第24話 三百層・後編

「さて、行くとするか。」


 あの後勝負を仕掛けてきた男が起き出したのを確認してから俺が勝った事を認めさせ約束通り三百階層の情報を手に入れることが出来た。だが流石にその日は時間も遅く日も暮れていたので迷宮に潜るのは翌日にし、万全な準備を整えてからにすることにした。


 宿に忘れ物が無いかを確認しドロップ品を回収する用の魔法の袋をレンタルしつつ、俺の固有スキル的に必要はないが不審に思われない程度に回復薬を購入する。もちろんその他にも探索者にとって必要な諸々もあるだろうが、まあこんなものでいいだろう。


 そしていつもの迷宮に入る際の手続きを済ませて昨日来た迷宮二百九十階層へと近くにある魔法陣に乗って転移する。最初はこの感覚に慣れなかったが流石に何十回も経験すれば嫌でも慣れて来る。


 まあ慣れてきたとは言え、正直どういう原理で転移しているのかが分からないため少し恐怖はあるが。ウルは迷宮だからと余り深く気にしてはいないようではあったが、いつかはこの謎を解き俺も自由に望む場所に転移してみたいものだ。


 そんなことを考えているうちに今日最初の魔物が現れた。が、俺はウルのアイデアを基に最近作り直した技である空気弾をその魔物目掛けて放ち文字通り体に風穴を空けて絶命させる。


「ふむ、そこまで強く投げた覚えはないのだがな。如何せん弱すぎる。そろそろ深層と呼ばれる三百層であるというのに、接敵する魔物がこうも溶けていっては何とも味気ない。同じように手加減ありきのボスでさえももう少しは持つというのに。まあほんの少し消滅する時間が長いだけで一撃死であるのは変わらんが。」


 これから先の階層でも同様の強さということは流石にないであろうが、それでもこの段階で魔物の強さが余り変わらない感じであるならば不安になってくるものだ。主に戦闘が楽しめない事に対してだが。


 勿論手古摺ることなくスルスルと階層を攻略できるのであればそれに越したことはない。他の探索者の話を聞く限りではそれが一番であることは間違いないし、俺のような考えを持っているのは少数派であろうことも分かる。


 文字通り命がけの仕事だ。幾ら稼ぎが良いとは言っても死んでしまえば意味がない。俺も死を感じたことはあるがどれだけ足掻こうとも死なないことからそもそもの考え方が根本的に違う。まあその他の原因もあるとは思うが。


 そんな益体のないことを考えながら俺は三百層目掛けて迷宮を進んで行く。時折現れる魔物を蹴散らしつつ落としたドロップ品を回収して。勿論ゴブリンのドロップ品も忘れずに。


 特に苦戦することもなく順調に進んできたため早くも折り返し地点の二百九十五階層まで辿り着いて、キリがいいので近くの窪みに腰を下ろして休憩することにした。


「……暇、だな。」


 道中同じ技で敵を葬り続けては同じように消滅し特に代わり映えしない迷宮探索に、俺は持ってきた回復薬を飲み物代わりにしながら退屈な気持ちかそう呟いた。


 それでも少し前ならばウルも居たので雑談しながら探索出来ていたことで余りそういった気持ちにはならなかったのだが……まあ居たら居たで鬱陶しく感じてはいたが

な。それでも退屈はしなかった。


 一人で居る時間の方が遥かに長かったというのにまだ出会ってから半月も経っていない者が居ないだけでこうもつまらなくなるとは。気づかない内に俺はウルに依存していたのかもしれないな。


「とまあ、そんなことはどうでもいいとして、もっと楽しく進みたくはあるな。ふむ……一通り今まで作ってきた技を使ってみるか。そうすれば少しは気分転換になるだろう。」


 十分ほど休憩したあと俺は飲み物替わりにしていた回復薬を飲みきり、階層攻略を再開した。そして少しした後で今度は集団で魔物が現れたので、俺はウルにも教えている”急所付き”を繰り出し、辺り一面に額に穴の空いた死体を作り出す。


 そして散らばったドロップ品を回収して次へと進み、またしても魔物が現れたので今度は”空裂”を繰り出した。するとその余りの音の大きさに魔物は耳から血を流しながら泡を吹き、体を痙攣させてそのまま息絶えていった。


 そのまま魔物は消滅していきドロップ品が落ちる。それらを回収しようとしたがどうやら容量オーバーらしく、入れようとしても反発して袋に入れられなくなってしまった。


「ふむ、これ以上は入らんようだな。少し詰め過ぎたか?仕方ない、勿体ないがこれらは放置するしかないな。まあきっと誰かが拾うだろうがな。」


 そのまま俺はドロップ品を放置して次の階層へと進む。次の階層では主に鳥の魔物ばかり出没したので俺は”風切”を使い頭上を飛び回る魔物どもを悉く両断して撃ち落としていく。


 落ちたドロップ品は前述の通り放置して、次から次へと湧いて出て来る魔物をひたすらに倒していく。その度に落ちるドロップ品を見て少し複雑な感情が湧き出て来るが無視して次の階層へと進んだ。


 すると今度はレイス系の魔物が出てきたため、俺は”風切”の魔力を纏わせたバージョンと隙を見て一センチほどの”魔力弾”を生成し敵にぶつけた。


 ある時は爆発の性質を付与した魔力弾で爆殺し、またある時はブラックホールのような中心に引き寄せる重力を付与した魔力弾で圧殺したり。とにかく思いつく限りのものを付与して殲滅した。


 そんな風に一階層ごとに使う技を変え、蹂躙しながら進んで行ったがとある場所で俺は立ち止った。


 そこには十層ごとに立ちふさがる大きな門があり、通称ボス部屋と呼ばれている。様々な装飾がこれでもかというほどに施されており次の階層が特別なものだと嫌でも認識させられる。


「む、もうついてしまったか。存外早く感じたな。やはり新鮮さが足りなかったようだ。さて、さっさと三百層を突破するか。」


 俺はその大きな門を開けて中に入る。確か聞いた情報によれば三百層のボスはゴーレムが立ちふさがっている筈だが、さてどうだろうか?いつもよりかは長く潜っているから早く倒して帰りたいものだが。


「む?こいつはスライム…か?聞いた情報とは大分異なっているが。」


 てっきり硬そうな見た目のゴーレムがいると思っていたが三百層の真ん中で鎮座していたのは錆色のスライムであった。


 少々おかしな色合いのスライムに何となく不思議な気持ちにさせられたが特に気にすることもなくさっさと倒して帰るために”空気弾”を生成し、そのスライム目掛けて放った。


 そして大きな音を立てて着弾し、土煙が舞った。しかし、ここで予期せぬ事態が起きることになる。まあ俺にとっては喜ばしいことではあったのだが。


「……ふむ、ここに来てから初めてだな。これで倒れない者は。」


「流石に少しは効いたぞ?しかしこの我を倒すほどでは無かったがな。」


「…まさか喋るスライムに出くわす事になろうとはな。何とも不思議なことだ。」


 土煙が晴れ、姿を現した錆色のスライム。特に傷らしい傷も無く、ただ少しノックバックした跡があるだけであった。


「妙な気配を感知して分体である我が来たが、ふむ……。」


「む、何だ。どうかしたか?」


「……貴様、主の称号を持っているな?」


「確かに持っているが、何故分かった?」


「貴様に教える義理は無い。……少し喋りすぎたな。そろそろ行かせてもらうぞ。」


「おい、俺の質問に答え……。」


「知らん、潔く散れ。」


 そう言って錆色のスライムはその体の小ささからは想像も出来ないほどの魔力を身に纏い、こちらに向かって突進してきた。


「おっと。」


「むぐっ⁉」


 ので、それに合わせてカウンターをスライムのど真ん中に打ち込み風穴を空けて少しした後スライムは消滅していった。そして外に転移出来る魔法陣の部屋が開いたことからどうやら倒したようだ。


 何かと不思議なスライムだったのでまだほかにも何かあるのではないかと疑っていたが、どうやら杞憂に過ぎなかったらしい。


「……宣言通り散っていったな。」


 それからドロップ品が落ちてないのを確認してから俺は魔法陣に乗って組合に戻り、三百層踏破の手続きを済ませてから宿へと帰ったのであった。

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