第13話 作中作その4

 代わって、ヤヌカ・ディーンが入って来る。彼は王室付きの諜報員のような

もので、王室の醜聞の処理を主な仕事とする。故に、背が低く、あまり目立た

ない格好をしている。彼のような身分の者は、下の名で呼ばれるのが通例であ

る。

「報告を聞こう」

「あ、妹の相手にどの様な人物がなろうと興味はないので、私は失礼させても

らいます」

 ツァークはそう言い置いて、奥の自室に向かった。

「兄上は相変わらず堅いな」

 と呟いたケントを黙らせ、国王はヤヌカ・ディーンを促した。

「王女のお相手として噂される、ライア・トゥルーリについての調査結果、報

告いたします。

 シュート生まれの二十一才。水軍兵で、優秀な成績を記録しています。家族

は両親とも健在で、他に兄弟はなし。血筋としては、シュートのあるゴルドー

の遠縁に当たります。

 水軍仲間での評判は上々で、国への忠誠心もかなりのものと判断されます。

故郷での交友関係にも、なんら問題点はございません。

 女性関係は、年端も行かぬ頃につき合っていた者がいるくらいで、全くきれ

いなものです。

 以上が、調査結果をまとめたものです」

 抑揚のない声で、ディーンは言った。

「これならいいのではないですか?」

 何も言わない国王に代わり、ケントが口を開く。

 すると、ようやくコウティ王も口を開いた。

「……できれば、正統のゴルドーにやりたかったんだが。まあ、水軍の式典で

娘が見初めおったんだ。よかろう。近い内に、その男……何と言った?」

「ライア・トゥルーリでございます」

「ライア・トゥルーリを正式に来させよ。ライア・アスト・トゥルーリと呼ぶ

にふさわしいかどうか、最後の判定を下してやろう」

 うす笑いを浮かべ、国王は命じた。ヌルは深々と頭を下げ、承知の意を示し

た。

「そういえば、ヌル。お主の娘とケントの仲はどうなっておろうな?」

「さて。私のような年寄りには、若い者のことは分かりませんので……」

 苦笑しつつ、顔を上げて、国王に答えるヌル。彼の娘ロミィ・ゴルドーは、

ケントと婚約を結んでいる。政略結婚の色合いが強いという風評は、ディーン

らの手によって、最小限に抑えられている。つい数カ月前のことだ。

「本人がいる前で、そのようなお話とは、父上達も意地が悪い。我とロミィは

健全にお付き合いさせてもらっていますよ」

 ケントはわざと嘆くように言い、肩をすくめて見せた。

 自室に戻ったツァークは、思い起こしたことがあって、すぐに部屋を出た。

妹の部屋に向かうためである。

「レイカ。いるんだろう?」

 部屋の前に立ち、軽く扉を叩いてから、ツァークは呼びかけた。

「いなくなろうにも、外出は制限されてますから。お兄さん達のようにお忍び

もままなりません」

 自嘲気味の響きを持った声でが、中からした。

「忍んでいるのは、ケントだけさ」

 ツァークは訂正をしてから、扉を開けた。

 うすい桃色を基調とし、きれいに整えられている室内。その中で一際目立つ

のは、深紅の服を纏った部屋の主。

「極彩色は、父上の命か」

「そのようね。こそこそ動かれては困るからでしょう」

「……さっき、おまえとライアとの話が出た。と言っても、内容は聞かずに出

てきたんだが」

「そう」

「まあ、政治の道具にされなかっただけでも、幸福と思うべきかもしれない。

本当に思う人と一緒になれるのであれば」

「けれども。直にあの人達は、様相を政略結婚としてしまいます。きっとライ

アも、名前も聞いたことのないような、しかし大きな貴族の一人にされて、私

の目の前に姿を現すことでしょう」

 諦めにもにたしらべが、彼女の口を突いて出た。そしてそれは続く。

「このままライアと一緒になれても、窮屈な生活に終始するでしょう! 私は、

私達はもっと自由になりたい……。王族の名なんて、広大な浜の砂粒のごとく、

消し飛んでなくなればいいのに。……また同じ愚痴になってしまったわ」

 微かに笑うレイカ。

「おまえの幽閉扱いを見ていると、それも仕方なく思えるよ。もし、もっと私

に力があれば、王族の呪縛なんぞ、取り払う法を立ててやるのだが」

「それは――。少なくとも――」

 レイカは皆までは言わなかった。言えなかった。

 ツァークも分かっているのだ。

 父王が亡くならぬ限り、叶わぬことです――。


 シュートでもかなり大きな港町に、王族じきじきの命を伝える使者が来たの

は二日後であった。

「確かに伝えたぞ」

 使者は言うと、すぐまた引き返して行った。

「やったな、ライア! これでおまえの将来、間違いなしだぜ」

 使者の言葉を伝え聞いた青年は、そんな仲間の言葉を聞き流しつつ、しばし

その場に立ち尽くした。

「うまくやれよ!」

「あ。……ああ」

 ようやく青年――ライア・トゥルーリは笑った。

 海での生活が多いためか、手はごつごつしており、日に焼けた精悍な顔つき。

真っ黒な髪は今はざらざらしているが、手を入れればすぐに流れるようになる。

 すぐにでも出発しないと行けない。突然のことに戸惑いはあったが、行かな

くては何にもならないのだ。レイカとはここ半年は、直接会うこともままなら

ず、手紙によるやり取りも、王族相手では検閲もあって、気後れしがちだった。

 それが今度の招待だ。そう、正しく使者は招待状を携えてきたのである。一

両日中に発てとの命で、ライアのシュートでの業は自動的に停止され、オスト

での用が済むまでそれは続けられる。

 制服を着替え、ライアはすぐに家に向かった。無論、両親に知らせるためだ。


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