第9話 顛末

 その次の日、俺は村の駐在さんの所に行ったが、この人は俺に放火の濡れ衣を着せた張本人だった。俺を見てちょっとバツの悪そうな顔をしていたけれど、謝りはしなかった。


「僕の住んでた家にいた人たちなんですけど」

「ああ、あんたの弟だって言ってたけど、違うの?」

「違いますよ」

「弟だから、留守の間家を守ってって言われたちゅう話だったけどね」

「僕にあった物が色々となくなってるんです」

「被害届出す?」

 こいつ、どうぜ調べないだろうなと思ったが、取り敢えず、住居侵入と窃盗の被害届を出した。

「パソコンやスマホはいつ返してもらえるんですか?」

「さあ、しらんねぇ・・・弁護士に聞けば?」

 俺はとにかく株や投信の方がどうなっているかが心配だった。数万しか入っていないが、普通預金がどうなっているか全くわからない。すぐにお金をおろして弁護士さんに送金しなくてはいけないのに。それすらできないかもしれない。俺は警察で電話を貸してもらった。


 俺は警察を出た後、そのまま村役場に行った。そして、転出届を出してもらった。

「あの家から引っ越したいんですけど」

「ああ、あんたも半年くらいだったね」

 六十歳くらいのおじさんが呆れたように言った。

「半分は拘置所にいましたけどね」

「疑われるようなことするからいけないんでしょ」

「僕は普通に暮らしていただけですよ。今は無一文ですよ。来た時は一千万あったのに」

「まあ、自分だけ得しようと思ったってそうは問屋が卸さないよ」

「何言ってんですか。公務員なんてまさにそうでしょ。すいません。家はどうしたらいいですか?荷物置いてっていいですか?」

「ダメダメ。原状回復してくれないと訴えるよ」

「え、そんなの知りませんよ」

「契約書に書いてたよ。ちゃんと読んだ?」

「いやぁ・・・僕、現金ありませんよ!」

「なくても払うの!払えなかったら、農家の仕事を手伝え」

「そんな無茶苦茶な」


 俺は家に帰って、ガラクタを集めて、短ボールに詰めると、部屋の隅に置いた。荷物が少ないから、段ボール十箱くらいしかない。しかし、送り先がない。仕方なくそのまま置いて行った。訴えられるもんなら訴えたらいいんだ。


 俺は東京に戻った。公園でホームレスをして、都が斡旋してくれる日雇いのバイトをして、炊き出しに並んで食事にありついた。そのうち、ちょっとした貯金ができると、風呂なしのアパートを借りた。


 この一年が夢のように頭の中に浮かんで来る。そもそも、俺は何であの村に行ったんだろう。


 ああ、そうだった。紹介してくれたお姉さんがいたな。松木さん。村に行ってからもしばらく連絡を取っていた。警察に捕まっていたと聞いたらびっくりするだろうけど、会ってみたくなった。連絡先が分からなくなっていたから、バイト先の不動産会社に会いに行った。


「ごめんください」

「前田君!」

 そこには社長と宅建を持ってるおばさんが二人でいた。

「今、どうしてるの?」

「フリーターです」

「でも、貯金して田舎に移住したんじゃ」

「はい。でも、酷い目に遭って全財産取られました」

「一体何があったの?」

 おばさんはわざと気の毒そうな顔をした。俺は初めて自分に起きたことをすべて話した。

「田舎って怖いね」

「そこまでとは思いませんでしたよ。あの・・・松木さんはまだここで働いてますか?」

「もうやめちゃった。なんかねぇ・・・いきなり来なくなったのよ」とおばさんが言った。

「そうですか」

「会いたかった?」

「はい。僕が移住した家を紹介してくれたんで」

「知ってた?あの人、前科があるのよ」

「え?」

「本当。社長が保護司のボランティアしててね。それで、ここを会社を紹介してあげたんだけど、無断欠勤して蒸発しちゃったでしょ。今は更生してるって言ったって、あんな変な人と仲良くなっちゃ駄目よ」

「はあ」

「夜はキャバクラで働いてたんだから。前田さん純粋だからね。いい人に見えたかもしれないけど。怖い人よ」

 おばさんは、俺が恋愛感情を抱いていると思ったんだろう。

「前の前科って何ですか?」

「傷害事件と詐欺」

 社長が口を出した。

「え?」

「結婚詐欺に遭ってないよね?」

 と、おばさんが心配そうに俺を覗き込んだ。

「さあ・・・。どうでしょう」

 

 もしかしたら・・・。

 これって、松木さんが仕組んだ詐欺?

 田舎に俺を放り込んで、身ぐるみ剝がすっていう。

 もしそうなら、知人がたった一年で逃げ出したなんて言わないだろう。

 もっと魅力的なキャッチコピーで吊るんじゃないか。

 あ、そうだ。

 ただで家がもらえるって。最高に美味しいじゃないか。


「松木さんってどこの出身でしたっけ?」

「●●県の田舎の方」

 あ、やっぱり。そうだったか‥‥。俺は苦笑いした。

 彼女のおかげで拘置所に入って、全財産を失って、ホームレスになる経験ができたんだ。


 あなたは田舎に住んでみたいですか?


 俺は今なら心から言える。


「田舎暮らしはやめた方がいいですよ」って。

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田舎暮らし 連喜 @toushikibu

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