エピローグ

「幸先生!」

振り向くと子供達が目を輝かせ、こちらを見ている。

「ん、どうしたの?」

子供達に目線を合わせるように屈んだ。

「鬼ごっこしようよ!」

私は子供達の言葉にゆっくり頷いた。

「いいよ。じゃあ、先生が鬼をやるからみんな逃げて!ほら、早くしないと全員捕まえちゃうよ!」

そう言うと楽しそうにはしゃぎながら一斉に走り出した。


あれから三年が経った。

私はあの後事務職を離れ、児童養護施設で二年経験を積み、児童指導員任用資格を取得した。

そして現在も正職員として同じ場所で子供達と暮らしている。

大変なことばかりだったが、辛いとは一度も思わなかった。

毎日、子供達とふれあい、一緒にご飯を食べ、同じ時間におやすみを言う。

ここにいる子供達は皆、私にとってかけがえのない家族だ。

三年経ってようやく母の言っていた私にとっての幸せを見つけることができた。


元気に走り回る子供達を一人ずつ捕まえる。捕まった子はケラケラ笑いながら暴れる。

この笑顔を見ることが私の幸せだ。

鬼ごっこが終わると次はかくれんぼをしよう!と言っている。私はその様子を微笑ましく見守る。


ふと一人の女の子が近づいてきた。

屈んで待っていると私の前に閉じられた手を差し出した。

「せんせい、手貸して」

言われた通りに右手を差し出すと宝石の形をしている玩具を置かれた。

「これ、せんせいにあげる!」

女の子は照れたようにはにかみながら笑っている。

「これ、どうしたの?」

「今日、みんなで散歩に行った時に拾ったの!

ドロで汚れてたからキレイに磨いたよ!

せんせい、これなんて言うか知ってる?」

目を輝かせ、早く言いたそうにウズウズしている様子だ。

「えー···、先生分からないなぁ。なんて言うの?」

女の子は待ってました!と言わんばかりに前のめりになって答えた。

「ダイヤモンドだよ!!宝石だよ!!」

私の膝に手をつき、よりいっそう目を輝かせた。

「へぇ!ダイヤモンドかぁ〜。キラキラしてるね。

·····、でもなんでこれを先生にくれるの?」

そう問いかけると真っ直ぐな眼差しでこちらを見てきた。


『だって、先生はダイヤモンドみたいだから』


一瞬、二人だけの世界に入ったような気がした。

この子の言葉が私の心に透き通るように入ってくる。

「ダイヤモンド?先生が?」

女の子は溢れるような笑顔を顔いっぱいに広げ、大きく頷いた。

「うん!!せんせいはいつも笑顔で可愛くて!

ダイヤモンドみたいにキラキラしてるから!」


笑っている。そっか、ちゃんと笑えてるんだ。

自覚はなかったが自然と笑顔が出るようになったんだ。

その事に気がついた時、心が宝石のように眩しく光り輝いた。

「ありがとう」

女の子は嬉しそうに手を広げ、みんなの元へ走っていった。


硬い岩を砕けばやがて小さな宝石となる。

そして宝石は磨けば光り輝き、いずれ誰かが見つけてくれる。

キラキラと光るダイヤを胸にそっと抱きしめた。


笑えるようになった。

お母さん、私やっと笑えるようになったよ。

お母さんの言葉があったからあの子達と出会うことが出来た。

私今、すごく幸せだよ。

お母さんが守ってくれたこの命で私だけの幸せを掴むことが出来た。

ありがとう。お母さん。


掌に置かれた小さなダイヤモンドに一粒の涙が零れ落ちる。


一筋の光が私の頬を輝かせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

泣けない私に流れた一筋の光 一堂 蒼李 @Mumei0219

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ