episode 003

多くの場合、私は仕事をしたときに特に道具は持っていかない。

だから、セキュリティーが厳重な場所にも入り込める。

なんせ武器は何一つ隠し持っていないのだから。

セキュリティーチェックを通過するときも、こっちが緊張していないので、相手の気も緩む。

見た目もどこにでもいる普通の男だし、警戒する理由がない。


たまには武器を携帯するケースが有る。

拳銃やナイフという武器としての認知度の高いものではなく、似たようなものが一般的には”おもちゃ”に近い感覚で売られているものをCIAがアレンジしたスペシャル仕様のもので、見た目に反して殺傷能力は非常に高い。

例えば、虫眼鏡。

レンズの直径は10cm程度で、多少大きめの虫眼鏡といった見た目だが、NASAが天体を観察するために開発した超高性能レンズを使用しているため、厚みに反して集光能力が非常に高く、晴れた日なら焦点さえ合わせれば一瞬で様々なものを発火させられる。

ターゲットに後ろから近づいて、化学繊維系の衣服を燃やせばそれだけで始末することもできるし、死ななくてもかなりのダメージを与えることができるので、そのあとゆっくり近づいて手を下せばよい。

角度の問題はあるものの、状況によってはターゲットの目に当てて目玉をジュッと焼き焦がせるし、髪の毛を燃やす事もできる。

わりと使い勝手の良いグッズなのだ。


University時代にリクルートされて、2年間の訓練期間を経て現場に出てからおよそ15年間で2ダースほどの人間をあの世に送ってきた。

ジョン・ウィックなら1分でかたのつく人数だが、現実ではテッド・バンディというシリアルキラーが1970年代に36人以上の女性を殺害したという記録が残っているので、15年間で2ダース多いといえば多し、少ないといえば少ないのかもしれない。


40手前で引退し、日本に帰国、生まれ育った名古屋に舞い戻った。

預貯金は死ぬまで遊んで暮らせる程度は十分あったし、地下鉄覚王山駅から日泰寺参道を東に入った駅近の6階建てマンション、2LDK78平米最上階東南角部屋をキャッシュで購入し、動物愛護センターから引き取った豆柴の鼓太郎と静かに暮らし始めた。

ルーフバルコニーから朝日を眺め、ジョギングをして汗を流し、ジムに通って筋力の衰えを防ぎ、健康的な食事と十分な睡眠をとる充実した毎日だった。

仕事をしないと手持ち無沙汰で何をして良いのかわからないという日本人サラリーマンによくいるワーカホリックとは無縁の世界で生きてきたので、仕事をしなくても良いという精神的な開放感は手に入れてみて初めて感じることのできた極上の生活であった。

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