02 サメのあと(2)

「──はあ!? オリックス・ギンナーンを見逃せと?」


 警察署に戻り、報告書の作成をしていたマーティー警部は、オズボーン署長に呼び出され、そんな指示を受けた。


「人聞きの悪い。見逃すんじゃなく、大目に見てやる・・・・・・・んだよ。彼の両親が上に頼んできたようだ。父親のギンナーン氏はマイアミでも指折りの資産家だからな。別に大した罪を犯したわけでもないだろう?」


「いや、しかし、オリックス・ギンナーンには違法薬物使用の疑いが……」


 当然、その横暴には反論するマーティー警部だったが。


「私の立場も考えろ。おまえだって上に睨まれたら何かと大変だぞ? ただの事故だ。その後の妄言は事故による一時的な精神錯乱だろう。一応、病院で検査をしてそれで終わりだ。わかったな?」


「はあ……」


 議論する間もなく、長い物には巻かれろ主義な署長にそう言い含められてしまった。


「まったく。検査で陽性になっても目を瞑れってか……さすがセレブのお坊ちゃまは扱いが違いますなあ……」


「マーティー警部、監察医のレクター先生からクレームが入ってますよ? さっき見た遺体の検視がデタラメだって」


 署長に念を押され、ぶつくさ文句を言いながら自分のデスクへ戻って来たマーティー警部は、仕事を再開する前にまたしても邪魔されることとなってしまう。


「またか。今度はなんだよ……」


 やむなく司法解剖を行なっている監察医レクターのもとへ向かうと、彼は大いに怒っていた――。





「──おい! この検視したやつはどこのバカだ! これのどこをどう見れば事故死になる? この切断面は明らかにサメに食いちぎられたものだぞ!」


「え? サメに? ちょ、ちょっと待ってください。じゃ、じゃあ、この被害者はサメに喰い殺されたってことですか? でも、波打ち際からはけっこう離れた場所に転がってたんですよ?」


 解剖台の上に寝かされたクリリーン・ブルーマーの遺体を前にして、激昂するレクターの怒鳴り声を聞いたマーティー警部は図らずも動揺する。


「そんなことこっちが知るか! ともかくもサメに喰われたんで間違いない。歯型もホオジロザメのものと一致する。標準より少々デカいサイズだがな」


「いや、でも、常識的に考えて状況証拠からは……あ、いや、まあ、潰れた車からサメの歯は見つかってますが……」


 その解剖結果を俄には受け入れ難いマーティー警部であるが、それを裏付けるかのような〝歯〟のことを思い出し、途中からその否定的意見は尻つぼみになってしまう。


「だったら車にサメが突っ込んで襲われたんだろう。じつはな、同じように海岸から少し離れた場所でサメに喰われたと思しき遺体が、ここ最近、周辺のビーチでも幾つか発見されている。こちらは高波や竜巻でそこまで運ばれたんだろうと、なかなか無理のある屁理屈で片付けられているがな」


「え、今回の他にも? ……本当に、おかの上でサメに喰い殺されるなんてことがあるもんなのか……だとしたら、先生は何が起こったとお考えですか?」


 まさかの展開に、マーティー警部は驚きを隠しきれない様子で譫言のように呟き、重ねて謎を解くための知恵をレクターにも請う。


「だからそんなこと知るか! 専門外だ。知恵を借りたければ専門家を一人知ってる。かなりの変人だが、それでもよければ、そいつのもとを訪ねてみるんだな」


 すると、レクターは答える代わりに名刺を机から取り出し、ある人物をマーティー警部に紹介した──。

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