。でも、まず、自分の目で確かめなさいって」

 そう言う自分の顔がにこにこしているのが、ユキ自身、分かった。

 堂本は、何も喋らず、静かにページを繰った。選評のページを熱心に読み始める。

 待つ間、ユキは手持ち無沙汰なので、再び、「アウスレーゼ」を手に取った。

(大賞を取った作品の評判は……。

 <新崎さんの「僕はこの星で殺された」は、恐がらせてもらいました。自分の本当の人格は身体の内に閉じ込められ、勝手に現れた第二の人格に支配される。何もできない主人公のもどかしさに、読んでいる方も喉をかきむしりたくなるほど。そして後半、復讐に転じた主人公の取る手段の恐ろしさにも、ぞくぞくしました。『悪の格好よさ』みたいな物が感じられました>。ふむ。

 <神林さんの「占術師」は、占術師が事件解決に当たるということから、悪霊退治物かと思い込んでいたら、違っていて、面食らいました。どう考えてもこの世のものでない不思議な現象が起こり、それを占いによる霊感で解いたように見せながら、その実、論理的裏付けがある。完全に裏をかかれました。ラストも気が利いていて、うまいなあと感心させられました>。ふむむ。実物を読んどらんから、何とも言えないけど……読みたくなる誉められ方ではアル)

「おいったら」

 堂本に呼ばれて、顔を起こすユキ。早くも彼は、目を通し終わったらしい。

「あ、読んだ? どう? 嬉しい?」

「……嬉しいことは嬉しいんだが」

 奥歯に物が挟まったような言い方をする堂本。

「何よ」

「半分は、木川田に向けられるべき言葉だからなあ」

「はあ? 何、言ってんの。書いたのは君だ、堂本クン」

「戦争を起こさないってアイディアは、そっちが出したろう。自分一人じゃ、思い付かなかった」

 堂本は、雑誌のある箇所を指差した。戦争の起こらないことを誉めた部分なのだろう。

「そりゃ、そうかもしんないけど。……私には書けないよ。逆立ちしても書けない。そもそも、逆立ちができないけど」

「……はっ……ははははっ」

 軽い笑い声を立てた堂本。

「面白すぎるな。発想の方向が、僕とは全然、違う。……どうだろう?」

「何が?」

 いきなり聞かれて、目を丸くするユキ。

「次……だけじゃなく、これから小説を書くとき、いいアイディアを出してくれると、助かるんだけど」

「ふうん。どうしようかなー」

 意地悪く笑うユキ。

「頼む。ユーモアのセンスも足りないみたいだし」

「あー、それもあるわね。吉本にでも入れば?」

「そういう笑いじゃないって言ったのは、ユキじゃないか」

 口に出してしまってから、堂本は口を押さえた。

 ユキも違和感を覚えた。それが何かは、すぐ分かった。

「今……『ユキ』って言ったよね?」

「……」

 明後日の方を向いてしまう堂本。そちらに回り込み、ユキは重ねて聞く。

「ねえ、言ったよね? ね、ね?」

「……言った」

「いっつもは名字なのに、顔を合わせてないとき、そんな風に呼んでるんだ、私のこと」

「……嫌ならよすよ」

 失敗だったなあと、頭に手をやる堂本。

「ううん。別にかまわない。こっちも、『浩ちゃん』って呼ばせてもらうから」

「げ」

「嫌なら……勘弁してあげない。浩ちゃんって呼ばせないなら、さっきの話もなしね。一人で小説、考えなさいな」

「……分かった」

 一言、小さな声で答えると、堂本はさらに、思い切ったように言った。

「僕には、ユキが必要だから……」

 途端に、ユキはおかしくなってきた。唇に力を込め、必死で我慢しようとするが、震えてしまう。

「う……。変。似合わない。浩ちゃんには」

「お、おかしいのなら、笑え!」

 顔を赤くしながら堂本。それでもユキがこらえていると、堂本が続けて言った。なかなか、奮った台詞と言えるかもしれない。

「――笑うのを我慢すると、身体によくない」

 臨界の線ぎりぎりまで達していたユキの笑いが、この一言で、とうとう溢れてしまった。書店の中だということも忘れて……。

 ……しばらくして、どうにか収まってきた。

「ひー、もうだめ。わ、私を笑い死にさせる気か」

 まだひくひくと、肩を震えさせているユキ。

「いい加減、笑い止めよ。……こんな台詞、格好つかないな。普通、『泣き止め』だぜ、全く」

 周囲の注目が、ようやく解除されたのを確認するように、堂本は辺りをちらちらと見やっている。

「真面目な話に戻そう。本当に、協力してくれるんだな?」

「あ? ああ、小説ね」

 笑い過ぎで浮かんだ涙を、指で拭うユキ。

「いいよ、それぐらいなら。お安いご用。堂本クンが書いたのを読んで、私が読みたい感じになるよう、文句を付けたらいいんでしょう」

「文句、か。まあ、そうかもしれない」

「んじゃ、契約成立ってことで」

 右手を差し出すユキ。戸惑うのは、たいていが堂本。

「何の真似だ?」

「知らない? 違ったかな。アメリカかどこかの映画で、ビジネスが成立したらこうやってたから」

「……なるほど」

 納得した様子でうなずくと、やや照れたように、堂本も右手を出す。そして握手。堂本の手の力が控え目なのを、ユキは感じ取っていた。

 手を放してから、思い出したふりをして、ユキは言った。

「堂本クン……じゃない、浩ちゃんが、私を必要とするなら、その報酬としておごってもらわないとね。Boy needs Girlならぬ、Girl needs Moneyなのだ」

「発音が違う!」

 店内に流れる音楽は、いつの間にか、「Boy meets Girl」になっていた。


――『F&Mシリーズ第二弾』終わり

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