第16話 再びの打診

「他の部は何枚も張っているのに、図書部のは一枚もない。当たり前だ。作ってないんだから。しまったよな」

 うなずきながら、園田は愚痴をこぼす。

「今からでも作って、張らなきゃ」

 恵美は、ペンが置いてあるところへ走る。

「何なら、俺が描きましょうか?」

 津村が園田に申し出た。

「いいのかい?」

「はあ、まあ……。だいたい、縁川さんを借りて、そちらに迷惑をかけたのは美術部の方ですし」

「そうか。それなら、貸し借りなしにしておこう。後腐れがなくていい」

 納得したというように笑う園田。表情に乏しい観のある園田だが、今は、さすがに嬉しそうだ。

「紙とペン、あります?」

「ここよ」

 駆け足で運んできた恵美。

 広い机に古い新聞紙を敷き、上に画用紙を置く。白だけでなく、赤、青、緑……とにぎやかに揃っている。それに、即興でイラストを描いていく津村。実に手慣れたものだ。

「文字は、何て書けば?」

 ペンを太めのに持ち替え、図書部部員二人に聞く美術部部員。

「なるべく真ん中に、図書部。展示場所として、図書室と書かないといけないな。内容……部誌の展示と書いてくれないか」

「分かりました」

 津村が手を動かし始める。

 もちろん、文字を入れるぐらいなら、恵美や園田にもできるから、同じように書いていく。

 それから数分後、気持ちが急いていた割には、まずまず、見られるポスターが完成した。

「僕が張って来よう。その間だけ、縁川さん、受け付けを頼む」

 園田はそう言い置くと、ポスターとセロテープを携え、普段の彼からは想像できない素早さで、外に飛び出して行った。

「何か、面白い人だな」

 見送る津村の顔は、呆れたような感心したような、複雑な笑顔だった。

「その一年の子は?」

「え? あ、今日は来ていないの」

 恵美は、カウンターに腰掛けた。津村の方は、その近くの椅子に落ち着く。

「その子――新倉にいくらさんって言うんだけど、病気で休みがちなの。今日も通院の日に当たっていて、それが終わってから、遅れて来ることになっている訳」

「なかなか……ハードだな」

 津村は、やたらとうなずいている。

「展示、部誌の他に、何をやるんだ?」

「この一年間の、ジャンル別貸し出しランキングベストテンを表にして掲示。それから、購入してほしい本等のアンケートとか」

「ここでもアンケートか。とりあえず、部誌を見てみたいな」

「見てみる? そこだけど」

 カウンターに一番近い机の上に、冊子が何冊か積み上げられている。

「今なら、他にお客さんはゼロ。心静かに、読んでくださいな。あっ、もちろん、持っていってね。気にいらなきゃ、置いといて」

「もらえるのなら、家で読もうかな」

 と、津村。

「アンケート、書くよ」

「それなら、こっち。私もサクラで書いておこうっと」

 アンケート用紙を取ると、津村と恵美は、机を移動し、並んで記入を始めた。

 書いている最中に、ふっと思い付いて、恵美は話しかけてみた。

「津村君、二年になってから、あまり本を借りていないんだって?」

「ほい。気楽に引き受けたんだけど、美術部の副部長って、意外と忙しかったんだな、これが」

 わざとらしくため息を吐く津村。

「一年の頃、どんな本を読んでいたのよ」

「色々だけど……。入学したばっかの頃は、高校生になったんだから、ちょっと読書の傾向を変えようと、変な風に意識しちゃってさ。いわゆる名作ってやつばかり、読もうとしたんだ」

「あはは。ありそうな感じ」

「けど、挫折。正直言って、あんまり面白くなかった。それで、自分が本当に読んでみたいのを読もうと思い直したのが、六月ぐらいだったかな。とりあえず、SFとファンタジーと推理小説。それから、パロディも読んだ」

「日本の、それとも外国作家?」

「うーん、多分、日本の方が多い。片仮名の名前って、イメージしにくいから。漢字だと、ある程度できるだろ? 岩田ってくれば、ごつい奴を想像するとか」

「うん、私も似たところ、ある」

「縁川さんは、どういうのを借りるの?」

「さっき、津村君が挙げたのと同じ。他に恋愛小説。それから、少女小説。この呼び方、好きじゃないんだけど」

「そう言えば、少年小説っていうの、ほとんど聞いたことがないな」

「でしょう? ジュニア小説だと、中学生っぽい響きがあるみたいだし」

「そういう類は、ティーンズノベルでいいんじゃないかな」

 園田の声。どうしてこう、いつもいつも唐突に割って入ってくるのだろう。

「いつの間に……。聞いていたんですね。いい趣味じゃないですよ」

 席から立ち上がって、恵美は抗議した。

「それは悪かった。だけど、これだけ静かだとね、嫌でも聞こえる」

 園田は室内をぐるりと手で示す。他の客は、まだ誰もいない。

「ま、客がいなくて、幸いだな」

「何が、幸い、ですか」

「それは、君らに、じっくりとお礼が言えるから」

 二枚目だけどぼーっとした顔に、笑みを浮かべる園田。

「特に津村君、ありがとう。助かった」

「いえ、別に……。千客万来となればいいんですがね」

 それを聞いて、園田は苦笑をしながら、指定席であるカウンターの椅子に座った。

「聞こえないように話さないと」

 部長のいる位置を確認してから、元の席に座り直した恵美は、すぐさま、津村に話しかけた。当然、声は低められている。

「早いとこ、書いた方がいいかも」

「そうかもね。……あのさ、小説、書いてみないの?」

「え……また、その話?」

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