第34話 祭り9

「ぐ……重い、んだよっ、このクソゴブリンがぁ!」


 戦士の男がゴブリンの攻撃を武器で受け止め、そのまま反撃しようと斧を振るうがすぐに離脱されて回避される。


「シッ!」


 そこを死角から狙ったジェイが風属性を纏って斬撃性能を底上げした短剣を横薙ぎするも、強化された驚異的な反射能力で回避され逆に吹き飛ばされてしまう。


「ギィ……」


「余所見は禁物じゃぞ?」


「!」


 ジェイが吹き飛ばされたことにより生じた空白の一帯。そこにドールがすかさず身に纏っていた宝石をゴブリン目掛けて剛速球で投げ飛ばす。


 すると轟音を立てて爆発しゴブリンの周囲は瞬時に煙で覆われた。


 そこに私は複数の属性を込めた混合魔法である雷属性を叩き込んだ。


 しかし、恐るべき感知能力により事前に知覚され雷が降るよりも早く煙幕から離脱し回避された。


「ジェイの死角からの突然の斬撃に、儂の轟音による聴覚破壊と煙幕によって視界を封じ、そこに駄目押しの《雷姫》の雷属性による攻撃と、結構凶悪なコンボを決めたつもりじゃったが……」


「クソ、早すぎんだろコイツ!」


「しかも余裕で反撃までカマしてきやがる上に、恐らく変化前のタフな再生力も持ち合わせていやがるから始末に負えねぇ」


「むぅ……」


 一瞬だけウルの攻撃が掠ったのか、先程まで焦げていた右腕だったがなんて事ないように腕を振ると一瞬にて元通りになってしまっていた。


「まぁ目論見通り真斗が来るまでの時間稼ぎは出来ているから、問題無いと言えば問題ないが……」


「全く、深層の探索者が四人居て未だに決定打を与えられんとはのぅ」


「はぁ、はぁ、コイツの攻撃、重すぎて受け止めるだけでも結構キツイんだが」


「私のはさっきので破壊されたし、他二人はそもそも役割的に受け止められる程の腕力は無いから仕方ない。がんば」


「クソ、このままじゃ体力が持たねぇ。そろそろアイツらが帰って来ないとこっちがジリ貧になるぞ」


 ゴブリンが形態変化してからの猛攻は何とか凌げているものの、命のやり取りがある戦闘を十分以上もしている戦士の男とウルは流石に体力の限界を感じていた。


 普段ならここまで消耗することもないのだが、彼我の実力差から判断するに一撃でもまともに喰らってしまえば即死は免れない事が分かる。


 勿論二人とも隙を見て手持ちの回復薬を使って戦闘を維持していたが、今では手持ちも尽き応援に来たドールとジェイの分まで使い切る勢いで消費してしまっている。


 文字通りの死闘。油断すれば一瞬でこちらが全滅するため妥協や躊躇などしている場合では無い。


 しかし、このままでは遠からず破綻してしまうと四人とも感じていた。だからといって現状維持のままどうすることも出来ずにいたが……


「白炎」


「ガァ!?」


 認識外からの突然の発火。対処する暇を与えずにゴブリンが一瞬にして全身が白い炎に覆われる。


 突如として燃え上がったゴブリンに一同ビックリしたものの、戦士の男は直ぐに気を取り直しゴブリンを燃やしたであろう人物に声をかける。


「ハッ、随分と遅かったじゃねぇか」


「思いの外怪我人が多かったのよ。それに隙をついて仕留めたんだから良いじゃない」


「あはは、お待たせしてすみません。ですがこっちも死の間際の方が沢山居たので結構大変だったんですよ。何とか全員間に合ったものの、あと一歩でも遅れていたら変な後遺症も残っていたかもしれませんね」


 そういってゴブリンの背後から現れたのはゴブリンに痛め付けられた者たちを助ける為に一時離脱していた魔法使いの女と神官の男であった。


「仕留めた……?こんなので仕留められたら俺たちゃここまで苦戦何かしてねえよ……ッとおぉ!」


「グ……」


 話している最中も一切気を抜いていなかった戦士の男は彼女の背後から気配を察知し、咄嗟に武器を割り込ませた。そして彼女たちが退避する時間を稼いだ後に自身も斧を振り払い仲間たちの下へと後退する。


「気を抜くな!こいつは俺たちじゃどうすることも出来ないほどに力の差がある化け物なんだぞ!」


「油断したつもりはないわよ、だからこそ初手で奥の手を出したんじゃない!それにこの炎の特性上対象が燃え尽きるまで消えない仕組みにしてる上に、ちゃんと燃えたかどうかは確認済みよ。一体どうやって……」


「あー、見た限り自身に纏ってある自然な魔力の膜を身代わりに抜け出したみたいだなぁ」


「あんたは……そう。なるほど、理屈としては理解したわ。でも出来るかどうかで言えば不可能なはず」


「出来てるんだからそれが事実だろ。何ならさっきはウルの雷すら避けやがったしな」


「……それは恐ろしいですね」


「で、そろそろ話はすんだかの?《雷姫》が何時の間にか一人でアヤツに向かっていったから早めに戦線復帰したいんじゃが」


 何時までも話している連中に向けて、ドールはジト目を送りながらも時折身体に着けてある様々な性質を付与した宝石をゴブリンに投げつけ、いつの間にか一人で向かっていたウルが戦いやすいようにと妨害をし続けていた。


 ドールに言われた四人はハッとしたかのように構え直し、今も勝手に一人で戦っているウルの援護に入るのだった。






「あ、言っとくけど怪我人を助けるために結構魔力を譲渡したからさっきのでもうほぼ打ち止めよ。魔力回復薬ももうないし。精々ちょっと強度がある結界ぐらいしか出せないわ」


「はあ⁉おまっ、それでどうやって戦うんだよ⁉」


「そんなの知らないわよ、そっちで何とかして頂戴」


「あー、マジかぁ~。火力不足は相変わらずかぁー……」


「あはは……」


「………早く来てくれんとこっちが全滅するかもしれんのう」







「ゲギッ⁉」


「どけ」


 無造作に払った片手で目の前に偶々立ちふさがったゴブリンを爆散させ、その他に群がり来るゴブリン共を無視して駆けていく。そうして走り続けていると突如目の前に頑丈そうな扉が立ちふさがった。


「ほっ」


 ので、今まで通りにそれを駆ける勢いと共に蹴破って破壊し、恐らく最後のボス部屋だろうと思われる部屋へとたどり着く。


「ふむ、結構近くなってきたな。流石にここからならば正確な位置がよく分かる」


「……あとどれくらいになったら着くんだ……もう…俺……そろそろ限界なんだが……」


 救難信号を出したと思われる彼らの位置を確認できたことに一人呟いていると、途中からぐったりして何も話さなくなったソーマが話しかけてきた。


「なに、今ちょうど最後の広間に着いたところだ。後は少し駆け抜けるだけで着くはずだ」


「あれから……どれくらい……経ったんだ…?」


「出発してから十五分ちょっとだな。当初の見立てより十分も早く着くことが出来そうだ」


「も……死ぬ……」


「死なんから安心しろ。ほら、飲み時だぞ」


「………」


 どうやら話しかけてきたわけではなく、ただの朦朧とした意識から出た独り言のようだった。俺から回復薬のことを促しても返事が返ってこないことから見るに相当消耗しているみたいだな。


「全く……。ほら、これを飲め」


「ん……」


 定期的に自分で持ってきていたであろう回復薬を使ってここまで持たせてきたのを見ていたが、今じゃ飲む気力すら無いみたいだ。そのため仕方なく俺の腰にかけてある回復薬に紛れたエリクサーを、今も襲い掛かって来るゴブリンの集団から回避しながら飲ましてやる。


 なに、今のソーマの状態じゃ気づかれることもないだろう。まあバレたとしても大した問題ではないが。


「ん…?お?おぉ、何だ?さっきまでの体の調子が嘘みたいに治ってくぞ?」


「お、気が付いたか。」


「まさか……!お前、一体どれだけ高価な回復薬使ったんだ⁉こんなに即効性が高い上にこの回復量……!」


「気にするな。それよりもあと少しで―――—」


 あと少しで着くから準備をしておけ。そう言おうとした瞬間、突然下の方から魔力の高まりを感じた。


 その魔力の高まりは俺以外も感じたのか、先程回復したばかりのソーマは再度顔を青くし、周りのゴブリン達もその圧にやられバタバタと倒れていく。


「あ、あぁ、あ……」


「ふむ、コレはもう少し早く着いた方が良さげだな」


 その魔力の高まりで俺は下の方で何が起きたのかを把握し、更に急ぐためにある決断を下す。


「確か、魔力の発生源は丁度この真下を進んだ先だったな。それにこの地面の硬さ………よし、これくらいなら行けるな」


「あぁ、あ……」


「じゃ、行くか」


 俺は足でトントンと地面の硬さを確認しつつ、しっかりと目標地点を設定して、道中進む真下に魔力反応が無いのを確かめた後に右足に魔力を集める。


 すると俺から魔力の高まりを感知したのか、ソーマが正気に戻って問い掛けてきた。


「お、おい!今度は一体何をする気だッ!?」


「なに、このままでは間に合わなくなりそうでな。なので今からこの真下から反応がある場所へと階層を壊しながら進もうと思ってな。というか、最初からそうしとけば良かったか。いやはや、これは盲点だった」


「は?いやいやいや、何を言って………」


「ふんっ」


 身体強化した足で迷宮の地面を思い切り踏みつけると、ドガッッッ!!!と大きな音と共にこの広間一帯が震動する。


 しかし踏み付けた地面に大きな亀裂が走っただけで、階層を踏み砕く事は出来なかった。


「め、迷宮の地面に亀裂が……」


「む……思ったよりも硬かったか。」


 倍率を二倍に抑えているとは言え、俺の強化した足で踏み抜けないとは。


 ……出力を上げるか。


「な、何かさっきよりも異様な感じがするんだが……!?」


「身体強化の倍率を上げた。そして”貫通” ”震脚”」


 念の為に倍率を上げるだけでなく、踏み抜くのに有用なスキルも使用する。そして上手いこと威力が拡散しない様に調整するのも忘れない。


「ハッ!」


 気合いを込めて足を振り下ろすと、ズンッッ!!と先程よりも重い音と共に強く部屋全体が大きく震動し、足元に直径十メートル程の穴を連続して下まで開けることに成功した。


 そして見事に丁度魔力の反応があった場所まで穴を開けたことで、どうやらこのまま一直線で行けそうである。


 文字通り落下しながら。


「まあ、足元を壊したのだからこうなるのは当然だな」


「ああぁあぁあああ落ちるぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」


 足元が崩れたのなら当然の結果として下に落ちる。残念ながら漫画やアニメみたいに天井を崩して上からカッコよく登場とは行かないのだ。現実はただただ落下するばかりである。


「まあ、大幅に短縮出来たから良しとするか」


 体勢を整え無事に着地しながら過ぎたことは仕方ないと割り切る。……しかしながら強引に開けた穴と高度からの落下による衝撃で土煙が酷いな。


 大量に宙を舞う土煙を無視して前に進み、懐かしの気配を漂わせている方へと向かう。


 するとそこには、皆一様に杖を持った女が貼っているであろう透明なひび割れた結界の中におり、そのひび割れた結界を今にも叩き壊さんとしている形態変化した赤黒いゴブリンがいた。


 先に向かったパーティメンバーもどうやら何とか持ち堪えてくれていたようだ。中には結界を貼っている女を含めて数人知らない奴らもいるが、恐らく俺たち同様に救難に来た者たちだろう。


 しかし結界内に居るものたちは揃って息も絶え絶えで、見るからに疲労困憊の様子である。やはり階層破壊で時間を短縮しなかったら間に合わなかったかもしれんな。


 そうして彼らの無事を確認し終えた後、俺は歩を進め今回のスタンピードの元凶と対峙する。


「さて、待たせてしまって済まないな。後は俺に任せてくれ」


 はてさて、今回はどの位耐えてくれるのだろうか。










「獣人、じゃ……なかっ、たら……耐、えられ、なかっ……た……ぜ……」


「あ」


 そういえば落ちる時も抱きかかえていたな。すっかり忘れていた。しかも結構衝撃が強かった気がするし、もしかすると骨とかも………。


 ………………よし、エリクサーで誤魔化すか。

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まだ見ぬ景色を見るために。 ミルク屋の流星 @djgact50mv94tp

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