第14話 文化祭にて

 悦子の事故の瞬間を、自宅の窓越しに目撃した恵美は、相当長い間、ショックが拭えなかった。ために、津村と恵美とのつながりも、何となく切れてしまっていたのだが……今回、桃代との賭けに恵美が負けたことで、好むと好まざるに関わらず、また話す機会を持てることとなった。

「さ、帰ろ帰ろ」

 津村を無視するようにして、桃代は恵美の手を引く。

「あ、ひどい」

 と言いつつも、津村はあきらめたか、他の部員と早くも何やら談笑を始めた。

 恵美は、心残りだった。

 美術部の部室を出、玄関まで降りてきたところで、とうとう、桃代に言った。

「ねえ、モモ」

「何?」

 靴を履き替えながら、桃代が応じる。

「ただの手伝いの私が言うのもおかしいだろうけど、津村君、副部長としてよくやってると思う。それなのに、どうしてあんな風に」

「別に、どうもしないけど」

 少しの間、考えるように首を傾げる桃代。恵美は待った。

「……ただ……意地になってるのかな、あたしも。ずっと反発していたから、今さら、あいつのこと認めるの、癪に障るって感じ」

「筋が通ってない。美術部の将来のために、もっともっと友好的にならなきゃ」

「……相変わらず、恵美は津村の肩を持つのね、何だか」

「そ、そんなんじゃ」

 桃代の次の台詞を止めたくて、慌てて言葉を重ねる恵美。

「ふーん。ま、いいけど。仕事はしっかり、やってちょうだいな」

「はーい。分かってますう」

「恵美があたしの口真似して、どうすんのよ」

 面食らったか、目を見開き気味にして、苦笑いする桃代。

 その隙に、恵美は気を紛らわせるため、軽く駆け出す。



                 3


 美術部の展示。

 扱っている内容の割には、意外とにぎやかだ。恵美はそう思った。

 その感想を素直に話すと、

「それって、偏見よ」

 と、桃代にあっさり言われた。

「いや、違う」

 口を挟んできたのは、例によって、津村副部長。

「これで金を取っていたら、閑散としているさ、きっと。大学の学祭なんか、

そうだからな」

「いちいち、あんたはうるさいのよ」

 展示をやっている横で、美術部部員がこうも喋っていいのだろうか。恵美は心配になってきた。芸術は静かに鑑賞するもの、多少なりともそれを妨害するような真似は……という意識がよぎる。

「うるさいなら、出るぞ。よそを覗きたいし」

 津村が言った。

「受け付けの当番なんだから、いなきゃだめ」

 桃代は、当番表らしき物を示した。段ボール紙の切れ端に、ルーズリーフの一枚を張ったそれには、手書きで、「一日目:十時~十二時半」とある。

「ちぇ、まだ一時間も経ってないぜ。――二人もいらないと思うんだが。受け付けったって、アンケートを書いてもらうだけだろ」

「それだけじゃないわよ。頼まれたら似顔絵を描かなきゃならないし、展示物を盗まれたり、いたずらされたりしないように見張る役目もあるんだから」

「金を取るんだから、ほとんど客は似顔絵には来ないんじゃないか」

 机の端に腰掛け、控えめに伸びをする津村。

「降りなさいって。文句あったら、部長に言いなさい。今、クラス展示におられるはずだから」

「はいはい。分かったよ」

 机から降り、津村はぼやく。そして、

「くじ運、悪いよな。どうしてこうなるんだろ」

 とか言いながら、桃代の方にちらりと向く。

「こっちが言いたいわよ」

「紙、ここに置いておきまーす」

 唐突に、声。女子二人組のお客が、書き込み終わったアンケート用紙を、箱に入れている。空き箱のふたに切り込みを入れ、簡易ポストみたいにしてある。

「あ、ありがとうございましたぁ」

 声の調子をがらりと変え、笑顔で応じる桃代。

「これだもんな」

 お手上げポーズをしながら、視線をよこしてくる津村。ポーズにどういう意味があるのか、恵美には分からない。

「あの、津村君」

「はいな?」

「他のとこ回りたいんだったら、受け付け、私が代わろうかなって」

「え、本当?」

 声が弾む津村。

「でも、悪いよ。部員でもないのに」

「別にいいの。図書部の方は、園田部長がほとんどずっと、受け付けやっているのよ。私はあとで桃代やユキちゃんと一緒に回るから、桃代が受け付け終わるまで、暇だし」

「そういうことなの」

 じゃあ、という表情に津村がなったところで、桃代が横槍を。

「さぼったら、明日一日、受け付けさせてやるから」

「げ」

「モモ、そんなこと言わなくても……。いいじゃない。いくら待たされても、私は平気だし」

「甘やかしちゃだめ、恵美。そんなことしたら、こいつのためにならないからねえ」

「ひどい言われよう」

 今度は津村、両手を組んで、泣きのポーズ。そして、今思い付いたように、つぶやいた。

「片山さん、賭けをしないか」

「賭け?」

 せわしなく動かしていた手を止める桃代。

「縁川さんを助っ人に引き込んだのも、賭けだったんだって? だったら、ここで俺と勝負に応じてくれて、いいんじゃないかな」

「訳の分からない理屈! でも、いいわ。あたし、運が強いの」

 桃代の運が強いのは、恵美だけでなく、誰もが認めるところだろう。

「そっちが勝ったら、今日の受け付けはしなくていいことにすればいいのね。だけど、あたしが勝ったら、何かメリットあるのかしら?」

「それもそうか。……今日は弁当、持って来ているんだろ?」

「? 持って来てるけど」

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