03 サメの予感

「── 陸棲サメ研究所……ここか。陸に住むサメの研究って、いかにも胡散臭いな……」


 翌日、レクターに教えられたその専門家のもとをマーティー警部は訪れていた。


 そこは岬に立つ白亜の灯台で、その足元に隣接した木製のオンボロ小屋にそんな看板がかかっている。


「……ほう。それは興味深いな。まさに陸上でも活動できるサメに違いない。かつて両生類が誕生した時と同様、水棲ザメと陸棲ザメの間を繋ぐミッシングリンクかもしれん」


 博物館によくあるホオジロザメの顎の標本やら、各種サメ類の小型模型やら、サメ系B級映画のBlu-rayやら…サメグッズが所狭しと並べられたその狭い部屋の真ん中で、自称陸棲サメ学者のDr.ぺーパー・ブラウンは、マーティー警部の話に興奮した様子でそう語る。


 ボサボサの銀髪を逆立て、大きな目を爛々と輝かせた初老の男性で、巷では〝マッドドクター・ペーパー〟と呼ばれる見るからに変人だ。


 部屋の様子からして、もうただのサメマニアにしか思えないが、専門的な海洋系学術書の並ぶ大きな本棚と、着ているヨレヨレの薄汚れた白衣を見る分には、一応、彼が科学者であることを辛うじて推察することができる。


「遺体の下半身はサメの腹の中だ。見つからなくてもなんら不思議はない……何かを引きずった跡があったといったな? サメ自身は這って海へ帰っていったのだろう」


 トンデモにしか聞こえない論理だが、それでもこの変人学者はマーティー警部の疑問に筋の通った答えをくれる。


「し、しかし、そんな陸の上でも動けるサメなんてほんとにいるもんなんですかねえ? 凡人の私にはとても信じられないんですが……」


「君ね、サメが陸に上がるのなんて今や常識だよ? いや、それどころか空まで飛ぶ。海を泳いでる方が今や稀だ」


 もちろん、その信じ難い論説に疑問を呈するマーティー警部だが、逆に警部の方がその常識(?)を疑われてしまう。


「今度のサメも飛行能力を獲得している可能性がある……あるいはトビウオのように海上へ一時的にジャンプするだけか……一緒にいたボーイフレンドは空から降ってきたと言ったのだな? 話が聞きたい。彼の所へ連れてってくれ」


「わかりました。今、怪我の治療のため入院中です。薬物検査と精神鑑定の結果を確認しに行く用もありますし、ついでに話を聞きましょう」


 Dr.ペーパーのトンデモ論を信じているわけでもないが、何かわかるかもしれないと考えたマーティー警部は、こうしてペーパーとともにオリックスの入院する病院へと向かうことになった――。





 ……ところがである。


「──はあ!? うちのもんが署に連れてったあ?」


 病院で担当の看護婦に面会を頼むと、なんだかわけのわからないことを言い出す。


「いったい誰が……どんなやつだった?」


「え、ええ。黒づくめの服を着て、サングラスをかけた二人組でした。重大な嫌疑に関する取り調べだとか。こちらはまだ怪我も治ってないのでと抗議したのですが、令状も持っていたのでやむをえず……」 


「おかしいな。署長の指示とはまるで真逆だ。ちょっと確かめてみる……ああ、もしもし、マーティーだが…」


 不審に思ったマーティー警部はすぐさまケイタイで署に確認をとってみる。


「じゃあ、ほんとにオリックス・ギンナーンは来てないんだな? ……ああ、わかった。ありがとう……やっぱりだ。誰もそんなことしちゃいないらしい。いったいなにがどうなってる……」


 するとすぐにそれが事実でないとわかり、電話を切ったマーティー警部は狐に抓まれたような顔をしてDr.ペーパーや看護婦にそう伝える。


「黒づくめといえばUFO事件でも揉み消しに現れる政府の工作員……おそらくは青年の見たものを隠蔽しようとしているんだ。研究仲間でやってるチャットによるとな、以前より陸棲ザメの存在を隠そうとする政府の秘密機関がウワサされておる。きっとそやつらの仕業だろう……」


 呆然とスマホを握るマーティー警部のとなりで、マッドドクター・ペーパーがまたトンデモなことを口走っている。


「隠蔽? なんのために? ……でも、何かおかしなことが起きてることだけは確かだ……」


 本来なら鼻で笑ってすますような話であるが、自分達の知らないところで、なにやら不可解な事態が進行していることだけはマーティー警部にもわかる。


「ああ、そうだ。オリックスの薬物検査と精神鑑定の方はどうだった?」


「あ、はい。先生からはどちらも問題はなかったと聞いてますが……」


 思い出したかのように警部がその結果を確認すると、案の定、看護婦の答えで彼が幻覚を見ていたという常識的な線の方も消えてしまう。


「じゃあ、オリックスはあのビーチで何を見た……ん?」


 血の気の失せた顔で独り言のように問いかけるマーティー警部であるが、その時ふと、壁に貼ってあったフェスティバルのポスターが彼の目に映る。


「魅惑の深海魚フェス……」


 それは、マイアミビーチ市を挙げて行われるビーチを舞台にした大イベントだ。海での楽しみ方をテーマにした各種催し物が行われ、フロリダの内外から多くの観光客が集まる。


「これって、会場は事件の起きたプライベートビーチのすぐ近くだな……レクター先生の話じゃ、ここでも確か同じような遺体が発見されていたはずだ……」


「つまりは、ここら一帯がそのサメの猟場ってことだな」


 その一大イベントに、マーティー警部は胸騒ぎを覚え、Dr.ペーパーはますますその眼を爛々と輝かせている……。


「って、これ、今日じゃないか! 嫌な予感がする……とりあえず会場へ行きましょう!」


 しかも、ポスターの日付でそれが今日行われていることを思い出し、慌ててマーティー警部はペーパーとともに会場へと向かった──。


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