第2話 復活のためのセレモニー

「本の名前なんて、どうでもいいの。中身よ。選評が載っているの」

「選評というと……。ああ、つまり、こっぴどく欠点を指摘され、改めて落ち込まざるを得なくなったって訳か」

 ほんと、ずけずけと言ってくれる。

 優は、雑誌を手に取ると、ぱらぱらとめくり始めた。どのようにけなされているか、読んでやろうという魂胆なのだろう。

「これか」

 目的のページを見つけたらしい。静かになる優。さすがに、気を遣ってくれたのかもしれない。やがて、誌面から顔を上げ、口を開いた。

「そんな、落ち込むほどのもんかな」

「だって、ありがちだ、みたいなこと言われているのよ。新鮮さや斬新さとかがないってのは要するに、新人としてのよさがないと判子を押されたようなもんじゃない」

「それはそうかもしれないけど、他は大丈夫みたいじゃないか。一つの欠点を直すだけで、次は入選という風にも受け取れる」

 他人事だと思って、気楽に言ってくれるわ。ため息が勝手に出ちゃう。

「簡単にできたら、苦労しないわ」

 唇がとんがるのが分かったので、急いで口元を引き締める。

 部室のドアが開けられた。

「ちわーっす……と、あれ、まだ集まってないのか」

 八代やしろ先輩は、気抜けしたようにつぶやくと、手近のパイプ椅子に腰を下ろした。壁に掛かる乾電池式のアナログ時計を見ると、一時まであと十分足らずというところか。

「また来ているのか。えっと、縁川へりかわ君だっけ?」

 優の方を見ながら、八代さん。

「はあ、すみません」

 頭に手をやる優。形ばっかり。

井藤いふじさんみたいに入部するなら、大っぴらに来てくれていいんだけどねえ」

 怒っていい立場の八代さんは、何故か言いにくそうだ。

「君、映研だろ? いつ部活やってるのさ?」

「月曜日です」

「ふうん。ま、二年生の自分ががみがみ言うことじゃないし、俺個人は別にかまわないんだけど、一応、けじめだから……。これから部活ってときに部外者がいられると、ちょっとまずい」

「一時までは、いいんですよね」

 優は、先輩の顔色を窺うような仕種をする。ちゃっかりしていると言うか、何と言うか。

「いい、としか言いようがない」

 いささか投げやりに八代さんがこぼしたところで、続々と人が集まり始めた。

 相前後して到着したのは、三年生と二年生が合わせて十二名、私と同じ一年生の新入部員が五名。他に四年生の人もいるので、文芸部の部員数は二十五名ぐらいに達する……はず。総合大学のクラブとしては、多いとは言えない人数かもしれないけど、文芸の名の下にこれだけ集まれば、上出来ではなかろーか。

 何しろ、部屋が手狭に感じられるぐらいなのだ。せめて机の上だけでも広くしておこうと、私は『アウスレーゼ』を鞄に仕舞った。

「もう、お邪魔ですね。それじゃ、退散しようっと」

 優はおちゃらけ気味に、姿を消した。二時間後、学食で待ち合わせる手はずになっている。私が部活のある水曜日はいつも、これ。この間、優がいかにして時間を潰しているのかは、不明である。大方、同じ映研の人と一緒にいるのだろうけど。

「今日、三時までで終わりですよね?」

 優が行ってしまったあとになったけれど、確認のため、部長の柴原しばはらさんに聞いておく。

「ええ、多分ね。学園祭のこと、決めちゃわないといけないんだけど」

 部長のその言葉を皮切りに、あと二週間ほどに迫った学園祭についての話し合いが始まった。




 十月も半ばを過ぎたのに、日差しはきつく、暑い。

 エアコンのない学生食堂で、冷たい物を飲んでから、優と一緒に、キャンパスを出た。が、日差しは相変わらずで、汗が浮く。

「去年は夏から、あれだけ涼しかったのに、今年と来たら」

「十月にもなって、何を言ってるんだ?」

 先を行く優が、肩越しに、呆れ顔で振り返る。

「家、来るだろ?」

「もち。お世話になります」

 マンションで独り暮らしの私にとって、優の家に行くことは、精神的にも経済的にも、とても助かる。独り暮らしで会話に飢えているとき、周りに人がいると楽しくなる。一方、経済的とは、当然ながら、食事のこと。

 鉄道とバスを乗り継ぎ、優の家の近くまで来た。さほど広くない道路の両側に、まだできたばかりといった風情の家並みが続く。高校の頃、初めて来たときは、まさしく閑静な住宅街だったのが、今では行き交う車も増えた気がする。

恵美めぐみちゃん、いる?」

 私は、前方から駆けてくる小学生の集団に注意を向けながら、優に聞いた。

 男の子も女の子も入り混じった集団が、横を駆け抜ける際、喧騒に包まれる。静かになるのを待っていたのだろう、やがて優が口を開いた。

「あ、妹ね。いるはず」

「それなら、小説のこと、話しようかな」

「俺を除け者にしようとして」

「そんなんじゃないって」

 笑いながら私達は道路を横切り、優の家の玄関にたどり着く。

「いらっしゃい」

 変わらぬ笑顔で迎えてくれたのは、おばさん――優のお母さん。

「お邪魔します」

「お夕飯、食べて行くんでしょう?」

 中に通される際、必ず聞かれる言葉。

「はは、お願いします」

 照れくさい。女がボーイフレンドの家にご馳走になりに来るのは、やっぱり気恥ずかしいものがある。いくら男女同権とか言われても、だ。

「もっと遅くなるのかと思っていたわ」

 おばさんが優に言っている。

「遅くなったらなったで、うるさく聞いてくるくせに」

 多少の反発を見せる優。

 と、階段の音がした。とんとんとんと降りてきて……。

「あ、やっぱり、悦子おねえちゃん!」

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