06 曇りのちサメ(1)

「──緊急連絡! マイアミビーチ沖に再びサメ型積乱雲の発生を確認!」


 翌日昼過ぎ、マイアミのアメリカ南方軍司令部内に置かれた〝カルカロドン・ハンター〟の臨時作戦本部に、巡回していた偵察機からの報告が入る。


「よし! ホームステッドに繋げ! ……カリントーだ。目標を確認した。これより〝オペレーション・オルカ〟を開始する。速やかに全機発進し、今度こそ目標を殲滅しろ」


 オペレーターからの報告を受けたカリントー大佐は、すぐさまホームステッド空軍予備基地へと回線を繋ぎ、待機していた特別編成のF-22ラプター三機を発進させた。


 全速力で駆けてきたトップガン出身のパイロット三名を乗せ、ジェットエンジンの爆音を響かせて離陸してゆくその戦闘機には、通常のミサイルに代えて酸素ボンベが主翼の下に装備されている。


「おい、アイスノン。チビった時用にオムツはちゃんと履いてきたのか?」


「それはこっちのセリフだ、マーベラス。脱糞までしちまうおまえは、当然、X Lサイズにしてきたんだろうな?」


 高速で飛翔するその戦闘機のコクピット内で、余裕のベテランパイロット達はそんな無駄話をお互いにし合っている。


「いい加減にしないか! オルカ1、オルカ2! オルカ3を見習って作戦に集中しろ!」


 そんな緊張感のないパイロット達を見かね、作戦本部加良カリントー大佐はインカム越しに苦言を呈する。


「あ、いえ、大佐。自分は集中といいますか……ちょっと恐怖からチビってしまっていただけであります」


「ホーリーウッドぉ〜……おまえら! ほんと真面目にやれ! そろそろ目標と接触するぞ!」


 だが、やっぱりふざけた態度の三機目のパイロットに大佐が怒鳴り声をあげる中、F-22の小編隊は早くもあの積乱雲を捉える近距離にまで到達する。


 それは、先程と同様に黒々とした雲の巨体をホオジロザメの姿に形成し、洋上に濃い影を落として空に浮いていた。


「……お、見えたな。わかってますよ、大佐。前回の借りはしっかり返させてもらいます! アイスノン、ホーリーウッド、ギリギリまで接近して同時に撃ち込むぞ!」


「了解。さあて、猛禽ラプターのサメ狩りといこうじゃねえか……」


「とっと終わらせて、高級チャイニーズにふかひれスープでも食い行きましょう」


 F-22三機は、三角形に編隊を組むとタイミングを合わせつつ、サメ型積乱雲のパックリ空いた口部分へと突っ込んでゆく……。


 だが、その時だった。


「…なに!? うわっ…避けろ!」


 三機が目指していたサメ雲の口腔内から、突如として大量のホオジロザメが吐き出されたのだ。


「クソっ! 下にしか降らねえんじゃねえのかよ!?」


「ひっ…マジでチビっちまいましたよ!?」


 三機は辛うじて回避行動をとって衝突を免れるが、予想外の事態はそれだけに留まらない。


「おい! 気をつけろ! ヤツらケツに着いて来てるぞ!?」


 オルカ1のパイロット、マーベラスが言うように、そのサメ達は空中を泳ぎ、彼らのF-22を追いかけて来ているのだ。


 しかも速い。サメとは思えない…いや、空を飛んでること自体、もうただのサメではないのだが、吐き出されたサメ達はF-22の速度にも余裕で着いてきている。


「……どういうことだ? いったいどうなっている?」


 壁の巨大モニターに映る、F-22に搭載されたカメラからの映像を見守りながら、作戦本部のカリントー大佐が驚愕の表情で呟く。


「進化だ……ビーチでの惨劇がサメに恐怖を抱く人々の認識をますます強化し、サメを降らす雲から、空飛ぶサメを吐き出す積乱雲へとさらなる進化を誘発したんじゃ!」


 同じく傍らでモニターを見つめるDr.ペーパーが、驚きながらも科学者らしく、その現象の原因をすぐさま冷静に推測した。


「とにかくこれじゃタンクを撃ち込めない! まずはこいつらを引き離せ!」


 戻ってマイアミ沖合上空では、迫り来るサメ達からF-22が必死で逃げ回っている……まさにサメとのドッグファイトである。


「回り込んで撃ち落とせ! …ても機銃しか使えないが……」


「こんなことならミサイル持ってくるべきだったな……」


「クソ! 振り切れない! ヤツらどんな推力で飛んでんだ!?」


 だが、戦闘機よりも小ぶりで小回りの利くサメ達は、ドッグファイトにおいても非常に強かった……いくらベテランパイロットの乗る空戦に長けたF-22とて、なかなかその背後をとることができない。


 ひらひらと花の周りを舞う蝶の如く、上空をアクロバティックに飛びながらお互いに相手を狙うサメと戦闘機……。


「俺が惹きつけます! その隙にサメ他を…うわっ! しまっ…!」


 だが、数でも勝るサメ達の方が遥かに優勢だった。横方向からも突撃してきたサメに胴体を食いちぎられ、爆発するホーリーウッドのF-22。


 その瞬間、キャノピーが開き、ホーリーウッドは座席ごと直上に打ち上げられ、正常にパラシュートも開くのであったが。


「……フゥ…やられた! 一番に脱落だ。二人ともあとは任せ…う、うわあっ! や、やめろぉ…」


 脱出したホーリーウッドにもサメが襲いかかり、彼は座席ごとその凶暴な歯の餌食となってしまう。


「ホーリーウッドぉぉぉーっ! チキショウ! よくもやりやがったなあ!」


「落ち着け! マーベラス。二機だけじゃ無理だ! 本部! 作戦の中止を要請します! サメの数が多く、残った我々だけでの作戦遂行は不可能です!」


 仲間の死を前に、なおも逃げ回りながら仇を打とうとするマーベラスに対し、アイスノンは冷静沈着にこの不利な状況を分析すると、作戦本部に仕切り直しを願い出る。


「だめだ! あの積乱雲がビーチに到達でもしたら、空飛ぶサメにより被害は前回の比ではない! マイアミが壊滅するぞ! なんとかこの場で始末するんだ!」


 しかし、民間人への被害拡大阻止を最重要と考えるカリントー大佐はそれを認めない。


「一発だ! これは威力の問題ではない! すべてはイメージ。『ジョーズ』もスキューバタンク一発で仕留めた!」


 一方、その傍らでDr.ペーパーも事態を察し、彼らの負担を軽くするためのアドバイスを送る。


「イメージか……てことは、より大勢の人間がそう思えば、効果も大きくなるってことだよな? そういうことならフォロワー達にジョーズを見るよう頼んでみよう」


 また、ペーパーの言葉を聞いたマーティー刑事も、今、自分にできることをしようとスマホを取り出してなにやら弄りだす。


「フォロワー? いや、言ってることはあってるが、そんなわずかな人数の意識を変えたところで…」


「わずかな人数? フン……じつは車が趣味でプライベートでは〝デロリアン〟に乗ってるんだがな。こいつの写真をちょくちょくSNSに載せてたら予想外にバズってな。今じゃほら、フォロワー数50万人突破だ」


 科学者として、その行為の有効性を失礼ながらも否定するペーパーだったが、マーティー警部は鼻で笑うと、希少な愛車がガルウィングを上げて写る、大量〝イイね!〟の付いたSNSの画面を自慢げに見せつけてみせた。


「今、そのアカウントに『ジョーズ』のラストを切り抜いた動画のURLを貼って投稿した。どっかのサメ映画ファンがUPしたものだ。これで大勢の人間が観ることになるだろう」


「いや、そいつはお見それしやした……よ、よし! ならばわしも……そのURLをこっちにも送ってくれ。サメ仲間のチャットで協力を呼びかけてみよう……」


 マーティー警部の意外な顔を知り、驚きに目を見開いて感服するDr.ペーパーであったが、気を取り直すと自身もタブレットPCを取り出し、『ジョーズ』切り抜き動画の拡散を急いでし始めた……。

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